私の性分は理解してるでしょ
むす……。
「ザコルは当然『家族』だから絶対一緒にいてくれると思ってたんです、嘘じゃないですよ、ね?」
む、ボソボソボソ。
「え? ……ああ、なるほど。もー機嫌直してくださいよザコルー」
不機嫌な顔で黙っているふりをしながら、ザコルは小声で『噂話』の一部内容を教えてくれた。それを聞いた私は、まだザコルをなだめるふりをしながら会場をそれとなく見渡す。
よくよく見れば、この教会に観客として集まった一般人は女性ばかりだった。一部に造花事業に関わった子供達、そして何食わぬ顔で座っている男性はほぼ全員『暇してる影』連合の皆さんだ。
噂好きな人間は男性にもいるはずだが、この世界ではジェンダーレスな枠組みや考え方などは普及していない。男は男、女は女でコミュニティがパッキリ分かれているのだろう。とすると、問題視している噂は女性コミュニティで起きている、ということだ。
今まで、そのモニタリングは女性人気の高いザハリの役目だった。ちなみに男性達の聞き役はザッシュだ。
なるほど、常に緊張状態が続く辺境の山間で排他的な雰囲気にならないのは、上層部によるコントロールの賜物でもあったのか。その仕組みを一部悪用していたことは問題だが、ザハリもザコルが関しないことでは一定の成果を上げていたのだろう。でなければイーリアも彼に仕事を任せていないはずだ。
「ペータ」
しゅた。
「お呼びでしょうかミカ様」
「メリーにさ、もし気になるなら確認してきていいよって伝えて。ここでは顔を出さなくてい」
しゅた。
「お呼びでしょうかミカ様」
「ちょっ、なああんでメリーまで出てきちゃうの、ほら隠れて隠れて」
件の噂をしているグループにはメリーの親きょうだいの顔を知っている人もいるだろう。メリーの顔立ちを見てピンとくる可能性だって否定できない。
「顔出しはまだ待って、どんな噂に発展するか予測つかないから」
まさか、ララとルルがサカシータ家や私達に媚を売って取り入っている、みたいな言い方をされているとは。むしろララルルは遠慮していて、それをなんとか口説き落とそうとしている最中だ。サカシータの血を引く子達の教育というか、物理的・精神的なコントロールは彼女達母親の存在にかかっている。特にゴーシは苦労した年月が長く、そして家族思いだ。母親達と妹の安全が保障されない限り、絶対に子爵家に入ってくれないだろう。
サカシータ家として、ミリナと同様、ララとルルを家族として扱います。そう領主まで出てきてアピールしているのに、この場で陰口を叩いてしまうとは。怖い人に連れて行かれても知らないぞ。
「とりあえず、ここはいいよ。メリーが気になるならこの機会におうちの様子見てきて。私には報告するかしないかはメリーが決めていいから」
知らないうちにというか、いつの間にかというか、なんというか。私はザハリの子供の母親全員とコネクションがある。さっきから噂されている『子爵邸に忍び込んで暴れた母親』とは、十中八九このメリーの姉のことだ。
イーリアがそこまで計算してメリーを私につけたかどうかまでは聞いてないが、おおかた、メリーを懐柔しておけばメリーの姉や両親にアプローチしやすくなる、くらいの打算はあったはず。私自身は、メリー自身が姉に関わってほしくないと言うので、この件に関しては何らアクションを起こしていない。メリーの実家の場所なんてもちろん知らないし、子爵邸の『深部』に彼女の姉とその子がいることくらいしか知らないのだ。
だが、孤立しているという噂を聞いてはまるっきり放置もできない。
「……私は、ミカ様に楽しんでいただきたい一心でここにいるのです」
「うん、分かってるよ。私もさ、メリーが大事だから」
「こっ、これ以上大事にしていただくわけにはいきません! それに、罪人を野に放つなんて」
「私はね、メリーが必ず私の元に帰って来てくれるって確信があるからこう言ってるの。そのメリーが大丈夫だと言えば私もそう信じる。大丈夫じゃないなら一緒に考えたい。どうか、そうさせて。私の性分は理解してるでしょ」
放っておけない、おせっかいがすぎる。そんなことは重々自覚している。
「私は、我が家の人間が充分に特別扱いされていることを理解しております」
「うん、そうだね。決してララさんルルさんばかりが贔屓されてるわけじゃない、私もそう思うよ」
メリーの姉が産んだ子達はまだ幼い。やろうと思えば、無理矢理子供だけを取り上げて育て直すこともできるだろう。まだ説得の余地を残しているのは、サカシータ家が彼らを尊重しているからに他ならない。
「でも、差し伸べた手を取ってもらえていないのが実情みたいだから。メリー、お願い。子供の様子だけでも見てきて。ザコルの大事な甥っ子か姪っ子なの」
私しかメリーに命令できない。彼女は私につけられた御用聞きだから。
「…………承知いたしました。すぐに戻ります」
「よろしくね」
シュバ、メリーはその場から消えた。
つづく




