『斬馬剣』を試すに相応しい『的』だ
ざわざわざわざわざわ…………。
街の中心にある広場は、この世のものとも思えない大剣を持った人と、氷塊を作っている人、それを見物しようとする街の人々で賑わい始めていた。
「魔法だ……!」
「雪から氷が生えてきたぞ!」
「すごいわ、あんなに大きくてまっさらな氷が一瞬で!」
「空や建物が透けてるよ!」
「ああ、氷も聖女様もきれいねえ……」
久しぶりの初見リアクションである。
魔法によって作り出した、気泡一つない圧倒的な透明度の氷。
私の魔法は、水温をいじくるだけでなく若干の念動力を含む。なので雪の積もった地面から氷を上に生やすなんてことも、不純物や気泡を追い出しながら凍らせるといった細かな芸当もできるのだ。真夏でも一晩は溶け切らない氷塊作りは、テイラー邸にいた頃からの十八番でもある。
私は、氷塊というか大樹のような氷柱を自分の身長の一・五倍くらいの大きさにまで育て、そして一旦魔法を止めた。
「どれくらいの大きさにします?」
「魔力切れの予兆は?」
「ありません。今日はまだ全然余裕ですよ。じゃあ思い切って、もう一回り太くしちゃいましょうか」
私が持つ魔力のキャパは、大樽六十杯、ざっくり計算で十二トンの水を湯に変えてもお釣りがくることが判っている。そして、湯よりも氷を作る方がなぜだか魔力消費が少ない。氷柱の幹周りは、私が五人、いや七人くらいで手を広げてやっと届くかという円周になった。
太すぎたか、と思ったが、ザコルは満足げにうなずいて氷柱を見上げた。
「いいですね、この『斬馬剣』を試すに相応しい『的』だ」
「……ザコル、前にこんな感じの氷塊、手刀で割ってませんでした?」
手刀ぉ!? 誰かが驚いたように声を上げる。
「長兄を閉じ込めた氷の牢を割った時のことですか。あれは確かミリューが作り出した水流をそのまま凍らせたものでしょう。気泡が多く中も空洞でしたから割れやすかったと思います」
氷としては多少割れやすかろうが、あの質量の塊を手刀で叩き割る人類なんてたぶんザコルくらいだと思う。
剣を持ったまま閉じ込められた長兄、つまりイアンでもあそこからすぐに出てくることはできなかった。単純にイアンが鍛錬を怠っているのかと思ったが、ミリナによればイアンも鍛錬だけは真面目に続けていたそうだ。いくら都会人や悪役を気取っても、染みついたサカシータソウルはなかなか抜けないものらしい。
「この氷は、あの時の氷より断然割れにくいでしょうね」
にや。
ザコルが口角を上げる。テンションが上がってきたようだ。この顔好き。
「おい、武器屋の。あれはずっと倉庫に置いてた大剣か」
「ザコル様がお使いになるんか?」
「いいや、ザコル様は影が本職だ。頼まれれば重戦士の真似事もなさるようだが、普段の任務であれを持って忍ぶなんてこた不可能だろう。今日は、聖女様たってのご希望であれの試し振りにいらしてくれたのさ。あれを軽々振り回すザコル様に感動された聖女様がなあ、なんと『斬馬剣』なんていう素晴らしい名までつけてくださってなあ、ああ、ありがてえありがてえ」
無骨な風貌の武器屋の店主は手をすり合わせて天を仰いでいた。
先ほどララとルルもやっていたが、どうして仏教のないこの国で合掌お祈りスタイルが存在するんだろう。オーレンが広めたのか、それとも、何百年か前この地に日本人が根を下ろした名残なのか。
店主はあの剣が日の目を見たことがよほど嬉しいようだ。十年以上在庫になっていたということは、あの店主が十年以上大事に手入れしてきたということでもある。愛着もひとしおに違いない。
ちなみに、剣の価格は家の一軒や二軒は買えそうな額だった。おびただしい量の鉄を使い、さらにそれを加工するコストを考えたら当然の値段である。武器は総じて高いが、これは特に売れないと大赤字、下手をしたら店も傾くレベルだろう。
それでも、サカシータ一族御用達店として、彼らが求めそうな武器をピンからキリまで取り揃えているのだ。しゅごいしゅごい倉庫見たい絶対見たい。
しん………………。
余計なことを考えているうちに、あたりはすっかり静まり返っていた。
ザコルが停留在庫、じゃなかった斬馬剣をスッと構える。ギャラリー達は、何かあっても巻き込まれない距離から見守っている。私も他の見物客と同じラインまで下がった。
「では、いきます」
ザコルが目にも止まらぬ速さで剣を振った、と思ったら剣は既に氷のあった場所を通り過ぎていた。遅れてブオンと風圧がくる。
不思議なことに、音はほとんどしなかった。
確かに剣は氷にぶつかっていたはずなのに。キッ、というわずかな金属音がしたような気もする、そんな程度で。
観客はまだ誰も声を上げない。静かに、氷柱の上部がある一線でスーッとズレ始める。ズレるスピードは徐々に速くなり、ついにはぐらりと傾いてそしてドッ、と雪にめり込んで倒れた。
氷柱は見事、上下真っ二つになっていた。誰かが「うわ」と声を上げたのを皮切りに、その場は歓声の渦となった。
つづく




