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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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茶化しはしない。茶だけに。

「で、『君達』はまた街に遊びに行ったのかい」

「はい。イチャイチャしながら出て行きました」

「あれはやりすぎでしょう。僕達だって普段あそこまではベタベタしていないはずです」

「何言ってんだ、普段なんかもっっっとベタベタしてんぞあんなん序の口だこのバカップルどもが」

「はは、これ以上ない再現度でございましたよ」


 ずず、茶をすする音。部屋には、私にとっては馴染み深い、清涼感のある香りが漂っていた。


「はあ、この味をこの世界で再び味わえるなんて。淹れ方も上手なんだろうね。こんなに美味しい緑茶は、前世も含めて初めて飲んだかもしれない」

「恐縮です、オーレン様。これでもお茶の産地で育ちましたので」


 ……ふう。音を立てずに茶を口に含み、口内でその風味を堪能してから息をついたのはシシだ。


「この茶は、こんなにも甘みを感じられる茶だったのですな。以前、ミカ様に手ずからご教授いただいたというのに、自分で淹れた茶は苦味ばかり引き立って世辞にも美味くはなかった」


「きっと何度か淹れているうちにコツがつかめると思いますよ。お湯の温度、茶葉とお湯の比率、置く時間。ほんの小さなことでも風味は変わりますから。ぜひお好みの味を探求してくださいね。ちなみに私は、苦めにというか、濃いめに淹れた緑茶に氷を入れていただくのも好きです。ぜひ暖かいお部屋でどうぞ」


「次に失敗した時は試してみましょう」


 私が教えた通りに淹れてみてくれたという彼に、不覚にもほっこりとしてしまった。しかし茶化しはしない。茶だけに。ふふっ。隣に座るザコルに変な顔をされたがスルーである。


「冷茶か、いいねえ。ジーク伯に頼んだら夏にも茶葉を送ってくれるかなあ」

「その前にお礼をしなくてはいけませんわオーレン」

「そうだったねザラミーア。今回直接やりとりはしていないけれど、小鞠を派遣してくれたし、アメリア様に支援物資や土産物を預けたりしてくださったそうだからね。何がいいかな、またネギかなあ……」


 ずずずずずー。


「お前……茶会になぞ出たことがないだろうとはいえ流石に」


 オーレンの立てる音に、隣のイーリアが眉を寄せている。この国とその近隣諸国では茶は音を立てずに飲むのがマナーだからだ。


「イーリア様。我が国のお茶に関しては、こうやって音を立てて飲むのが正解です」

「音を立てるのがマナーだと? またこの木偶の棒を庇っているんじゃないだろうな」


 信用がない。まあ、異世界のことなどどうとでも言えてしまうからなのだが。


「シロウも音を立てて飲んでました。第一子爵夫人」


 同じお茶を割とお上品に飲んでいたコマがフォローしてくれた。


「そうか、コマ殿がそう言うのなら信じよう。ミカ、疑ってすまない。あなたはどうにもこの木偶に甘いところがあるから」

「いえ」


 ずずずずずー。ぷはー。


「美味しいなあ、お饅頭がほしいよ」


 オーレンは私達のやりとりなど我関せずで緑茶を堪能している。そんなマイペースな彼の様子には、イーリアもやれやれと苦笑した。


「しかし、どこぞの貴族家で飲んだリョクチャとは全く別物だな。この苦味の中に感じられるほのかな甘み。何となく旨味さえも感じられるのが不思議でならん。これで紅茶と同じ茶葉を原料としているとは全く信じ難い。ザラはどうだ、苦いものはあまり得意でなかったろう?」


「まあリア様ったら、子供扱いはよしてくださいな。このお茶の苦味は平気なようです。清涼感もあって、毎日でも食後にいただきたいくらいよ。ミカが勧めてくれるものは本当に何でも美味しいわね」


「恐縮です。お二人にも喜んでいただけで嬉しいです」


 オーレンの執務室には、領主夫妻の三人と私達のほか、シシとコマも呼ばれ、皆で緑茶をすすっていた。会合……じゃなかった、軽めの茶会ムードである。


「それで、あなた達はいつ頃出発するのかしら」

「影武者隊の方が領都を出るのがあと一時間ほど後になるので、その頃には準備を」

「ゆっくりしていらっしゃいね。あちらもそのつもりで準備しているはずよ。こちらからもメイドを派遣してあるわ」

「ありがとうございますザラミーア様」


 数泊はしきていい、という計らいだ。


「イリヤも、それからゴーシも行くんだろう。ちゃんと用意はできているのかな」

「必要なものは先に送ってありますから心配いりませんよ。あとは、マージの心の準備ができているかねえ……」


 ザラミーアが片頬に手を当てて苦笑する。


「ああ、顔を見たら卒倒しそうですよね。でも、マージお姉様ならゴーシくんやリコの存在くらい把握してるんじゃないですか? 元ザハリ様ファンが派手に追いかけてたみたいですし……」

「マージはあまり屋敷から出してもらえなかったようなことを言っていましたから、知ってはいても実際に見るのは初めてでは」

「確かに」

「あの町長様が、元町長やあの執事長の言いなり? で屋敷に留まってたっつうのは、今世紀最大の謎なんすけど」

「それも確かに」


 例えば、ザコルがザハリのいいようにさせていたのとは少し事情が違う気がする。ザコルは兄として弟を許していたが、マージから見て、元町長で夫のドーランや執事長は庇護対象ではない。彼女ほどの人ならば、反旗を翻そうと思えばいつでもできたように思えるが……。


「あの子にも色々と思惑があったのよ。境というのはどうしても『凝り』ができやすい場所ですからね」


 凝り。それは、例えば元町長と執事長が中心となって行っていた非合法な火薬の売買などを指すのだろうか。火薬の件に関しては私達が暴いた上に水浸しにしてしまったし、執事長とその仲間であった男性使用人ももう処分済みだ。ドーランはどこかで強制労働か何かをさせられているっぽいが、詳しくは知らない。


 ドーランしかり、元ザハリファンの反抗しかり。あの一見平和なシータイでも、見えないところに闇はあったのだ。


 マージは元から、そうした歪みを正しにあの町へ嫁いで、いや『潜入』していたのかもしれない。




つづく

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