ヘソ曲げてるだけなんで
「聖女様の新しい寝室はこちらでございます」
とメイド長に案内されたのは、それまで使っていた部屋と同じく続き部屋が備えられた部屋だった。
「わあ、広い。ていうかここ三階……?」
三階というか、いくつかある塔の上の方にある部屋であった。これは明らかに逃走防止の措置。間接的に叱られている気がしてふふっとなる。
「続き部屋もなんか広いすね。いいんすか、俺ら護衛がこんないい部屋使っちまって」
「ええもちろんでございます。実は続き部屋のある部屋が他になく、急遽こしらえたんですのよ」
続き部屋を、こしらえた……?
ふむ、とザコルがうなずく。
「確か、この塔の部屋は有事の際に物見の隊が泊まり込むための部屋でしたね。隊長格用と隊員用で二部屋あったと記憶しています」
複数人が武装したまま寝泊まりできるように作られた部屋か、それは広くて当然だ。
「お家を出られて長いというのに、よく覚えておいでですねザコル坊っちゃま。それでも続き部屋ではなかったものですから、新しく扉を増設いたしました」
メイド長が示した先には、真新しい木のドアがつけられた出入り口があった。
「この突貫かつ丁寧な仕事、土木系チートキャラか……」
ぐふぉっ。穴熊のドヤった笑いが脳裏に浮かんだ。
「あの」
メイド長が退出し、それぞれ寝支度を終えた頃。
「僕は、ええと、いいんでしょうか……」
ベッドに座る私と、続き部屋の扉の前に立ち尽くすザコル。彼は、いかにも所在なさげな顔でそう私に訊いた。
「いい、とは。自分で考えたらいいんじゃないでしょうか」
「また意地悪を」
「好きにしたらいいでしょって言ってるんです。あなたになら何されても構わないって、前から言ってますよね?」
「簡単に言わないでください。それに、また僕から逃げたじゃないですか」
ほんの少し、恨みがましい目。やっと私を叱る気になったんだろうか。
「今回のは、逃げたというよりは止めに行った、ですかね。ツルギ山の件だけは私が当事者ですから。この件で、山を無闇に引っ掻き回す真似はしたくない、とはずっと訴えていたことです」
私はベッドサイドに置いた三角巾を見遣る。正直、今まではエプロンの付属品くらいの扱いをしていたのだが、思いの外貴重品だったことが判明してからはなるべく肌身離さないようにしていた。
緻密な刺繍は何度見ても見事なものだ。誰が刺したんだろう。
「それに。山は、オースト貴族出身のミリナ様にとってアウェーでもあります。彼女はサカシータの関係者だけど血族じゃない。無いとは思いますが、少人数で行かせてもしも何かトラブルがあったら、イリヤくんに申し訳が立ちません」
「コマと魔獣達がいれば大丈夫です」
「そういう問題じゃないって、解ってるんでしょう?」
ザコルはコマを信用しているし、コマの実力や、彼がミリナを大事にしていることは私も知っている。だが、それと私が彼女に配慮するしないは別問題だ。彼女の安全を軽々しく人に丸投げなどできない。
あと、魔獣に任せると山の地形が変わりそうだという物理的な心配もある。
「私も『魔獣枠』ですからねえ」
「魔獣枠か。だから、彼女と魔獣を守る気でいると」
「はい。それは前からそうですけど?」
「………………」
ぶうたれているな。
サゴシが言っていたことだが、ザコルは私に心配される人々が妬ましくて仕方ないらしい。まあ、そういう嫉妬は前々からよくする人だ。
「はあ。だからって、私から『心配』を取り上げようとするなんて」
「すみません、自分のことばかりで」
「別に、ザコルが純粋な嫉妬だけで事を起こしたとは思ってませんよ」
私の悩みを解消し、ストレスを緩和してくれようという気も確かにあったのだろうから。
「私、ザコルのことだって心配してますよ。こんな状況じゃなかったら『特殊魔法士隠匿罪』で実家もろとも自首しようとしちゃうくらいの真面目くんですからね」
「それは、仕方ないじゃないですか。僕も闇の力に忌避感はありませんが、管理は必要だというミカの意見はもっともだと思います」
確かに、そう意見した。仮にも人の精神や神経を操る魔法だ。管理というか受け入れ体制というか、一定期間周りと距離をとれる施設や、訓練ができる専門スタッフなどの配備は必要だと思う。周囲はもちろん、本人のためにもだ。
意識的にせよ無意識にせよ、能力を使って悪事を働いてしまったり、何もしなくても能力があるために悪事の嫌疑をかけられたり、またはそう生まれついたばかりに心を病んだり。そういったトラブルを未然に防ぐためにも、サポート体制の整備は必須だと思う。
「うちの領やテイラー領のように、ある程度の管理や見守りができているならまだいいと思います。穴熊も、影達も、サゴシも、自分の力をしっかりと自覚し制御もできている。セオドア様や父の尽力によるものでしょう。ですが、僕のように、力が強い上に何の訓練も積んでいない者を管理から外し、あまつさえ王宮の近くにやるだなんて言語道断だ」
なぜザコルが何も知らされず、訓練もつけてもらえなかったかと言えば、まず訓練を積まなくても制御できていたことと、双子の弟からの干渉がひどくて領外に出さざるを得なかったから、ということのようだ。
ザコルは闇の力以外の能力値も高い子だったようだし、闇の力を秘めているからといって将来の可能性を狭めてしまいたくなかったのだろう。
しかし結局、彼は自分の意志で就職先に暗部を選び、工作員というか影として単独任務に明け暮れるようになった。
警邏隊に入れって言ったのに暗部に入っちゃったけどまあいいか、と親達が放置していたのはここらに理由がある気がする。
「じゃあ、色々済んだら一緒に自首しに行きましょうね」
「は? ミカはきちんと制御できているでしょう」
「制御はできているかもしれませんが、私ってば、闇の力を自力で習得しちゃった前代未聞の超危険人物ですからねえ。習得方法を広め出す前に逮捕した方がいいですよ。早速ザラミーア様にレクチャーしちゃいましたしね」
「それは」
「ね? ザコルより、よっぽど言語道断でしょ? だから、自首しに行くなら一緒に行きますよ。その先に待っているのが管理ではなく、ただの理不尽だとしても」
国に出頭などすれば、間違いなくメイヤー教神徒からの接触を受けることだろう。
まあ、理不尽を押し付けられたら反撃の狼煙を上げる絶好の機会となるわけだが。
「ふふっ、あなたの悪口を言うかもしれない輩は、私が先回りで全部潰してあげますからね」
「勝手なことをしないでください」
「お互い様でしょ? 私も好きにしますから、ザコルも好きにしてください」
ぐう。黙ってしまった。文句があるなら遠慮なく言えばいいのにな。
ガチャ、ごん。
ザコルの後ろにあった真新しい扉が開き、ザコルの背中と後頭部を直撃した。エビーだ。
「ゴチャゴチャ言ってねーで百回ドゲザしていーこいーこしてもらえこの変態バカ兄貴」
「違う」
「何が違うんすか、姐さん成分が足りなさすぎて溜まってるだけのくせしてよお。明日は二人で散歩でもしてこいって」
「違う」
「姐さんもこの爆弾の処理よろしくっす。構ってもらえなくてヘソ曲げてるだけなんで」
「違うッ!!」
「うるせーな、素直じゃねーなどっちも!」
素直じゃない、確かにそうかもしれない。
お互いに、叱られたくて、というか構ってほしくて暴走しているだけなのかもしれない。そう思うと単なる迷惑カップルだな……。
「うるさいのはどっちだ、僕はそっちで寝る!」
「はあ? 素直になれっつってんだろが。好きすぎて語り尽くせねえくせに何照れてんだ今更」
「僕はいつだって素直だ!!」
「ふふっ、確かに。ザコルはいつでも素直ですよね。素直じゃないのは私の方かも」
くる、ザコルが私を振り返る。
そうだ。私が求めてこないから、ザコルも足踏みしているのだ。
「でも求めてあげません。知らないもん。私抜きで内緒話するなんて。じゃあおやすみなさい」
ふんだ。私は布団にくるまって彼らに背を向けた。
その後、本当に百回土下座しようとしたザコルを止め、その日はしばらくぶりに安眠できた。
つづく




