厨二病心がおもむくまま
遅くなりました。厨二になってご堪能ください。
「公式聖女様! この機会に、例のセリフを我々にもお授けください!」
「例のセリフ?」
勢いよく挙手して発言したドーシャに、首をひねってみせる。
「ほら、あれでございます。闇には闇をから始まる、かの名台詞でございます!」
「ああ、あれ……」
あれか。影の皆さんには大いにウケたものの、厨二病心がおもむくまま適当に吐いた、とはもはや言えなくなったあのセリフのことか。
しかし、某ロボットアニメの有名な主題歌も、意味深な歌詞に思わせて実はそれっぽいワードを並べただけで、特に伝えたいことはないという説が有力だった。そのエピソードを聞いた時はなんていい加減なと思ったが、実際に歌ってみると不思議とそれっぽい気分になって高揚する自分がいるのだ。あの魅力は一体なんなんだろう。
私は思った。気分を乗せ、士気を上げるための言葉、いや『詞』には、文章としての整合性なんてものはそう必要ないのかもしれない。呪文と同じだ。天使が残酷で窓辺から飛んでったりするだけでいい。そう、大事なのはノリなのだ。
「……コホン、いいでしょうか皆さん」
にま、私はサゴシの真似をして意味深に微笑って見せる。
ゴクリ、と喉を鳴らす音が響く。
「光の者どもにはできない戦いがあるのです」
ざわ、雪に紛れる白装束達が目に光を灯す。
「復唱を。……闇には闇を」
『闇には闇を』
「陰には陰を」
『陰には陰を』
「生半可な『邪』をかたる素人どもには……?」
私は人々をぐるりと見渡した。
『本物を、見せつけよ』
私の声と白装束達の声がハモる。
…………………………。
「………………っあああこれだあああ!!」
静寂を破り、マネジが叫ぶ。
「影の皆さんが魅入られるのも解るッ」
「なんだか非常に、非常にッ、深淵に近づいた気分ですぞおお!!」
「一体なんなんだ……」
理解の範疇を越え眉間を揉むザコルをよそに、自称コミュ障、自称陰キャの同志達が立ち上がる。影達に直伝でもされたのか、エビー考案の謎踊りをズンドコドコドコと踊り始めた。
「影の皆さんって、あの人達のことどう思ってるんですかねえ」
「影に憧れる奇特な集団だとでも思っているんじゃないでしょうか。僕と同じで」
「悪い気はしてないってことですかね」
それならいい。潜伏実績も褒めてもらえたらしいし。
スッ、一人の白装束が踊りの輪から抜けてくる。アロマ商会会頭、セージだ。
「ミカ様。我が商会の『サプライズ』はご堪能いただけましたかな」
「滅茶苦茶堪能してますよ!!」
がば、私は隣の忍装束に抱きつく。「ちょ」とザコルが焦った声を上げた。
「むふふふそれはそれは。急いで完成形を仕立てさせた甲斐があったというもの」
「もうもうもう興奮しすぎてあわや尊死するかと思いましたありがとうございました」
「ふっふっふ、これで終わりと思わないでいただきたい」
「え、まだ何か」
ふっふっふ、セージは意味深な笑みだけ残して白装束の集団にスススと戻っていった。
ヒヒン。待ちくたびれたように鳴くクリナにザコルがまたがる。
そして、下で待つ私の脇をヒョイと持ち上げて前にストンと乗せた。
「あ、しまった」
以前、何度もこの小荷物を扱うかのような雑な乗せ方をして、みんなに注意されたことを思い出したらしい。
「すみません、つい、うっかり」
「ふふっ、久しぶりだからいいですよ。どのみち、このドレス姿じゃ自分で乗れないですし。今日はまたがらずに横乗りした方がいいですね」
「支えるので、楽な姿勢でいてください」
「はい、ありがとうございます」
遠慮なく体重を預ける、その方が不安定になりにくいので、支える方も気楽なのだと知っている。
ふぶぶぶおおおお……!
変な泣き声はもちろん同志達のものだった。
「生きてこの二人乗り姿が見られようとは……!!」
「距離が、距離が近い……!!」
私達はいつもエスコートの体勢を取っているのでいつでも近い気がするのだが。
「大袈裟ですね。カリューに行く際にも乗っていたでしょう」
「今日は伝説の深緑湖でのデートをご再現いただく予定ですので!!」
「へえ、そうなんだ」
ジーク領にある観光地、深緑湖のある街は、テイラー領を出て最初に立ち寄った街だった。
「あの時、ザコルがあちこちから視線を感じるっていってましたよね」
「ええ、ほとんどが邪教の信者と、敵意のないものはジーク伯直属の影だと思っていたのですが、まさか」
サッ。
ジーク領出身のマネジとセージが目をそらした。
つづく




