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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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プリンという偉大なる甘味

 次の指令書に記された時間が迫って来たので店を出ると、オープンカフェで山盛りのパウンドケーキを頬張るオーレンと、それを微笑ましく見守る妻達の姿が目に入った。


 普通の吹雪を小雨か何かだと思っているっぽいオーレンはともかく、イーリアとザラミーアは寒くないのかと思ったら、彼女達の近くにだけ移動式のストーブが置かれていた。


「ザコル、僕達にまでケーキを頼んでくれてありがとう。僕は林檎が入ったのが好きだなあ」

「プリンという素晴らしい甘味を開発なさった我が父上に最上級の敬意を」


 さっきまで『おいしい』しか言ってなかったザコルが、急に流暢に喋り出して仰々しく一礼した。


「えっ、何どういうこと、敬意? 僕に? 今プリンって言った?」


 ぶっふ……とイーリアとザラミーアが口を押さえて震えている。おたくの息子さんは大真面目に言っています。


「僕をからかっているのかい?」

「いいえ。プリンという偉大なる甘味の開発を成し遂げられた父上にご挨拶申し上げております。ちなみに僕もパウンドケーキは干し林檎入りが好きです」


 はて。と首を傾げたオーレンの肩をイーリアが叩く。


「よかったな、オーレン。初めて八男に尊敬されたぞ」

「初めて……プリンで? あー……」


 オーレンは非常に釈然としない表情のまま、そうかそうかと腕を組んでうなずいた。

 ここで怒らないところが彼のすごいところである。偏見だが、昭和生まれの男性の九割はここで『バカにするな』と怒っていると思う。いや、ザコルの純粋なる瞳の前に怒れないだけかもしれない。なんかもう顔全体が発光しそうなくらいキラキラしてるしな……。


「まあ、鍛錬と勉強以外何にも興味なさそうだったザコルが食に興味が出てよかった、と思うことにしよう。しかし、僕は何も成し遂げちゃいないさ、誰かにプリンの話をしたら、巡り巡って再現してくれる店が現れたってだけでね。でもこんなに洒落ていて店員も客も女の人が多い店なんて一人で来られないから、実は今日初めて来たんだよ。いやあ、美味しくできていたねプリン!」


 まさかとは思うが、若いウェイトレスが怖くてこの寒いのにオープンカフェスペースにいるんだろうか。付き合ってくれる妻二人、めちゃくちゃ優しいな……。


「父上、今日はリョクチャという珍しい茶葉を買いましたので、後でミカが淹れてくれるそうです」

「リョクチャ…………えっ、もしかして『緑茶』!? 本物かい!?」


 ガタ、オーレンが机を揺らし、私の方を見た。


「はい、ちゃんと緑茶です。ジーク領の魔の森にある秘境で作られているお茶ですよ。たまたま淹れ方を知っていますので、皆様のご都合のよろしい時にお淹れしに行きますね」


 はわわわわわ、とばかりにオーレンが両手で口を覆う。


「りょっ、りょりょ緑茶、緑茶だって、ねえ聞いてるリア、ザラ!!」

「聞いているとも。私はそのリョクチャとやら飲んだことがあるぞ。どこの貴族家だったか、ご令嬢が珍しい茶葉があると呼んでくれたのだ。使用人の淹れ方が悪いのか、どうにも苦味と渋みが強くて飲めたものではなかったが」

「わああんどうして存在を知ってるのに教えてくれないんだよおお」

「泣くなうっとうしい。茶会の一つにも出たことのない貴様に好みの茶葉があったことなど今初めて知ったわ」


 すがりつかんばかりのオーレンをイーリアが一蹴する。


「私は飲んだことはありませんが、ミカならきっと美味しく淹れてくださるわ。楽しみですね、オーレン」

「ああザラ、嬉しすぎて走り出したい気分だ! 早く帰ろう、今すぐ帰ろう」

「あらオーレン、まだデートは終わっていませんよ。今日はお買い物にもお付き合いくださるんでしょう。これはダブルデート? なんですって。ちゃんと私達をエスコートしてくださいませね」

「もちろんさ! で、次はどこに行くんだい? 孫達も一緒に行くのかい」


 ザラミーアは私達をチラッと見て、人差し指の先を自分の口元にやった。


「シー。内緒です。お楽しみになさっていて」

「なんだあ、また内緒か。でも君達が一緒ならどこでも行くよ。最低でも店の外までは」


 私とザコルは、まだパウンドケーキを食べ終わっていない領主夫妻達と別れ、次の目的地に向かった。





「あの三人のデートもモニタリングされてるってことですよね。どこかから」


 かの伝説、アカイシの番犬と女帝相手だ。相当な手練れが担っているとみた。


「そうですね。あの、一つ気づきがあったので報告してもいいでしょうか」

「報告? はい、どうぞ」

「僕は、ミカと共に食事を摂る前は、何を食べても味わって食べていなかったと思うのです。王都でも甘味ならまだ食べられた方だったはずなのに、何を食べたのか全く思い出せないんです。塩が濃すぎる食事は論外ですが」


 王都に住まう中央貴族の間には、その財力を見せつけるため、パーティや茶会で出す料理に貴重な塩や砂糖をこれでもかと使う風習があったようだ。


「私もそんなものですよ。あれじゃないですか、えーと、何を食べるかより、誰と食べるかの方が重要、みたいな」


 って、日本のどこかの誰かが言ってました。毎日終電、誰かと飲みに行くのも稀、なんなら節約生活で外食に行くのも稀だった私には、全く縁遠い言葉だったが。

 しかし、祖母と一緒に食べたものの味は今でも鮮明に記憶に残っているものが多い。ならば、やはりあの格言は真実なのだろう。


「何を食べるかより、誰と食べるか。ふむ、興味深い考え方ですね」

「ザコルと食べたソーセージサンドや、プリンの味。この先、どんなご馳走やスイーツを食べたとしても上書きはできないと思います」

「僕もです」


 にこ。

 ふっ。

 ぶるん。


「あ、クリナ」


 どこか不満そうな鼻の鳴らし方だ。彼女もプリンが食べたかったんだろうか。


「今日は外で待ちぼうけばかりでごめんね。今度、流鏑馬に挑戦したいから鍛錬に付き合ってくれる?」


 ぶるるん!


 あ、嬉しそうだ。

 クリナはテイラーから乗ってきた馬だが、元はといえばサカシータ子爵からテイラー家に贈られたサカシータ生まれの馬だ。一説には魔獣の血を継いでいるとも言われており、他の領で生まれた馬とは一線を画す体力、スピードを誇る。この世界に競馬があれば、伝説の競走馬になれたことだろう。


 流鏑馬、というワードでテンションが上がるなんていかにもサカシータ生まれサカシータ育ちっぽい脳筋ぶりである。


 次の目的地は、待望の武器屋であった。




つづく

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