束縛以外の恋愛スキルもお持ちだったのか
店長や店員、そして客達にも笑顔で見送られ、私達は雑貨屋を後にした。
手首を這う、深緑と黒のビーズの感触を何度も指先で確かめる。素材は瑪瑙っぽい天然石と黒檀か何かの加工品だ。彫られた模様がかわいい。
深緑湖のお土産品として、私が唯一買いたいとねだったブレスレット。
セオドアから持たされたお小遣いから払ってもらうつもりだったのに、なぜかザコルが自分のお金で買ってくれたというのは、後で知ったことだった。
大事にしていたが、私がシータイの町長屋敷から拐われた際、下手人であった男への反撃として拳にまとわせ、人中に叩き込んだら紐が切れて派手に飛び散った。
あの時は手ぶらで、そのブレスレットくらいしか武器になりそうなものがなかったとはいえ、彼氏にもらったアクセをなくした理由の中で、あれほど『かわいくない』理由が他にあるだろうか。
その後、すぐにその場は戦場になり、なだれ込んできた敵と対する味方の足によって、落ちたものはもれなく土の中に深く押し込まれてしまった。
話を聞いて探してくれた人もいたが、ビーズの一つも見つけることができなかったとわざわざ謝りに来てくれた。申し訳ないのはこちらなのに。
「それ、ミカがあの場で選んだものとはデザインが若干異なりますね。同じ配列かと思って選んだのですが」
「配列て。手作りの品でしょうから個体差はありますよね。でも、あなたが着けてくれたから、これも私の宝物です。今度こそ大事にしますね」
「いえ、今後再び敵に拳を叩き込む必要があれば遠慮なく使ってください。そのために予備を買ったのですから」
じゃら。ザコルは右手に大きく膨らんだ布袋をつかんでいた。実は、雑貨屋の棚には同じようなブレスレットがカゴ盛りいっぱい置かれていたのだ。無論、ザコルが全て買い占めた。
ザコルは、布袋の中からブレスレットを一つ取り出してしげしげと眺め始めた。もしや、私の顔を拭くためのハンカチ同様、消耗品としてまとまった量を持ち歩くつもりなんだろうか。
「……はあ、こんな、あからさまに僕とあなたの象徴のような配色のものをなんの気無しに選んで、指摘されたら恥じらって。あの時のミカは随分とかわいらしかっ」
「かわっ、んぐぅっ、やっ、やめてくださいよっ、てゆうか今はかわいくなくて悪かったですね!? 何笑ってるんですか笑わないでくださいよもーっ」
「はい、すみません。あなたはいつでもかわいいです、よ……っ、ふはっ、ははは」
「笑わないでって言ってるのに! 意地悪! もー走ってやる!!」
「待っ」
たくさんの荷物を持ちながら笑って震える人を置き、私は走り出す。ザコルのかたわらにいたクリナが『またか』とばかりにブルン、と鼻を鳴らした。
「ふおおおおおおお、これはっ、いつもと攻守が逆転しているような……ッ」
「我らが猟犬様は束縛以外の恋愛スキルもお持ちだったのか!!」
「これが初期のお二人の関係性か……!?」
「違うっす、あれは初期っつうか、第二期くらいすよ。深緑湖の真ん中でやっと気持ち自覚した? みたいなイベ終えた後っす。マジの初期はもうちょっと距離あったし、よく騎士団の練兵場のベンチに二人で座って、老人会の集まり? みたいな雰囲気でずーっとのほほんとしゃべってました。あ、それは今もか」
「老人会の集まりww」
「陽キャ殿の解説がタメになりすぎて」
「陽キャなのに」
「もー、陽キャ陰キャ関係ねーっしょ。俺ぁ筋金入りの氷姫ファン。後、テイラーの影は大体俺の友達っす」
「頼もしすぎてハゲそうですぞ!」
「あ、ちょっとお、タイさんムッとしないでくださいよお、俺のほうが氷姫護衛隊歴長いんだから初期のこと色々知ってても仕方ないっしょお?」
「ムッとなどしていない」
「執行人殿が大人げないww」
私は立ち止まったのを確認したザコルは、布袋を懐にしまい、荷物を置き、薮に向かって雪玉を投げ始めた。
エビーはジーロに拐われてここにいるらしいが、当のジーロはどこにいるんだろう。次あたり出現するんだろうか。
つづく




