大好き!
着替え始めてから小一時間。やっとデートコーデが完成するとその場のみんなが拍手してくれた。
「今回も貴重なご衣装をお貸しくださり、ありがとうございます。ザラミーア様」
私はスカートの裾をつまみ上げてカーテシーを披露した。
「いいのよ。だって、あなたの意思は毎度お構いなしなんだもの」
ザラミーアはそう言っておかしそうに笑う。
「ふふっ、確かに。でも嬉しいです。大好きな色なので」
くるっと回ると、ふわりと深緑色のスカートが広がる。ミモレ丈で足元はロングブーツ。思ったよりも歩きやすそうだ。
「……ミカは、大好きなのね? その色が」
「ええ、大好きですよ。この世界に来て、出会ってからずっと」
いかにもお金持ちの貴族邸宅然としたテイラー邸では完全に浮いていた。でも、私にはそれがよかった。
色味も、古ぼけて毛羽だった質感も、破れた裾も、その下のダボッとした黒っぽい灰色の服も、何もかも。
「よかったわ。やっぱり、その色を選んで」
どこか安心したように笑うザラミーアの肩をイーリアが抱く。私達が『喧嘩』なんかしたせいで心配させたようだ。
「どうしてその色がいいんですか」
「私ってば根っからの庶民ですから。豪華絢爛なものに囲まれていると目が疲れるんですよねえ。この色は目に優しくて好きです」
「目に優しいから好きなんですか」
「はい。すごく親近感があって、そこにいるだけで安心できますね」
私はゆっくりと後ろを振り返る。きゃ、と年若いメイドが声を漏らす。
「いつからそこにいたんですか、ザコル」
「たった今、です。僕も一応『影』なので、人知れず部屋に忍び込むくらいのことはできるんです」
「それは知ってますよ、一体何と張り合ってるんですか?」
「別に」
ぷい。
「コリー、解っていると思うけれど、さっきまでミカが着替えていたのよ? あまり驚かせないでちょうだい。……それであなた、やっぱりそのマントなのかしら?」
ザラミーアが溜め息をつく。
「別にいいでしょう。ミカも安心するらしいですし」
ぎゅ、なぜかザコルはそのマントの端を両手で握り、かたく前を閉じていた。
「? ザコル、マントの中に何を隠してるんですか?」
「別に」
「別にってなんですか、その下、いつもの騎士団服じゃないんですか?」
外は大雪だというのに、初秋から全く格好が変わらないのがこのザコルである。
彼が着ている黒い騎士団服は、テイラー伯爵令息オリヴァーが特別にあつらえたものだ。テイラー騎士団は臙脂色がとトレードマークだが、ザコルの特異な体格に合わせ、色違いの騎士団服をこっそり仕立てていた。ザコルもオリヴァーの気持ちが嬉しかったようで、三着ある団服をローテーションし、毎日のように着ている。
「まさか裸」
「違う」
「はーやーくー見ーせーてーあーげーてーくーだーさーいーよー」
しゅた。忍者がもう一人降ってきた。
「あれっ、サゴちゃんまで。ダメでしょ、女の園に勝手に侵入しちゃ」
てへぺろ。サゴシは絶妙にイラッとする顔で誤魔化した。絶対わざとだ。もう天才だな……。
ぬ。サゴシと私の間に深緑色の人が割り込む。
「どうしてサゴシのことは叱るんですか。特別だからですか」
「そうですね。この子はハコネ兄さんに頼まれましたから」
「この後に及んで当てつけですか! 僕のことだってハコネに頼まれたはずです!」
「当てつけではなく事実です。大体、ザコルはハコネ兄さんの下についてるわけじゃないですよね? だったら『頼む』の意味合いも違うと思うんですけど?」
「むぐう」
「あのー、俺をダシにした喧嘩はもういいんで。早くマント剥いちゃってくださいよ」
「剥い」
「やめろ、変な言い方をするな」
「じゃあ脱げって命令するとかでもいいんで姫様お願いします。もう時間押してるんですよねー」
たしたしたし、サゴシは腕を組み、わざとらしく足を鳴らした。なんでマネージャー気取りなんだろう。
というかこやつ、同志達が影達と全力(強制)街デートイベとやらを企画していたのを知っていたな。多分、エビーとタイタもだが。
「命令しろだなんて、無駄ですよ。ミカはもう僕に指示や意見をくれないらしいので」
ぷい。
「あー、そんな意地悪言ったの忘れてました」
「忘れ……っ!?」
いや、その愕然とした顔よと。
「あの、勝手にしたいのか指示されたいのかどっちかにしてくださいよ。言ってることやってることブレブレなの解ってますよね? さっきから何か不機嫌ですし。私はザコルが反抗期でも俺様でも全然好きですけど、ハラハラしちゃう方もいるんですから時と場所選んでくださいよね」
特に、実親であるザラミーアがである。私達が言い合うせいでさっきから非常に不安そうな顔をしている。正直気の毒だ。
「むぐ、すみませ」
「まあいいです。マントで隠したままとかでいいので行きましょう。時間押してるらしいですし」
「待っ、ちゃっ、ちゃんと見せ、ます……か、ら………………っ」
尻すぼみだ。あまりに情けなくてちょっと笑いそうになって飲み込む。というかさっきから視界の隅でピッタが口を押さえて震えている。あの様子は絶対何か知っている。みんなしてまた何を隠しているんだか。
しぶしぶ、ザコルがマントの端から手を離す。厚い生地がはらりと開いて、中の様子があらわになった。
「ふぉっ、ふぉぉぉぉぉおおおお!?」
私は思わず声を上げた。
ぶふぅっ、ピッタと、ついでにイーリアが吹き出す。私はつま先から頭まで舐めるように眺め回した。
「にににににににににに忍者っ、これ忍者装束ぅ……!?」
和風の襟合わせに、帯風に巻いたいつもの腰ベルト。袴風のボトムに、ふくらはぎはキュッとタイトに布が巻かれて絞られて。
足元は雪用の軍靴だが、もうびっくりするくらい忍者だった。もちろん生地は深緑色である。
「そ、そうです。同志達に無理矢理着せられて……っ、もう見ないでください!」
「これセージさんが自分とこのアロマ商会で作らせてたやつですよね!? えっ、えっ、えっ、私、今日忍者とデートできるんですか!?」
「はあ!? まさか本当にこれと並んで街に出る気ですか!? どう見たってそのドレスと吊り合ってませんが!?」
「やだやだやだ絶対忍者とデートする!! 壁とか民家の屋根とか走ってほしいもん!! 絶対脱がないで!!」
ぎゅ、私が正面から抱きつくとザコルはなぜか硬直した。
「はい、これ、額当て? ってヤツだそうです。姫様、つけてあげてください」
サゴシが差し出した金属プレート付きの布を受け取って目を剥く。
「わああちゃんと猟犬マーク刻印されてるいつの間に!? ほらっ、かがんでください、ねっ、ねっ、はやく!」
ぴょんぴょんしていたら、ザコルは観念したように頭を下げてくれた。私は彼の額にそれを当て、首の後ろで端を結んだ。
「よし、これで完成……っ、きゃああああああ忍者あああああああ」
「あまり喚かないでください……」
「あ、高い声出してごめんなさい、でも着てくれてありがとうございます大好き!」
ぎゅ。
はあー…………。
「僕も、大好きですよ。そのドレス、似合っています」
「ふへええ」
ザコルは、だらしなく笑う私の後頭部をいーこいーこと撫でてくれた。
つづく




