ザコル号発進!
その後。
精巧なるザコルフィギュアを囲んでザラミーアとキャアキャアし、仲間にいーれーてと入ってきたオーレンが人形にポージングさせて「ザコル号発進!」などと言いながらブーンと飛ばし、その様子にイーリアとエビーが大爆笑し、ザコルがヘソを曲げたというかキレかけたところで、そろそろ、と会合はお開きになった。
私はとても楽しかったが、ザコルはシシに同情されていた。
「同志の皆様にね、もしミカの人形も作るなら、衣装の参考にうちのドレスを持って行っていいわってお伝えしてちょうだい。必ずよ!」
「分かりました」
お人形に前のめりなザラミーアにほっこりしつつ。人形を愛でる傾向は息子にも受け継がれているなと思いつつ。
「おら、姫」
部屋の奥から何かが飛んでくる。ぱし、と受け取ったのはニット帽。私がコマに編んだものだ。いつでもエセコマになれるようにという粋なはからいだ。
「てめえはついてかねーのかよ。町医者」
「ああ、私は用事があるのでね。何、シータイにいる者ならこの聖女の取り扱いをよく解っている。私がいなくともどうにでもなるだろう」
魔力過多などでグズグズになると、しょーがねーなうちの聖女は、と水を貯めた入浴小屋に案内されるのがシータイクォリティである。
町民も避難民もついでに隣町の人までもが大体顔見知りだ。久しぶりに会えるのが本当に嬉しい。
「フン、また泥舟に乗んのか。ご苦労なこった」
「今回は何を言われようとも違う舟に乗る。絶対にだ」
シシが決意に満ちた目をしている。コマはシシのそんな様子に、ケケッと面白そうに笑う。
「シシ君は僕かミリナさんが御者をする子に乗ればいいさ。プテラも案外お調子者だからなあ、ジーロと組ませたのは失敗だったかもしれない」
「お調子者、ですか」
先日、大型飛行魔獣のプテラにジーロとシシが乗り、ともにツルギ山を目指した。目的は先触れの先触れというか、私が直に訪問する前にオーレン達が訪問するので、その先触れが目的であった。
普段、家畜とも触れ合わず山で野生と化しているジーロは、魔獣はもちろんだが馬に乗った経験もほとんどないらしい。だというのに、魔獣には興味があるらしく、御者役をしてみたいと強く主張。結果、滅茶苦茶な蛇行運転をプテラに命じ、一緒に乗っていたシシが酷い目に遭ったというわけだ。
「ミカ様。プテラ殿に御者の言うことは聞かぬようにと、きちんと伝えてくださいましたか」
「伝えましたよ。無視してまっすぐ進んでいいからねって。プテラ本人も困っているみたいな感じだったのになあ……。なんでまた危険運転を……」
結局、私の助言は活かされず、シシは二度も蛇行運転の被害を受ける羽目になった。尋常じゃない酔い方をしていたので普通に気の毒である。
「あれは内心面白がっているよ。でなけりゃ、最初からジーロの手綱に従っていない」
「なるほど」
いやー困るなーこっちは命じられて仕方なくやってるんですよー、みたいなフリで一緒になってふざけていたのか。やるな。
「魔獣の方々も人と同じように、性格に大きく違いがあるのですね」
「そうなんだよタイタ君。根っこが義理堅いところなんかは共通しているけどね」
魔獣は嘘やごまかしを嫌うと聞いていたが、案外政治もするし、イタズラや責任転嫁をすることもあるらしい。
ただ魔獣とひとくちに言っても見た目からして種族は全員違う。ならば性格や考え方にも差があって当然か、と私は思い直した。
少なくともリーダー格のミリューは嘘やごまかしが嫌いで、他にも厳しい。彼女が代表であるうちは、例えおふざけでも信用を損なうような言動には気を付けた方がいいだろう。
私は交流のある魔獣達の顔を一匹一匹思い浮かべる。
最近仲良くなった朱雀は、友達思いだが細かいことを考えるタイプじゃなさそうだ。玄武は思慮深く小さきものには寛容そうな印象がある。
ミイは策士で空気を読むところがあり、ジョジーは探求心が高くて親切、ナラは人懐こく、トツは見た目どおり猪突猛進なところがあり、ゴウは侍のように硬派で義理堅い。
プテラはお調子者なのか。心にとめておこう。
「さあ。魔獣舎に移動しましょう」
ザコルが私の手を取る。私はザコル人形を抱き上げた。これはぜひマージにも見せなければ。
「コリー、ミカ。何かあれば必ず連絡してちょうだい。気を付けて」
「私も行くから心配するな、ザラ」
「義母上、本当に来るんですか?」
「文句があるかザコル」
「いえ」
文句というか不満がありそうな顔だ。
「マージの様子も気になるしな。カリューへも行ってくる。休暇は終わりだ」
イーリアは休暇のつもりで子爵邸にいたらしい。
そりゃそうか。シータイとカリューの復興は彼女の担当だ。大雪でままならないこともあるだろうとはいえ、カリューの城壁の修繕などは継続中だろう。被災地なので食糧事情なども随時確認が必要だ。
子爵邸から魔獣舎に行くだけだが、念のため、魔獣達の世話をするための一団を装うことになった。
私はメイドの格好になり、護衛達はサカシータ騎士団の服を身にまとった。メリーとペータもそれぞれ以前の職服というか、メイドと従僕の格好をし、戦闘員の中では比較的華奢なサゴシも従僕の格好だ。
食糧やお世話の道具を積むための馬ゾリに皆で乗り込む。もちろん、積荷として載っているのは数日シータイで過ごすための荷物である。
ちなみにイーリアは特に変装もすることなく、メイド姿の私とメリーを脇に侍らせながら堂々と乗り込んだ。彼女は使用人達にくっついて度々魔獣達に会いに行っているようなので、これくらいの方が逆に自然だそうだ。変装を手伝ってくれた執務メイド談。
私達がこの子爵邸に来た頃はまだ曲者もシータイあたりで留まっているのが多かったし、しばらくは領都に入ったことも周知がされていなかった。
それが造花の慈善事業を始めたことや、ソロバンを外注したことなどから話が広まり、騎士団の息がかかっていない民の間でも知られることになった。
つまり私の行動によって話が広まったことにはなるのだが、聖女の存在は徐々に街の者にも知らせて行くつもりでいたそうなので、あまり気にしなくていいとは言われている。
私達がシータイを出てそろそろ一ヶ月。その一ヶ月で徐々に、商人や一般の民を装って害意のある者が領都へと流入してきた。
害意のある者はくすぶる者達を焚き付け、巻き込み、私達が子爵邸を出る日を虎視眈々と狙ってきた。
昨日と今日の『デート演習』は、その駆逐と見せしめが最終目標である。
つづく




