さしずめ『斬馬剣』ってとこですね!
ブオン。重々しい風切り音が鳴り響く。
「きゃあああああかああああっこいいいいい」
「その声、耳がキーンとします」
「あ、ごめんなさいあまりにカッコよくてつい。あーでもでもカッコいいカッコいいカッコいい好き好き好き」
「ちょっ、刃に触れますからしがみつかないで!」
「ほんと好き大好き」
「やめっ」
「はっはっは聖女様はザコル様を心の底から好いてらっしゃるんですなあ」
人の手が持つには、あまりに大きな剣。
私の身長くらいある刃渡り、私がギリギリ横になれそうなほどの幅、何を叩き斬っても歪みそうもないぶ厚さ。騎兵を馬ごとでも一刀両断できそうな、ド迫力の大剣だ。
それを軽々と持ち上げ、振ってくれた忍者に私は思わず飛びついた。
「しゅごい、まさにしゅごいの一言。さしずめ『斬馬剣』ってとこですね!」
「斬馬剣、いい呼び名ですね。おそらく用途的にも合っています」
ザコルは私を引っぺがし、離れるように言って、もう一度素振りした。ジェットエンジンもかくやという風圧が雪の表面をかすめ、大量の雪を宙へと巻き上げた。
まるで吹雪の渦中に入ったかのような錯覚さえ覚えるこの光景。しゅごい。見て、あれうちの彼氏。
「いやいや何あのムキムキの忍者が巨大な斬馬剣振るってるとか設定盛りすぎだしアツすぎる欧米のゲームかコレ」
ぶつぶつぶつぶつ。独り言が止まらない。
「おうべいのげーむ……? あの、せっかくなのでミカも持ってみますか?」
ザコルは、ホウキでも渡すような手つきでその大剣の柄を私に差し出した。側にいた店主がちょっとギョッとしている。いくらなんでもこの重さのものを勧めるか、とでも思ったに違いない。
ザコルは私が重くても持ちたがることを理解しているから訊いただけだ。むしろ重さを実感したくて持ちたがる私の特性をよく理解している。
「持ってみたいのは山々なんですけど、持った瞬間に手がすべって落としたりしたら、傷をつけそうで」
残念ながら購入予定はないのでなおさらだ。
ザコルが重戦士として戦うとか、交渉の場で威嚇目的で持つとかならいいだろうが、今の護衛任務には不必要すぎる大きさである。ただしこれで鍛錬や手合わせをしている姿は見てみたかった。また地面が割れそうだけど。
「聖女様、多少の傷くらい構いませんよ。そんなにヤワな代物じゃありません。しかし、お足元には落とさぬようお気をつけください。まずは置いてある状態から半分持ち上げてみてはいかがでしょう」
「じゃあお言葉に甘えて。ありがとうございます店主さん!」
「いやあ、こんなかわいらしいお嬢様に喜んでもらえるなんざ、武器屋やっててよかったなあ」
ザコルが雪の上に『斬馬剣』を横たえる。
先ほどからなぜ外に店主と三人でいるかといえば、獲物のあまりの大きさに、店内では広げられるスペースがなかったからだ。いつもは倉庫に仕舞われているらしい。
店主は自慢の倉庫なんですよ、と語った。
「普通の人間じゃあ到底扱えない、いわゆるサカシータ一族向けの武器専用の倉庫でね。うちはこれでも子爵家御用達ですから」
「サカシータ一族向け武器専門の倉庫!? なになにそれ聞きづてならないやつ一般公開は」
「ミカ、集中しないと本当に足の上に落としますよ」
「あ、はい。よーし、ふんっ、ふんんんんっ」
長い柄を両手で持ち、足を踏ん張って持ち上げる。
「おぉ……っっっも!! ナニコレしゅごいザッシュお兄様の鎚より重いめちゃくちゃ重い……ッ」
「おおお、これはすごいぞ! 少しも浮かないだろうと思ったのに! 流石は数々の伝説を持つシータイの聖女様だあ!」
つる、手から柄が離れる。足の位置には気をつけていたので怪我はないが、ズン、と重い音を立てて雪にめり込んだ。というか落としただけなのに地面に振動が走った。
体感的には、中学の時、教室にあったアップライトピアノを好奇心で持ち上げようとした時くらいの感触だった。たまたま廊下を通りがかった音楽の先生に見つかって滅茶苦茶怒られたおもひで。
「これもいい剣なんですがね、今はご一族でも大剣を扱う方がおりませんで、十年以上倉庫の肥やしになってんですよ。いい機会ですからザコル様に試し斬りもしていただきたかったんですが。あいにくと今、ちょうどいい木材や何かがないんです。今年はカリューへ供出したのもあって、みんな残らず薪にしちまったものですから」
「薪、足りてますか?」
「ええ、少しギリギリかもしれないが、春まではもつでしょう」
「もし足りなくてシケた薪を使う予定なら、私が乾燥させますよ。魔法で」
「乾燥? 魔法で? ですが、湯や氷を作る魔法士様なんでしょう。どうやって」
私がカリューで薪の水分を加熱して飛ばし、切り出したばかりの木材をいい感じに乾燥した薪へと加工した話は、まだ領都にまで届いていないらしい。
全て話せば長くなるので、薪を乾燥させる方法のみざっくり説明すると、店主は「よく分からんがすげえなあ、さすがは聖女様」と曖昧にうなずいた。
「でも、斬馬剣の試し斬り見たかったなあ……」
「そうでしょうそうでしょう、この剣がどこまでやれるか、私もこの目で見たくって」
「店主、この剣で氷を斬ってみてもいいでしょうか」
「へっ、氷? そこの甕に張ってるようなもんをですか?」
「いいえ。ツルギ山の大岩もかくやという巨大な氷をです」
「そんなもん、ここには……」
はっ、店主が私の方を振り返る。
ブイブイ、私は元職場の後輩の真似をし両手でブイサインを決めた。
つづく




