いくら引きちぎっても大丈夫なように
ジーク領フェアに行ったら、いきなりいわく付きのレアモノが出てきました。
何のラベルもついていない、無色透明の一升瓶に入れられた、これまた無色透明の酒。その名もショーチュー、つまり焼酎だ。
ただし日本国内の度数規制はガン無視、こだわりの水と麦を使用し、蒸留を何度繰り返したか知らないが、その並外れた度数は焼酎というかむしろウォッカ、まさに火酒である。
ジーク領の秘境、魔の森の中にあるフジの里の特産であり、作り始めたのは、大正時代に召喚されてきた例の六人のうち元・杜氏だったらしい『清二』という人物だろう。
このショーチューの別名は『命の水』で通っている。しかし、元の世界において『命の水』といえばウォッカの別名だ。
ここからは私の想像になるが、作り始めた清二本人も『これもう焼酎じゃねえな露西亜の酒だ』などと思っていたのではないだろうか。当時ウォッカが日本で飲まれていたかは知らないが、酒造関係者である清二なら知識として知っていたかもしれない。
ちなみに、里の宴会では里人が浴びるように飲んでいた。私が酔っ払った女将に絡まれているうち、事件は起きた。
喉が渇いてつい目の前のグラスを水だと思い一気にあおったら原液だったのだ。無論、私は急性アルコール中毒になりかけるところだったが、ザコルがすぐに連れ出してくれたおかげで処置が早く済み、ことなきを得た。
あれを原液のまま、普通に飲んでいた女将は本当にすごい。すごいけど、アルハラはほどほどにしてほしい。
「買っときましょうよ」
「却下です」
私がうっかり死にかけたのがトラウマらしいザコルは首を横に振った。
「貴重な品ってことは、仕入れ値もバカにならなさそうですし」
そうまでして仕入れてもらったものを買わずに帰るのも気が引ける。
どうやら、かの酒はレア物としてとんでもない高値で取引されているらしい。あのノーラベル状態で本物偽物の区別をどうつけているのかは謎だ。
元モナ男爵、山犬殿があの瓶を振り回して自慢していたこともあって知ったことだ。ちなみに私達はフジの里でお土産として持たされた。というか荷物にねじ込まれた。
「どうせセージが仕入れてきたんでしょう」
「どうやって入手してきたんでしょうねえ」
瓶を持って勧めていた店員(本物)が『バレたか』みたいな顔で苦笑した。卸は大商会というよりは大企業といった規模を誇る、アロマ商会で間違いないようだ。
「そこはまあ、大商会のドン・セージすから。ヨユーっす」
ドン・セージをリスペクトしている偽物店員、エビーが茶化すように言った。
「そのデケえ瓶、既に懐かしーな。もはや毒かっつう度数だったけどよ、カリューからの避難民を手当てするのにはメチャクチャ役に立ちましたよねえ。さっすが姐さんっす」
「そうだねえ、あれがなかったら化膿や感染症のリスク跳ね上がってただろうからね」
ざわ。客がどよめき、店員も固まった。
「……まさか、この幻の酒を、避難民の、怪我の処置に」
「あ、はい。丁度持ってたので、一本まるまる使っちゃいました」
えええええええええええー……!!
周りに集まっていた客達も悲鳴に近い声を上げた。みんな呑兵衛なんだろうか。
「そうだ、シシ先生へのお土産にしようか」
「どうしてデートなのに他の男に土産など」
「町外にまで往診に来てくれたお礼としてですよ。回り回ってシータイの人達へのお返しにもなるでしょうし」
「消毒に使わせるのは決定事項ですか。しかしどうしてデートの土産に」
「俺ぁ、兄貴がデートの概念理解してんのが意外っす」
「うるさい」
ヒュンヒュン、あははは。
「あ、じゃあそれ、包んでください」
「か、かしこまりました!」
私は、そっと出された値札を見て二度見した。違った意味で。
「あの、これレア物なんですよね? 値段合ってます?」
もちろん日本円ではないので正確な価値は判らない。しかし、銀貨一枚が一万円くらいとざっくり計算するとして、提示された値段はその半分以下。というか、なんかディスカウントストアで見た大容量の焼酎甲類と大差ない値段のような……。
「あ、はい、合っております。実は、正規の値段はこんなものなんですよ。数が少ないので値が吊り上がるんです」
高値なのは転売ヤーが湧いているせいだったらしい。
「とはいえ、この酒が高値で売れることは有名です。流石は聖女様だ。目の前の命を救うために、貴重な酒を惜しげもなくお使いになってくださったのですね」
「あ、いえ」
なんか丁度よく高濃度アルコール持ってたから正しい用途で使っただけなのに褒められてしまった。ちなみに高く売れるとか当時は全く知らなかった。
観客から控えめな拍手とむせび泣く声が聴こえてくる。気まずい。
「と、ところで、ジーク領フェアはこれ一本が目玉なんですか?」
「いえいえまさか! こちらの棚は全てそうですから、どうぞご自由にご覧になってください!」
無理矢理話題を変えたが、店員は笑顔で対応してくれた。
「じゃあ遠慮な…………あっ、この缶、緑茶だ!! 緑茶がある!! わああ、緑茶だああ」
「店主、それも包んでください」
「かしこまりました」
私達の様子に店員、いや、店主は笑いながら商品を包んでくれた。
こちらに注目していた客達も、それぞれ気になる商品を物色し始める。すごい、街中で見かけた芸能人のプライベートを邪魔しない訓練された都民のような身のこなし………………いやこれ、実はまさか全員影の変装とかないよな。
品物は魔の森から出てきた物ばかりではなく、ジーク伯夫人イェルがその義妹ニコリと私にお揃いで買ってくれた刺繍入りのハンカチと同じメゾンの小物や、露店に並んでいた深緑湖をイメージした深緑色の土産物、それからジーク領のある村で作られているという寄木細工の小物などもあった。アロマ商会の女子スタッフ、カモミにもらった裁縫箱も寄木細工だったな、と思いを馳せる。
「ミカ、ほら」
「面白いものありました?」
「面白……かったですね、あの時のミカは……っふくっ」
「なんですかその含み笑い」
ザコルが珍しく、そして妙に腹立たしい笑い方をする。その彼の指す方向を見て私は目を離せなくなった。
「…………ふぇっ」
「ああ、泣かないでください。全部買いましょう。これから、いくら引きちぎっても大丈夫なように」
彼はそう言って、あの日買ってくれたものと似た、深緑と黒のビーズがあしらわれたブレスレットを私の手首に巻いてくれた。
つづく
魔の森に住まう人々は、自分達が作ったものにプレミアがついてることをあんまりよく分かっていません。
ラベルなしで売るのは、なるべくフジの里の存在や情報を外に出したくないから。
彼らは魔の森から直線距離で一番近い産直市場に酒と緑茶を卸し、得たお金で最低限の買い物をしています。
普段は自給自足なのと、ジーク伯爵からの支援もあるのでそれで充分いい暮らしができています。
産直市場にはジーク伯爵さんちの影(黒子)が常駐しているので店側も不正はできません。
品が店頭に並ぶと人が殺到するのでそのフォローもしています。
フジの里には髪と目が目立つ色合いの人や、日本人特有の『童顔』を引き継ぐ人も多いので、人さらいに狙われやすいといった事情もあり、彼らが来ると街の衛士や警邏がそれとなく見守っています。
深緑湖のホテルにザコルとミカが二日も滞在させられたのには、二人が彼らに会わせて問題ない人物かどうか、見定められていたという背景もあります。
以上、補足でした。




