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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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利益が出過ぎたのです

 遅れて行った食堂は、最後に見た時からまた一段と狭くなっていた。


 この食堂は、私達がまだこの屋敷に滞在していた頃から編み物部屋と化し、もはや町民や避難民が男女問わず出入りする公共スペースとなり果てていた部屋だ。


 それから一ヶ月。まだ売りに出されていない作品を始め、毛糸、道具、その他資材などがあふれ返り、作業者が持ち込んだらしい食器やおやつなどまで棚に並べられていた。完全に編み物勢によって占拠されている。


「これでも片付けたんだけどねえ」

「もう一部屋あるんだけど、そっちももういっぱいでさあ」


 町の女性達が申し訳なさそうに笑う。というか、食堂が狭いのは物が多いせいばかりではなかった。単純に人が多いのだ。みんな私達が入ってきたのでソワソワとしている。誰から話しかける? みたいな感じで。


 イーリアとイリヤとゴーシはどこへ行ったのか、ここにはいない。ミリナは年配の人々から魔獣のことをあれこれ質問されていてそれどころじゃなさそうだ。


「いえ。編み物活動を推進したのは私みたいなものなので。ブームの火付け役はザコルですけど」

「ザコル様は本当に冗談みたいに凄かったものねえ。習ってすぐに二時間でマフラー五本だなんて。人間業じゃないわよ」


 あっはっは。


「にっ、人間業じゃない……!」


 部屋の一番目立つ場所に飾られたトルソーの周りをぐるぐると回っているのはララだ。トルソーにはザコルがかつて編んだ精緻なレース編みのウールストールがかけられていた。


「こっ、これっ、ザコル様の初期作品って本当ですか!?」

「はい。習って一週間か二週間くらいのものですね。初心者丸出しの出来で恥ずかしいです」

「恥ずかしい!? 習って一週間!? これ全然初心者ってレベルじゃないんですけど!?」

「教わった通りに編んだだけです。ほら、そこにいるユーカとカモミの指導通りに」


 ザコルから話を向けられた同志村女子スタッフ、ユーカとカモミが「えっ」と声を上げる。


「とんでもないです猟犬様! 私達、ここまで教え込んだ覚えはありません!」

「ですが、あれの編み図を描いたのは二人でしょう」

「じっ、実は、ちょっとした出来心でめちゃくちゃな難易度の編み図を描いてきたんです!」

「え」

「アメリ様の侍女さん達と『これは流石に編み上がらないわよねー』なんて笑い合ってたんですから! 一時間くらいで仕上がった時は申し訳ありませんがちょっとだけ引きました!」

「そう、ですか……」


 難易度の高い編み図を描くのだってそれなりに手間がかかる。それはどんな出来心だと思いつつ。いや、ほんとみんな意欲に満ちあふれてるなあ……。


「ちなみに猟犬様。材料ははまだお持ちでしょうか」

「それが使い切ってしまって。在庫があれば売ってくれると助かります。できたものは持ってきました。またルーシが欲しがるかと」


 ちら。ザコルがルーシの方を見ると、彼女は何か悟りを開き切ったような顔でうなずいた。


「もちろん引き取らせていただきます。あとこちら、利益が出過ぎましたので売上の一部をお返しいたします」


 ズドン。

 彼女が目配せすると、彼女の雇い主であるダットン商会のワットが重そうな布袋をテーブルの上に置いた。無論、食堂に集まった人々はざわついた。


「何ですかこれは」

「利益が出過ぎたのです」


 そう答えたのはワットである。


「おかしなことを言いますね。利益が出たならそちらの商会で取っておけばいいでしょう」

「ですから利益が出過ぎなのです。一点あたりいくらで売れたとお思いで!?」


 ざわざわざわ。何が売れたんだ、と皆が顔を見合わせる。


「よろしいでしょうか。この私にも深緑の猟犬ファンの集い会員ナンバー五十七番、いわば五十七番目の下僕としての矜持がございます。他ならぬ推しからこんな大金をせしめては来世に回す徳が底を尽いてマイナスになりまする!! どうぞ! どうか!! なんとしてでもこれはお納めいただきたく!! それからこちらは新たな作品を買い取るための資金です!!」


 ズドン。

 五十七番目の下僕、ワットはもう一つ重そうな布袋を出してきた。ますますざわつきが大きくなる。


「今回はもう最初から高値で買わせていただきますから!! さあさあいくらでも買い取ってご覧にいれましょう!!」

「原価に見合わない額は出さなくていいんですが。ものはここにあるのでどうぞ」


 ザコルは無造作に懐から布包みを取り出した。


「ひえ、またそんな雑に!」

「ちゃんと包んできたじゃないですか」


 ザコルは布包みを広げる


「アミグルミと違って、レースはかさばらなくていいですよね」


 ……っ、その場にいた女性達が息を飲む。


 ルーシとワットがおそるおそる、絹糸でできたレース作品を手に取って広げた。


 はわ…………! とみんなの口から声にならない悲鳴が漏れる。


 大輪の花々が見事に表現されたヘッドドレス。シンメトリーなモザイク模様がこれでもかと細かくあしらわれた飾り襟。まるで羽が生えたかのように植物紋様が配置されたストール。どれもこれもまさに『博物館級』の出来だった。


「ザコルって、絵心ないとか自分で言う割にセンスいいですよねえ。コマさんに色々着せられた経験が生きてるんですか?」

「ぐ、コ、コホン! 実母の持ち物も参考にしたんです。ほら、このヘッドドレスは、ミカに編んだものと同じような構造にしましたから。買い手にはこう使えと説明してください」


 スポン、ザコルは私の頭に乗ったニット帽を勝手に取る。そして以前編んだヘッドドレスを懐から出し、勝手に私の髪に当てていじくり始めた。


「僕は、このシンプルな三つ編み姿が一番気に入っているんですよね。ミカに似合いますし」


 ヘッドドレスとひとつなぎになったレースリボンがおさげに編み込まれ、さらりと両肩に乗る。この昭和の中学生みたいな二つおさげが一番のお気に入りなのか……。


「かっ、かっ、かわいいいいい!! 何このかわいい存在っ、似合いすぎてクラクラするわ!!」

「ほっ、本当に何なのこのレース!! こんなの見たことないよ!! アメリ様が持ってた扇のレースより細かいんじゃないかい!?」

『手作り作品授与式ありがたやありがたやありがたや』

「ザコル様がちょっと見ない間に完全に人間じゃなくなってるよお!!」


 ザコルにUMA疑惑が持ち上がった。あと床で雨乞いの儀式みたいに祈っているのはもちろんララとその他同志達である。


「おい、何の騒ぎだ俺らも入れろよ」


 廊下にあぶれていたパパ友軍団が部屋をのぞき込む。


「もう満員だよっ! こんなかわいすぎるミカ様、男衆の濁った目に晒せないわ!!」

「マジで何なんだよザコル様がまたヤベーもん作ったんだろ作品だけでも見せろって!」


 この町では男も女も関係なく編み物ブームが起きているので、レベルの高い編み物作品の前ではみんな目の色が変わる。


 ザコルがストールを適当に広げて入り口の男達に見せに行く。うげえええ、と彼らは目を剥いた。


「これ、糸は何だよ絹か!?」

「細かすぎて見てるだけで目がかすむぜ……!! こりゃあ一生かかっても編み上げられる自信ねえぞ!!」

「さっき大金がどうとか言ってただろ、これ一枚でいくらすんだよ!!」


 注目を集めたワットがざっと査定し、評価額を発表する。

 そのとんでもない高評価額に、会場は湧きに湧きまくった。




つづく

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