あ、ホンモノだ!
「ミカ。勝手に何か作戦を考えて実行しようとしているでしょう」
「え、なんですかそれ。そんなことしませんよ」
「そんな嘘で僕を誤魔化せると思っているんですか」
ぎゅ。抱きついてみる。
「な」
「大好きです」
ちら。ついでに上目遣い。
「っぐう、そっ、そんな雑な誤魔化し方があるかこんなところで! 離れろ!」
べり。誤魔化せなかったがまあいいか。
「えーぜんぜん誤魔化してなんかいませんってー。ていうか普通に補給させてくださいよ。外に出たら赤帽子ちゃんのフリするんですよ? ベタベタできないんですよ?」
「ベタベタ……一体何を言っているんだ……」
眉間を揉まれた。揉んであげたい。
ざわざわざわ。
「あらあ、ミカ様が攻めてるわ」
「いやあ『何言ってんだ』ってザコル様にだけは言われたくねえよなあ」
「ホントホント、勝手にミカ様抱っこして、降ろせって言われても降ろさねえくせに」
「誰が何言ったって『嫌です』の一言だものねえ。担いだまま走って逃げたりもするし」
「こんなところっていうか、公衆の面前でベタベタしないでって、むしろミカ様が言ってたセリフじゃない」
「そうそう」
ヒソヒソ。くすくす。
むうう、とザコルの口がへの字に曲がる。外だったら雪玉が飛んでいたと思う。
「へへっ、言われてんなあ」
「はは。ここでの日々が思い出されるな」
エビーとタイタもくすくすしている。そっちには八つ当たりでかぎ針が飛んだ。
「すげえ、シータイの人たち、ザコルおじさまたちのことめっちゃわかってんな!」
「みんなであのお二人をずうっと見守っていたからねぇ。ゴーシ様、おいしいかい」
「はい! めちゃあまくておいしーです」
ゴーシは山のようにもらった干し林檎をもぐもぐしていた。少ないが生のカット林檎も出されている。林檎をお腹いっぱい食べたいという彼の希望は早速叶えられた。
「ゴーシ兄さま、シータイの人たちね、みーんなミカさまや先生となかよしなんです!」
くふふっ、イリヤが嬉しそうに笑う。
「シュウおじさまもいたらよかったのに……。アメリアさまも、カズさまも」
しゅん。テンションが上がったり寂しくなって落ち込んだりと、感情ジェットコースターなイリヤである。
イリヤは、自分と母親を苦しめた王都の屋敷から助け出され、魔獣に乗って直にここへやってきた。
初対面から自分を受け入れ、優しくしてくれた叔父や使用人を始めとした大人達、楽しく遊べる同年代の友達、初めて交流した貴族の子、武術をビシバシ教えてくれたお姉さん。
シータイでの出会いは、彼の中では温かくも鮮烈な出来事として心に刻まれているのだろう。だからこそ、思い出せば嬉しくも切ない気持ちになるのだ。
「イリヤはザッシュ様に憧れているのよね」
ミリナが息子の髪を優しくなでる。
「はい。やさしくって、大きくって、とってもおつよいから大好きです!」
「ザッシュおじさま、おれも会ってみたかったよ。おじいさまににてるんだろ?」
ゴーシも反対側からイリヤをいーこいーことする。
「はい! からだが大っきくてムキムキなところも、おかおも、とってもにてます!」
「そのうちまたお会いできるわ。同じ世界に生きているのだから。ね?」
じわ、イリヤの瞳がにじむ。頭では納得しているけれど、今会いたい気持ちとは折り合いがつかない。そんな感じだろうか。感情を持て余す彼を久しぶりに見た気がする。
「イリヤ。僕の膝に入りますか。シュウ兄様に比べれば狭いかもしれませんが」
「イリヤ。ザコル叔父様が呼んでくださっているわ」
「うん」
イリヤは素直に立ち上がり、座るザコルの膝に入った。
「先生も大好きです」
「そうですか。光栄ですね」
いーこいーこ。
「いいなあ、イリヤくん。私もそのお膝に入りたいなあ」
「今は僕のばんですっ、くふふっ」
ここに来るまで我が儘なんて言ったこともなさそうな天使は、そう言っていたずらっぽく笑った。
「尊い。ザ・TOUTOI」
「かーちゃんはおがむなよ……」
「ふふっ、ゴーシもお膝に入る? かーちゃんが入れてあげよっか」
「やめろってえ」
くすくす。友達同士のようなやりとりをする母子を見つめる視線も温かい。
バアン、食堂の扉が勢いよく開いた。
「イーリーヤーさーまっ」
「まだあ? ヒマだからはやくきてよお」
入り口に現れた小さな影二つを見て、イリヤの瞳が輝く。
「ガット、ミワ!!」
幼児二人は大人達の波をかき分けるようにして、ザコルの膝に座っているイリヤのそばまできた。
「イリヤさまと、わっ、ドングリせんせーとミカさまだあ!」
「えー、ちがうよ。きっとまたカゲムシャだよ」
町に影武者があふれているせいで、すっかり疑うクセがついている様子だ。
「その通り。私はニセモノのミカなのだよ」
『あ、ホンモノだ!』
なんでバレたんだろう。
急かす幼児の乱入で、私達は居心地のよすぎる椅子からやっと腰を浮かした。
ザコルの編んだレースは一旦屋敷に預け、変装のための小物や外套を身につける。
準備万端。
使い慣れた玄関扉を開ければ、外の冷気が頬を刺した。
つづく




