皆、公式に課金したくてたまらんのです
「ミカ、お願いですから何か言ってください」
「ふぃっ」
「先ほどから連呼しているその『ふぃっ』とは何ですか」
「ふぃっ、ふぃ……っ、ふぃぎゅあ……!! にに、にんじゃの」
「ふぃぎゅあ? それはその、僕にしてはやたら綺麗な顔をした、薄気味悪い人形のことで」
「うっ、薄気味悪くないもん!! ザコルは元々綺麗な顔してるもん!! 見てくださいよ!! 体格まで再現されてる!! セージさん!! これ素体は何製なんですか!?」
まさかシリコンや塩ビではあるまい。滑らかだが風合いは温かく、陶器っぽくもない。
「ガジ、という硬く粘りがあり、磨くとツヤの出る木材がありましてな。基本的にはその木を削ってパーツが作られております。何と、関節部分は動きますぞ」
「可動フィギュア!?」
木製で可動。デッサン人形みたいな造りなんだろうか。
「ジーク領にある木工の村に、人形作りに一生を捧げている者が一人おりましてなあ。部下を通じて話を持って行ったら素体の方は特急で仕上げるから衣装はそっちで作れと、それでうちの針子部隊も出動して」
「衣装は別注、もしや、着せ替えも可能……!?」
「もちろんですとも! 背中にスリットがありましてな、簡単に脱がせられるようにしてございます。今、灰黒の謎服や、いつもの黒の騎士団服なども鋭意製作中で」
「ひゃあああああ」
「造形師は普段は貴族の子供向けに人形を製作しているとのこと。そちらも見た目よりずっと丈夫に作られておりますゆえ。ぜひ箱から出してお試しください」
私は恐る恐る箱から人形を取り出し、手の部分を試しに曲げてみた。
「ザコルが『よっ』てしてる。ふふっ」
ほっこり。
「わあ、よくできているねえ。子供の頃に買ってもらったブリキのロボットを思い出すよ。僕のは飛んでるポーズのロボットだったなあ」
昭和世界から来たお父さんもほっこり。
「職人いわく、少々投げたり、一緒に寝るくらいしても平気な強度にこだわっているそうで」
「一緒に寝れる!? いやっ、でっ、でもっ、こんないいものをもらっていいんですか、お高いんでしょう!?」
オーダーメイドのフィギュアなんて高いに決まっている。物にあふれた日本でも一点物は数万円以上したはずだ。この世界で木工職人が一から削り出した素体に、こんな手の込んだ衣装を針子が手作りだなんて。しかも特急料金も上乗せだろう。
「カネのことなどお気に召されますな。皆、公式に課金したくてたまらんのです。むしろうちの商会が全て出そうなどと言えば不公平だと文句が出る始末」
「失礼いたします」
社員を私的な用事に使いまくりの大商会会頭セージと話していたら、辺境エリア統括者と執行人、つまり幹部のマネジとタイタが一礼して加わってきた。
「この度、各地で集めている水害支援募金受付の横に『公式聖女様課金箱』を新たに設置いたしました」
「公式聖女様課金箱!? 何それ!? 何で私に課金!? 普通に推し課金箱とかにしてくださいよ!」
「現在、推しへの想いは全て水害支援募金と支援グッズの購入にぶつけるようにとオリヴァー会長から通達が出ております。これはザコル殿ご本人のご希望もあってのことのです」
いつの間にそんな希望を出したんだ。ザコルを振り向いたらそうですね、とばかりにうなずいた。
「しかし、公式聖女様に対しては何も恩返しができていないのでは、と各地のファンが騒ぎ始めまして」
なぜ騒ぐ。ポッと出の変な異界女だぞ。
「推しの最前線にいる我々のもとには毎日のように嘆願書が届くのですよ」
推しの最前線とは。
しかし、言ってみればそうか。直でザコルと触れ合えている一般会員は現在、この領に集まっている水害支援メンバーと一部サカシータ騎士のみ。彼らは推しと対面しても心神喪失や著しい知能低下を起こさないまでに鍛え抜かれた猛者達だ。最前線という表現が妥当かもしれない。
「恩返しだなんて。例えば情報網を活用させてもらったり、一緒に楽しませてもらったり。私個人でも充分恩恵受けてますよ。今回も邪教調査に協力してもらうんですから」
「邪教はミカ殿とザコル殿の共通の敵でございます。すなわち我々の敵。調査にご協力させていただけるなど褒美でしかない、以前、ミカ殿がおっしゃられた通りでございますよ」
「い、いや、確かに言ったけどさ」
内緒にされた腹いせで放った半分嫌味みたいなセリフだ。忘れてほしい。
「課金箱によって集まった資金をもとに、今後も『景品』または『返礼品』として、お喜びいただけそうなものをご用意させていただきたいと考えております」
「そのお許しをいただきたく」
マネジとタイタは再び恭しく一礼した。
「そんな、もらう側が許すも許さないもないけど、あまり高価なものはやめてくださいよ。持て余しちゃうし……」
「ではその人形は返したらどうですか、ミカ」
「嫌です」
「……………………」
割り込んできたザコルに反射で返す。
このフィギュアだけは返したくない。というかこの手が離してくれるとは思えない。後で高額請求が来たとしても文句は言わない。例えテイラー家に持たされた小遣いで買っちゃダメって言われたって、どうにかして金を工面して払い切ってみせる。モナ領都チッカの市場で餃子か焼き鳥でも売ろうかな……。
「一緒に寝る気ですか」
「はい。いーこいーこして寝ます」
ぎゅ、ザコル人形を抱きしめる。むう、ザコル本人の口がへの字に曲がった。
「ずるいです。僕もミカの像が欲しいので、あの教会から強奪してきていいですか」
「ザコルはミリナ様達が一緒に作ってくれるって言ってたからいいじゃないですか。あ、量産はしないでくださいよ」
「するものか。ミカの人形と一緒に寝ていいのは僕だけです」
ぐふう、ばたり。数人が萌え死んだ。伝説の工作員がお人形と寝ます宣言しちゃってることにツッコむ人はいない。
「そんなこと言って。リコにねだられたら作ってあげるくせに」
「リ……っ、リコは仕方ありませんね。リコにだけは作ります」
「ふふっ、優しい。ザコルのアミグルミも作ってくれるそうですから楽しみです」
「これ以上僕の代わりを増やすつもりですか!? 僕本体がいるでしょう!?」
「そっちだって」
バチバチ。
「はいはい、やめなさい。オモチャをめぐって喧嘩だなんていつまでも子供だなあ君達は」
お父さんが仲裁に入る。
「いい加減、帰らねえと暗くなりますよ。他の女性陣や少年達は先に帰ってんすよね」
ツッコミを放棄したエビーが空をあおぐ。というか全てにツッコんでいると時間が押すと判断したのだろう。
「ああ、うちの人間で残っているのは僕とジーロくらいだ。君達とシシ君を任されたからね、一緒に帰ろう」
お父さん、もといオーレンはよっこいしょ、とベンチから立ち上がった。
つづく




