そそのかされちゃダメですよ?
更新ちょい遅くなりました
カフェデート回です
クリナを引きながら歩いていると、この寒いのにオープンカフェを営んでいるところがあった。第三の目的地はそこのようである。
オープンカフェ用のデッキは騒がしかった。
「こんなにオシャレなところでサンドイッチなんか食べられないよお」
「食わんなら私が全部食うぞオーレン」
「早く食べませんと、サンドイッチが凍ってしまいますよオーレン」
「あーっ、やっぱり朱雀に一緒に来てって頼めばよかった!」
「くはっ、その図体でサンドイッチ数切れにどれだけ悩んでいるつもりだ。敵には息をするいとまもやらずぶった斬る性急さのくせをして」
私はザコルの方をうかがった。
「知らぬふりで建物の中へ入りましょう」
「あ、指令書に書いてあることはちゃんとやるんですね」
父母達と絡みたくないのら、あのカフェを避ければいいのに。色々と準備してくれている人々の厚意は無碍にできないか。
クリナを外につなぎ、建物の入り口へ向かう。当然だがオープンスペースからこっちは丸見えだ。私達に気づいた彼らは黙ってひらひらと手を振った。私が会釈すると、ザコルも仕方ないとばかりにペコリと会釈した。
店に入るなり「試食でーす」とカップを渡された。見れば、既視感のある紫色のポタージュスープだった。
「これ……っ、あれだ、深緑湖の街の屋台で飲んだ、パープ芋のスープ! ですよね!?」
「ああ、味の想像はつくと言っているのに、ミカが飲みかけをしきりに勧めてきた」
「だって、初見の食べ物でしたし、私の舌だけじゃ本当にザコルの『想像通り』か判らないじゃないですか?」
「確かに」
こっちの世界では、紫色のじゃがいもをパープ芋といい、白や黄色のじゃがいもをマシ芋と呼んでいる。隣のモナ領からの支援物資は全てマシ芋だった。ジーク領のどこかにパープ芋を特産とする地域があるのかもしれない。
ザコルは渡されたカップから一口飲み、私に渡してきた。
「想像通りです」
「ふふっ、いただきますね」
口をつければ、毒々しい見た目とは裏腹に、ミルクの甘みとお芋の風味が口いっぱいに広がる。まごうことなくじゃがいものポタージュだ。
「ぐぶうう」
何か変な声がした気がする。ザコルがちら、と声のした方に目を向けたが、知らぬふりを通すようである。
暖かい窓際のテーブルに案内され、メニューを二人でのぞき込む。こういう時に適当に頼んでくれるエビーがいないので、今日は選ばないといけない。
「サンドイッチ美味しそうでしたね。この、ソーセージが挟まったパン? も、前にチッカの喫茶店で食べたものに似てますね」
私はメニューに添えられた絵を指差す。
「パウンドケーキもありますよ、頼みま」
「頼みましょう」
食い気味に言ったザコルに笑う。
ザコルは店員を呼んであれこれと注文し、私の顔をじっと見た。
「何ですか?」
「あまり、向かいに座る機会がないなと」
確かに、彼は複数人でいると必ずと言っていいほど私の隣に座るので、こうしたカフェテーブルで向かい合ってお茶をするのは久しぶりかもしれない。
じっ。私の顔をしげしげと眺めてくる。暇なんだろうか。
「見れば見るほど、少女でしかない、僕が不審者扱いされるのも納得だ」
「そういうザコルも周りに比べて若々しい顔してますよ。今でも女装」
「女装はしません! この図体ですよ」
ザコルは自分の筋肉隆々の肉体を指す。
「はいはい、怒らないで。ザコルはどんな格好でもかわいいので女装はしなくていいです」
「っ、ぐう、今の僕をかわいいだとか言うのはミカだけです!」
「そうですかねえ」
親や一部兄弟にはかわいいと思われていそうだが。狂犬ロットも堕とされていたし。
「ザコルって、本当に上品な顔立ちしてますよね。そのブラウンとヘーゼルのグラデーションの瞳が綺麗で」
「よくそう言って褒めてくれますが、正直、人形のような見た目のミカに褒められても」
「私は童顔なだけでしょう。この国では、日本人は大体かわいいと思ってもらえるようなので。チートですよねえ」
コマの育て親で大正日本からの渡り人、四郎もいくつになっても若々しい見た目で周りを魅了していたようだ。私の後輩、中田カズキも皆からチヤホヤされているし、こっちの人の美意識的に日本人の顔立ちが特に良く見えるのだろうと思う。
「わあ、ケーキですゴーシ兄さま!」
「けえき、おかし! リコもちょおだい!」
「シーッ、お前らしずかにしてろって、バレるだろ!」
「ふふっ、もうとっくにバレているわ、どうして頼んでもいないパウンドケーキが山ほど届けられたと思うの」
「たしかに……!! これ、たべてもいいのかな」
「もちろんよゴーシさん。叔父様からの差し入れよ、子供達でいただきなさいな」
わーい!
「ねえねえあっち何か二人で見つめ合って何かしゃべってるたまにザコル様が照れてるどっちもすっごいかわいいしぬ」
「わかりみ。メニュー選ぶ時顔近すぎだし同じカップ使っても全く抵抗のないあの距離感絶対ウチら殺しにきてるさすが伝説の工作員」
ぐぶぶう。
「ララ様ルル様、私も『わかりみ』ですっ。あのお二人はね、ずうーっと素敵なのよ、ミカ様ったらベッドでもあのマフラーを手放さないし」
ガタ。
『ベッドでも!? あの概念ザコル様と一緒に寝てるってことおお!?』
ザコルの身長ピッタリで編まれたマフラーは、一部で『概念ザコル』と呼ばれているようである。
「しかもね、ずっと一緒にいるのに文通していらっしゃるの」
『文通!? もうもうもう何それえ!!』
「省略語の開発だとかおっしゃるけどきっと照れ隠しよ、本当におかわいらしいでしょう? ああ、元通りのお二人になって本当によかった。事情が事情とはいえ、厳しく締め出してしまったこと、秘密を作ったこと、私、責任を感じていたの……」
ふわ、そう言う彼女の背後から私は手を回した。
「ミリナ様」
「えっ、ミミ、ミカ様!?」
ドキーン、ミリナが硬直する。
「えっ、えっ、ミカ様!? 今あっちのテーブルに座ってましたよね!?」
「瞬間移動!?」
「ミーカ!」
「やっぱりバレてました!」
「だな。こっちの味もうまいよ、イリヤくう?」
ぎゅ。
「ひょえ」
「喧嘩したのはミリナ様のせいじゃありません。でも、ミリナ様があんな少人数で向かってしまわなくてよかった。私、とっても焦ったんですから」
「ももっ、もしかしてわわっ、わたしのためにっ、お部屋を、抜け出したの……で」
「? それ以外何があるんですか。そりゃ半ばやさぐれて脱走の準備はしてましたけど、訓練場に人影が見えたからこれは早く行かなきゃと思って飛び出したんです」
コソ、私はミリナの耳元に口を寄せ、声を潜めた。
「……私の問題なのに、ミリナ様を危険に晒せるわけないでしょう? あそこはミリナ様にとってはアウェーなんですからね。オーレン様やジーロ様が一緒に行ってくれるならいいですけど、もううちの過保護大魔王にそそのかされちゃダメですよ? ね?」
コクコクコク、ミリナが壊れたカラクリ人形のように首を縦に振る。
べり。
「ミカ。僕とデートしている自覚はあるんですか?」
「え、あ、はい」
「いいや、絶対にない! これ以上姉上を誘惑して沼に引きずり込もうとするなこのクソ姫が!」
「いや、ちょっと内緒話したくらいで大袈裟な。ねえ、ミリナ様、ミリナ様?」
返事のないミリナの方を見ると、かたわらでララとルルが合掌していた。
つづく




