願っては、駄目でしょうか
次の目的地は、周辺と比べて造りが特徴的で、かなり大きめの建物だった。
この造りは以前にも何度か見たことがある。明らかに人を集める施設に違いないのに、なぜだか周りに人けはなかった。
「もしかしなくても、これ、教会……?」
「ええ、ツルギの山神様を豊穣の女神として祀る、この領都でも一番の規模を誇る教会でございます」
こういうことには詳しいタイタが教えてくれる。
そして、山神教の教会といえば。
「ええー……めちゃくちゃ嫌な予感するんだけどぉー……」
「姫様」
「サゴちゃん」
しゅた。どこからかうちの影が降ってきた。
「もー、お待ちかねですよー」
「誰が? 中で?」
確かに建物の中から気配は感じる。しかもそこそこ多数だ。
「へへ、行ってみましょうや姐さん!」
「ちょ、待っ、心の準備が!!」
「ご心配なさいませんよう。この中では羽虫も生きながらえません」
「そういう心配はしてないよっ、どーせ中には」
「諦めが肝心ですよミカ。この僕が言うので間違いないです」
「いやあああ無理矢理忍者の格好させられた人の説得力が半端ないいいい!!」
ぐいぐいぐい。
ザコルの物理的な後押しに敵うわけもなく。
私が近づけば教会の大きな木製扉はぎいい、と重厚な音を立ててゆっくりと開いた。
「聖女様!」
「聖女様だあ……!!」
「ひぇ」
中には人が集結していた。思った以上の人数だ。人数の認識を誤ったのは、見た目は普通なのに妙に気配が薄い勢がかなりの席を占めているからだ。確かにこれじゃ羽虫も息する前に駆除されることだろう。
「サクラ多すぎじゃないですかあああ」
「流石はミカ様、我らの擬態が通用しない」
一瞬シータイの影の声と気配がしたが、彼は一瞬で気配を紛らせた。ニコニコと笑って拍手している民衆のどこにいるのかもはっきり分からない。
怖い話かよと思いつつ、切り替えて会場を見渡すと、祭壇の豊穣の女神像まで続く通路にはたくさんの花があふれていた。雪に地面を閉ざされたこの地で、花なんてどこから…………
「あ、これ。全部『造花』だ」
家庭にある布や古着を材料にしたはずなのであまり派手な色はないが、それでも色とりどり、センスよく飾り付けられていた。
「せっ、せーじょさま! おしごとくれて、ありがとうございます」
「これ、どーぞ」
緊張しているのか、カチンコチンでやってきた小学三、四年生くらいの少年と少女の二人組が、私に花束を差し出してきた。
ミリナと考えた計画通り、布と竹ひごでできた造花の花束だ。きちんとラッピングされ、リボンも巻かれている。特に出来のいいのを選んではいるだろうが、子供が手がけたとは思えないクォリティーだ。ララとルルの指導の賜物だろうか。
「とっても綺麗にできたね。仕事を受けてくれてこちらこそありがとう」
しゃがんで受け取ると、少年と少女はぺこりと挨拶して席に戻っていった。
私は花束を持ったまま、その場でカーテシーをする。それに合わせるように、隣にいたザコルも軽く一礼した。拍手がより一層大きくなる。シータイの集会所で受けた歓待を思い出すな……。あの時はほとんど顔見知りばかりだったが。
ブーケを持って、ザコルのエスコートを受けながら祭壇をめがけゆっくりと歩を進める。脇で拍手してくれる人に会釈しつつ。
……いや、結婚式だろうか。しかし、このバージンロードを歩く式のスタイルはキリスト教のものだ。しかも一緒に歩くのは父親のはずである。
このブーケでブーケトスなどしたら竹ひごが誰かの頭や顔に当たるかもしれないし危なそうだな、などと余計なことを考えていると、あっという間に祭壇の前に来ていた。
「これか。聞いていた通り出来がいい。しかも大きい、僕はこれが見たかったんだ」
ぶつぶつぶつ。
隣のエスコートの人は、女神像もそっちのけで、その隣に祀られた素朴な木彫りをジロジロと眺め始めた。
「ミカ、像の後ろに回っても?」
ワクワクキラキラ。
「いや、その木像のことは置いておいて、まずは山神様にご挨拶しましょうよ」
私は、豊穣の女神像、つまりツルギ山の水源に宿る神、ツルギの山神を象った大きな像を見上げる。
手元にある数珠……じゃなかった、ブレスレットを手のひらにかけて手を合わせる。また何となく仏壇にするようにしてしまった。子供の頃は祖母と毎日仏壇で手を合わせていたので、もはや癖だ。
何から祈ったらいいか迷うところだが、とりあえず『家族』がみな息災でありますようにと願った。ピッタによると、私が帰る実家はテイラー邸以外にもたくさんあるらしいので、私の『家族』と定義される範囲は広大である。
明日は、オーレンと約束した『シータイに遊びに行っていい日』だ。
しかし同志達がまだここにいるので置いて行っていいものか迷うところだ。せめて彼らがあちらに到着してからの方がいいかもしれない。また危険を冒してと、ジーロには反対されるだろうか。
「ミカとずっといられますように」
「えっ」
「えっ」
隣から聴こえたつぶやきに顔を上げる。
私の視線に、榛と茶の混じる瞳が動揺する。
「……あ、その、一応、僕の動向は、セオドア様のご判断が絡むので、それに……ミカの意志も」
私と一緒にいることが許され続けますように。
「願っては、駄目でしょうか」
子犬のような目を向けられる。きゅっと心臓が掴まれる。
駄目じゃないに決まってる。あなたはもう、私の『家族』なんだから。誰に何を言われても、絶対に離れないでいて。
そう言い募りたいのになぜだか言葉が出てこない。
「泣かないで。どうか、僕の側を望み続けてくれ」
「……あなたこそ。何があっても、必ず追いかけて私を捕まえて。私もそうしますから」
結局、かわいくない言葉しか出てこなかった私の髪がそっと撫でられる。顔が近付いてきて、目元の涙をちゅ、と吸われた。
この涙を堂々と口にしていい人は、後にも先にもこの人だけだ。
つづく




