何はなくとも、最後まで走っていたもの勝ちだ
「イーリア様、どこ行ったんでしょうねえ」
「義母のことは気にしなくていいです。どうせ本物の側近に見つかったんでしょう」
「本物の、なるほど……」
早速仕事に連れて行かれたのか。休暇は終わりだとか言いつつ黒焦げパンケーキ作ったりして完全に遊んでたもんな。
「ガットてめえ、タキさんと待ってろって言っただろが」
「だってぜんぜんこねーし! あと、おれもドングリせんせーのおひざはいりたかったあ!」
「ミワも!! ミワも!!」
わあわあわあ。
「あーうるせえ、お前ら二人揃うとホンットうるせーなあ!」
子守り役でついてきたバットがたまらず叫ぶ。そう言いつつも二人の幼児の手をとって引っ張ってやる、いいお父さんである。
ミワは、母親であるタキとともに、水害に遭ったカリューの町から命からがら避難してきた女の子だ。歳はシータイ生まれのガットと同じ六歳。イリヤの一つ歳下になる。
最初は黙々と字や投擲の練習に打ち込む大人しい子という印象があったが、シータイでの暮らしに慣れるにつれ、ヤンチャなガットと同じくらい元気に騒ぐようになった。避難先でも彼女らしく過ごせるようになったのは何よりだ。
「ガット、ミワ。あとで先生におねがいしたらいいよ! ね、僕とも手をつなごうよ」
「ミワ、イリヤさまとつなぐう!」
パッ、ミワはバットの手を振り払ってイリヤの手を取った。
「おいおい、結局若ぇ男かよ。現金だなあ」
きょと。ミワが首をかしげる。
「げんきん? げんき? ミワ、げんきだよ!」
「そーいう意味じゃ」
「くふふっ、僕、ミワがげんきでうれしいよ」
イリヤが王子様みたいに優しく微笑む。現金だ、の意味が解らなかったミワに合わせたらしい。少年達の紳士教育をそれとなく任されているタイタが控えめに手を叩いている。淑女に恥をかかさなかった対応を褒めたいようだ。
「おれもつなぐ! イリヤさま、いっぱいあそぼー!」
「ガット、おむかえにきてくれてありがとう。いっぱいあそぼーね!」
年下の子達にはさまれて嬉しそうなお兄ちゃんイリヤである。
「てか、ホントにドングリ先生、ってよばれてんだ……」
ゴーシが町民に扮しているザコルを見上げる。
「ミカ……様がそう呼ぶのを見て、子供達が真似をしだしたんです、ゴーシ様」
ザコルは淡々と短く返した。
普段はただならぬオーラで周りを牽制しているか、まるで気配がないかの二択が多いザコルだが、そこは伝説の工作員だけあって見事なモブ町民オーラをかもし出していた。
いないようでいる、いてもいなくても気にならない、黙って雑踏を歩いていたら絶対に玄人とは気づけない、まるでプロのエキストラのごとしだ。しゅごい。忍者っぽい。
「あの姫は変なあだ名つける天才すからねえ」
あまり忍ぶつもりがなさそうなエビーが軽い調子で言う。
エビーの影武者は町内に二十人くらいいるらしく、そのどれもが大した練度ではないらしい。彼はそれを踏まえ「だったら俺もテキトーに俺になりきればいーっしょ」と軽くのたまった。適当に自分になりきるって何だ。哲学か?
「その天才様の最高傑作はアレだろ、野次三人衆。あまりにハマりすぎてて親戚の俺も笑うしかない」
バットと野次三人衆の一人は従兄弟の関係らしい。
「あー、あれ。なんか本人達も一周回って気に入ってるらしくて、久しぶりに会った第一声が『あなたの野次三人衆が来ましたぜ』だったんでガチで吹きました」
「ぶっふぉ、あ、い、つ、ら」
バットはそれ以上言葉を発せなくなった。
農夫がよくかぶっているキャスケット帽で赤毛を隠したタイタも『ぶふっ』と吹き出す。当時も珍しく震えるほど笑っていた。
「謎にイケボでポーズまで決めちゃってよお、俺らが笑ったら早速野次飛ばしてきてよお、『野次三人衆は他ならぬミカ様がつけてくださった崇高なあだ名だぞう』とか言っちゃってよお」
「崇高……っ」
バットもタイタも口を押さえたまま息がままならなくなった。
「野次にも美学っつうもんがあるんだ、とかいう迷言まで飛び出してよお」
「ヤジにもビガク、なんかカッケー!」
「やっ、やべ、ゴーシ坊ちゃんアホどもに影響されねえでくださいよ……っくくく」
私も大声で笑い出さないように必死でこらえている。同志村女子になりきっているので、包帯などが入ったかごを抱えていて口を押さえられないというハンデが憎い。
「……くくっ、あいつら野次っつうか、人にイチャモンつけて絡むくらいしか能がねえのかと思ってたけどよ、ザコル様とミカ様が来てからはやたらヤル気になって、『ヒマしてて体力有り余ってるヤツは来い』とかいうふざけた召集に真っ先に志願して飛び出して行っちまった。今頃、楽しんでやがるといいが」
バットは何とはなしに空を仰ぐ。
「あの人ら来た時点でメチャクチャ楽しんでましたよお。俺もテキトーに要領良くやるタイプだったんで最近知ったんすけど、がむしゃらに突っ走るのって結構楽しーんすね。まあたまには止まんねえと息切れしそーですけど」
「だな。ほどほどに突っ走るか、とでも言いたいとこだが、俺もあいつらも止まってた期間が長かったからなあ。ちったあ無理してでも突っ走らねーとなって思ってるとこだ」
「バット。過度な負荷は推奨しません。筋肉を育てるにしろ維持するにしろ、適度な休息は必要です」
突然話に入ってきたザコルにバットもエビーも振り返る。
「ザ……えっと」
町民に扮している手前ザコル様とは呼べず、バットが言葉に詰まる。そういえば偽名などは決めていなかった。
「シショーとでも呼んでください。君は別に止まっていたわけではない。関所を守り、優秀な子孫を残すという任務を完璧にこなしています。これからさらなる高みを目指し戦う決意があるなら、なおさら鍛えた身体を長持ちさせることも考えた方がいい」
「シショー、さん」
他ならぬザコルに『休め』と勧められたことが意外だったのか、バットは目をぱちくりとした。
「これは一部例外な一族も同じです。無理がたたって後々の任務に支障をきたしては元も子もない。それに、何度か参加した戦で兵士達を見て思ったんです。何はなくとも、最後まで走っていたもの勝ちだ、と」
バットは数秒考えこみ、そしてうなずいた。
「最後まで走ってたもん勝ち、か。いいな。なんかストンときた気がするぜ。サボる理由にはしねえけど、心に留めとく」
「ええ、そうしてください」
師匠はそう言ってまた無言に戻った。
つづく




