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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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そりゃめでてえなあ

 その後。

 ワットは金が足りないとか言って、ザコルが止めるのにも構わずどこかに工面しに行ってしまった。


「いらないと言っているのに……」

「まあまあ受け取ってやれよ兄貴。来世に回す徳? とやらがマイナスになっちゃあ気の毒だろ」

「その通りでございます。俺にはワット殿の気持ちが痛いほどに解るのです。それに、あれを全て支払ったとしても黒字になるくらい値段がついたということでございましょう」

「まあ、それならいいんですが……」


 弟分であるエビタイの説得に渋々応じる兄貴だ。

 多分、重いし布袋ごと実家に置いていけばいいやくらいに考えていると思う。彼は故郷への仕送り額にこそ厳しい目標額を定めているが、それ以上の金は自分に必要ないと考えるタイプの無頓着様である。


「ふふっ。それにしても、相変わらずシータイはカオスですねえ」


 元は戦闘員だらけの関所町だというのに、編み物作品一つにこれだけ熱くなれるなんて。


「そのカオスの中心が何言ってんだミカ様」


 近くにいたバットが私の言葉に反応する。


 食堂の中はザコルが作ったレースを一目見ようという人でごった返している。

 屋敷に来ていた民達だけでなく、屋敷の使用人や二階に収容されていた怪我人達まで様子を見にやってきていたが、騒ぎを聞きつけてやってきたメイド長が持ち場か部屋に戻れと一喝して散った。


 ちなみに、私はレースを頭に乗っけている関係で展示品の一つに成り果てている。みんな私との挨拶もそこそこにレースを眺め回していた。


 それもそのはず、私の頭に乗っているヘッドドレスこそ、向上心の塊のような彼をして『納得のいくものが編めた』と言わしめた、編み物マシンザコルの最高傑作だからだ。


「いやあ、編み物とかやらせたらできそうだと思って勧めたのは私ですけど、ここまでに達するとは思ってなくて」

「羊っぽいアミグルミよお、俺らも作っていいっつうんで作ってっけどよ、子爵邸から届く量にゃ全然おっつけねえんだよ」

「でしょうね。私やエビタイ、ミリナ様まで空き時間に作ってくれてるんですけど、四人合わせてもザコルの生産力には遠く及ばないです」

「ミカ様も、ミリナ様まで作ってくださってんのか。そんだけの差ができても全部ザコル様任せにはしねえんだな」

「どんなに優秀な人がいても、自分が働かない理由にはならないじゃないですか?」

「ちげえねえ」


 へっへ、とバットは笑う。


「ふふっ、こうして見ると、バットさんはビット隊長そっくりですねえ」

「ああ、親父か馬鹿三人組あたりから聞いたんだな。まあな、どんなに腐っても俺ァあの親父の息子だ。でも、俺は俺、なんだよな。来年はガットも学び舎に上がる。アイツよ、学び舎でテッペン取ってやるんだって毎日ドングリ投げてやがるんだ。俺も負けちゃあいられねえ。父ちゃんはこれからいくらでものし上がってやっからなあ!」


「何語ってんのさ、邪魔だよ、レースが見えないじゃないの」

「ちょっ」


 ガット父はガット母によって脇に追いやられた。


 一見前向きにシータイで暮らしていそうなバットも、子爵邸警備隊隊長という領内でも屈指の重役についている立派な父親と自分を比べたことがあるのだろう。ビットはビットで、俺ぁ生涯現役だ、若手は実力で這い上がりやがれと野次三人衆を煽っていたな、と思い出す。


 そんな立派なお父様は今、職務を補佐にぶん投げて隣国へイタズラしに行ってしまったわけだが。一応機密なので口を滑らせないように気をつけよう。





 廊下からどこか焦げ臭くも甘い匂いがただよってきた。ワゴンを押してきたのはドヤ顔のイーリアと少年達だ。


 ワゴンに乗っていたのは、丸いパンケーキと、少々いびつなパンケーキと、そして黒焦げの何か。


「ほらみろ、私にも焼けるではないか」

「これは……ジーロ兄様とどっこいどっこいの出来ですね」

「ちゃんと焼けているのだからいいだろうが。食って褒めろ」

「はあ」


 もぐもぐもぐ。


「……そうですね、何の獣か判らないものの生焼けよりはおいしいです」

「だろう?」


 イーリアは得意げにフフンと笑った。


「何の獣か判らないものの生焼け……」

「食って褒める以外の選択肢はねーんだな……」

「流石はイーリア様。豪気でいらっしゃる」

「我らが猟犬様がこれまでにくぐり抜けたる試練の多さたるやと」


 ゴクリ。エビタイと同志達が引いている。

 同志達は基本的に気配を消しているが、ワットの他、ピラ商会のジョーとカンポー商会のカンゾー、ロミ商会のマハロがいる。


「いい息子さんですわねえ、イーリア様」

「だろう?」


 丸焦げパンケーキを文句も言わずに食べているザコルを年配女性達がほっこりした顔で見つめている。イーリアも義理の息子を褒められて満更でもない様子だ。


「またどうしていきなりパンケーキを」

「義母は子爵邸の厨房を出禁になっていますから。僕が目を離した隙を狙ったんでしょう」

「へえ……」


 シータイの厨房はまだ出禁になっていないので、誰かさんに止められる前に占拠しに行ったらしい。ダメ押しで子供達まで連れて。おばあさまとパンケーキを作るんだとワクワクした子供達の顔など見たら誰も止められまい。


「最近ミカやエビー以外の人間も料理を楽しむようになったので、ずるいとでも思っていたんじゃないですか」

「ふふっ、ずるい。おっしゃいそうですねえ」

「母さま! リアおばあさまといっしょにやきました!」

「まあまあ、上手にできたわねえ」

「イリヤ様はお料理もなさるの。立派ねえ」


 孫の方は普通に褒められている。あっちは見た目からして普通に美味しそうだ。エビーの指導と料理長のフォローの賜物だろう。


「でも、ゴーシ兄さまの方がじょうずです。僕のはへんなカタチになっちゃいました……」


 しゅん。


「なんだよ、こんなん食ったらいっしょだろ。イリヤのケーキははしっこがカリカリでうまそーだな。ちょっとくれよ、おれのもやるからさ」

「はい! こうかんこしましょう!」


 仲良くパンケーキをほおばる少年達に、周りの大人達から「はわ」と息が漏れる。


「ゴーシ様もかわいらしいわねえ。ザコル様が大事な甥だとおっしゃっていたそうだから、もしかして……」


 ザハリの子ではという言葉は、誰かが軽く首を振ったことで出なかった。


「あちらのララ様のお子でしょ。ほら、お優しそうな笑顔がお母様にそっくりじゃないの」

「ミリナ様とララ様と、それから妹のルル様は領主様が娘に迎えられるんだって」

「そりゃめでてえなあ。我らがサカシータ家は安泰だ!」


 まるで周りに聴かせるように大声で噂するシータイの年配チーム。

 噂されたミリナとララは、少し気恥ずかしそうに小さくなって笑っていた。




つづく

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