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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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実家に帰らないでください

 ヒュ、ストッ。久しぶりの弓稽古だ。


「悪いね、ピッタ」

「いいえ、特等席で拝見させていただけるなんてただのご褒美です」


 私は、例によってのめり込んで周りが見えなくならないよう、ピッタにおしゃべりに付き合ってくれるよう頼んでいた。


 今日はメイド達も忙しいのか鍛錬には参加していない。訓練場やそこに向かう道、業務上必要な道は雪かき、雪踏みが済んでいるものの、まだまだあちこちで雪下ろしや雪かきは行われている。騎士団からの参加者も少なかった。


 おかげで、客人である同志達はザコルを始め、イリヤ、ゴーシ、ジーロといったサカシータ一族を独占できている。今、サカシータ一族チーム対同志&エビタイチームで雪合戦が始まったところである。


「今回、同志キャラバンについてきた女子はピッタだけなんだよね?」

「はい。大きな吹雪が来るとポレックさんが言うので、随伴は体力のある者だけという話になりまして」


 ポレックさん、通称ポレック爺さんとは、毎年傷物林檎で大量の干し林檎を作っては皆に配っている、異世界におけるエコの先駆者である。歳を重ねた彼の天候に関する予言はよく当たるらしく、農業を営む人や、旅に出ようという人は必ず彼の『お告げ』を伺いに行くようだ。


「ピッタは玄人だから体力はバッチリだもんね」


 ヒュ、ストッ。久しぶりだが弓の精度はまずまずだ。


「それもありますが、そもそもアーユル商会は四人しかいないので……。カファを連れ出すとシータイ内の運営に支障が出るし、ヴァンがいないと『日報』や物資運搬に滞りが出るし、お兄を野放し……じゃなかった、若頭だけに商談は任せられずで」

「なるほど。やむをえず」

「ええ、やむをえず。ですがいい加減、ユーカ達には恨まれそうですよね」


 そう言ってピッタは苦笑した。


「ミカ様は、猟犬様と喧嘩なさったとか」

「一方的に家出しただけだよ。それもプチ家出。すぐ捕まったよ」


 弓と矢を持ったまま、やれやれ、とジェスチャーしてみせる。


「捕まってあげた、の間違いですよね? 新雪の上に氷の道作って高速移動して、空飛ぶ魔獣ちゃんを乗り回してたらしいじゃないですか。そんなの猟犬様だって追いつけませんよ」

「かといって邸外に行き場はないよ。みんなも困るでしょ」


 ヒュ、ストッ。


「そうでしょうか。ミカ様ならどこでも大喜びで迎えてくれますよ。シータイやカリューはもちろんですし、シータイからの道中で寄るヌマの町でも、かわいいお嬢さん達が『聖女様は?』って毎回訊いてきて、いないとがっかりしちゃうんです。ツルギ山でもシリルくんやリラちゃんが待ってるでしょうし、あ、でもいきなりテイラー領とか王都とか目指さないでくださいね? せめてモナ領で一旦止まってください。うちの主が気合い入れて歓待しますから!」


「ピッタは家出推進派なの?」

「夫婦喧嘩したら実家に帰るのは普通ですよね? ミカ様には、テイラー邸以外にも帰る実家がいーっぱいあるってことです」


 ふと、込み上げるものがあって弓を下ろす。ピッタは私の手を取って笑ってくれた。






「実家に帰らないでください」

「ふふっ、はい」


 すーりすりすり。


「大丈夫。あなたを置いて、どこの実家にも帰ったりしませんから。ね?」

「本当に?」

「本当です」


 完全に情緒不安定になってるな……。やはり家出はやりすぎだっただろうか。


「あの、プチ家出くらいで動揺しすぎじゃないですか? しかもすぐ捕まってくれたらしいのに」

「そう言ってやるなよ、あの人マジでミカさんのことしか頭にねえんだから」


 ピッタとエビーがヒソヒソしている。


「つい二ヶ月半ほど前。任務で実家に帰られるザコル殿にどうしてもついていきたいと、セオドア様に頭を下げてまで頼み込んだというミカ殿に、今はザコル殿の方が実家に帰らないでくれと懇願なさっている。この関係性の変化。何というか、非常に、ああ、言葉に表しにくいのですが、ええ、この……っ」

「エモい、ではありませんかな執行人殿」

「エモい、ですか。……ああっ、そうかもしれませんねドーシャ殿! そうだ、エモい、だ。なんとしっくりとくる素晴らしい言葉でしょうか!」

「はっは、執行人殿の語彙がどんどん退化しておりますな」

「無理もない。ここへきて、もはや衆目を一切はばからず甘えられているお姿が見られようとは」

「流石は公式聖女様。駆け引きがお上手だ」

「全くだよ。推しの新しい表情を引き出すその手腕!! 神かと!! ふぐふふぐふううふ」


 オタク達にはヒソヒソするという概念がない。彼らは猟犬様がカッコよくても情けなくても興奮するタイプの変態だ。


 昨日邸に到着してからは、私の元寝室に全員集まって大騒ぎしていたらしい。もちろん、ザコルの等身大の穴を肴にである。


 今回のメンバーは、辺境エリア統括者マネジ、アーユル商会ドーシャ、アロマ商会セージ、それから、ユナニ商会アルカン、ヤクゼン商会ゴオウである。

 ユナニとヤクゼンは何の商会だっけ……。こないだ来ていたマハロのロミ商会の取り扱い商品も思い出せないのだが、今更すぎて聞きにくい。


「ねーねー、せーじょさま、こおりのみち作って!」

「ミカさま、すべり台もつくってください!」


 ゴーシとイリヤが仲良く頼みにきた。私にのしかかっているザコルのことは完全にスルーである。見慣れたのかもしれない。


「もちろんいいよ、魔法も使わないといけないしね。さあ、ザコル離してくだ」

「嫌です」


 少年二人は初めてザコルの方に目を向けた。


「……えーと、ミリナ様は魔獣舎だよね? すぐ帰ってくるのかな」

「はい! ゆきかきてつだってくれそうな子、つれてくるって言ってました!」

「じゃあ、そのうち帰ってくるね」


 そういえばミイは何してるんだろう。私の監視はいいんだろうか。


「あの、ザコル。ミイもそっちの内緒話に参加してたんですよね? あの子達には何をけしかけたんですか」


 私の肩を抱き頭にのしかかっている人に訊いてみる。重さで雪に沈みそうになるので軽く足踏みしつつ。


「いえ、ミイも同席していましたが僕からは特に何も。ミカこそ、ミイにはスザクへの伝言を頼んでいたくらいですし、彼から内緒話の内容を聞いたのでは?」


「いいえ。私もちょっと意地になってたので敢えて聞き出しませんでした。ザコルが自分で言ってくれなきゃもう知らない、みたいな気持ちになってて」


「そんな気持ちのまま脱走の下準備を粛々と……全く、強情っ張りですね」

「なんとでも言ってください。さあ、呆れたでしょ? そろそろ離して」

「嫌です」

「………………」


 ひひん、どこかで馬のいななきが聴こえる。

 まもなくして、栗毛の牝馬を引いたペータが現れた。




つづく

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