必ずや『いいように』して参りますから
「ミカが黙ってやってくれるのをいいことに黙って丸投げしているのは義母の方だと思うのですが……?」
「それはそうだ。放っておいた方が都合のいい結果になるのだからな。喜んで目こぼしもするだろう」
死屍累々。雪の上に転がった人々とは対照的に、息一つ乱していないザコルとジーロである。
「そんなことないですよ、あのご尊顔を何度渋い顔にさせたことか」
「渋い顔をしているときは大体義母本人か身内がやらかしたときなので気にしなくていいです」
「でも、いっぱい困らせているだろうに、いつだって『あなたは悪くない』って言ってくれるんですよ」
「事後に怒られるのはミカではなく、ミカをフォローしきれなかった僕らですので」
「それはいつもごめんなさいです」
「いいか、不用意にあれに優しくしようとするな。つけあがって部屋に連れ込まれるぞ」
「ええと……」
散々な言われようである。部屋に連れ込まれるのはヤバいくらいのことは私も心得ているが。
「ジーロ兄様。もう一方の演習はどうなっていますか」
「あっちも無事終了した」
「もう一方の演習?」
他の囮役も街中で雪合戦したんだろうか。
「穴熊と魔獣殿達が連携をとって、街中にあるアジトから標的を救出する訓練だ。ミイ殿が囚われ役をしていたぞ」
「えっ、いつの間に! 言ってくれたら通訳とかしたのに」
「貴殿の通訳をあてにしていては現場で困ろうが」
「確かに」
一応、言語理解能力の高い魔獣を割り振って穴熊や影達と打ち合わせはさせていたので、魔獣達がその気になれば作戦は実行可能だったと思う。
「最近姿を見ないと思ったら、頑張ってミリナ様や私達以外の人と連携取る練習してたんですね。偉いなあ」
私がまた寝込んだことで、ずっとは当てにできないと思ったのかもしれない。
「魔獣達も、ミカを守らなければと思っているんです。ミリナ姉上がそうしているから」
「ザコルは内緒にするのが上手くなりましたねえ」
魔獣達が何を企んでいるか、知らない風だったのに。
「ぼ、僕からは何も持ちかけていないというのは本当です!」
「責めてませんって。私も反省したんですよ。自分が任されたからって、何でも把握してなきゃ、責任持たなきゃって気負いすぎだったなって。もっと、イーリア様みたいにドーンと構えて『好きにやれ』くらい言えなきゃいけなかったんですよね」
「ミカ……」
「ミカ様」
「わっ」
突然背後に現れた気配に文字通り跳び上がる。
「シータイの最強影さんか、びっくりしたー」
「なんとなんと。私が最強影とは。光栄でございますなあ」
ぐっふっふ。
「例のメイドがこちらに合流せんと向かっております。本人は特に怪我もなく無事でございますよ」
「そうですか、ありがとうございます」
ホッと胸を撫で下ろす。結果はどうあれ本人が無傷で戻ってくるならそれでいい。
「それから一つ、お伝えしておかねばと思いまして」
「? なんですか? やっぱり何か問題でも」
ふるふる、影は首を横に振る。そしてちょいちょい、と彼が合図すると、隠れていた影の数人、いや十数人が出てきて並び、一斉にひざまずいた。思った以上に隠れてたな……。
「ミカ様に、この命と名誉を真剣に心配していただけたこと。我々影に生きる者にとって、生涯の宝でございます。お優しいあなた様がご納得できる形で、我々が必ず、必ずや『いいように』して参りますから。どうか、お任せくださいますよう」
頭を下げてくれた影達の姿に、じわりと涙が込み上げる。
「…………はい。よろしくお願いしますね」
にっこり。顔を上げたシータイの影は、どこにでもいる気の良いおじさんのような穏やかな笑みを浮かべた。
「はあ、ニンジャに壁とか与えちゃいけねーことだけは解ったわ。なあ少年」
「ええ。壁走り、恐るべき技でしたね。ミカ様がわざわざリクエストなさるだけのことはありました」
やっと復活したエビーとペータが壁走りを再評価している。
いや、私もあんな商店街の壁と壁の間を跳び回ってくれるとまでは思ってなかった。あれは忍者というより某兵団の動きだ。
「四方八方どころか上からも弾が降り注ぐ雪合戦なんて未知の体験すぎて流石の俺も草。動きが全く読めねー」
「全く、お一人で攻撃しているとは思えぬ『弾幕』ぶりでしたね。結局、真上の防御に関してはミカ殿ご本人にお任せせざるを得ませんでしたし、これが矢の雨だったらと思うと」
ぞー。
サゴシとタイタは青くなっている。
「やっぱり市街地戦ってなるべく避けたほうがいいですね。雪合戦じゃなかったら巻き添えもすごそうですし」
「そうだね。本来隠れ場所が多いっていうメリットもあるけれど、それは相手にとっても同じだ。特に、誘い込まれるのだけは避けた方がいい」
「いくら強くても少人数で防御できる範囲には限りがありますもんね。それを思うと、深緑湖の街で囲まれかけた際に、真っ先にミカ様を連れて離脱して、その後も大きな街を避け続けた猟犬様のご判断は正しかったってことですね!」
「いいことを言うね! 流石は現役工作員!」
そう分析して盛り上がっているのはマネジとピッタである。私を囲む盾にはなぜかピッタも参加しており、彼女ももれなく雪まみれだった。
商店街の通りには、凄絶な雪合戦を見た子供達が我も我もと飛び出してきて雪を投げ合っている。
早速ドングリ先生がフォーム指導を始めたので、私も同志達と共に列に並んだ。その様子には、商店街の大人達も、影も、ジーロとジーロが率いていた騎士達もみんな和やかに笑っていた。
その後。
お世話になった商店街の人々のため、希望する人にお湯を提供していると、影からの情報通り、メリーが姿を現した。
「ただいま戻りました」
「おかえり、メリー」
「……っ、ミカ様」
「うんうん、話を聞こっか」
私はどこか泣きそうな顔をした彼女を抱き寄せ、背中をさすった。
つづく




