慎重に進めるつもりだったのでは?
その後、セオドアからは私の体調などについて二、三質問され、まあ家出できるくらいだし元気だよねで終わった。はい元気です。
(…っくくっ、ミカは本当に楽しい子だね、どこでも馴染めているようで何よりだ。ザコルに気に入られているくらいだし、サカシータ子爵家の方々にも気に入られるのではないかと思ったけれど、そこまで愛されているんじゃ少し焦った方がいいかな。春になったらきっと戻ってきておくれよ。オリヴァーが毎日のようにそちらへ行きたいと駄々をこねて困っているんだ)
「オリヴァーが……そうだオリヴァー! 直接話せないのは理解しているんですが、彼には色々訊きたいことがあったんです。特に、前にドーシャさん宛に届いてた、日数カウントダウン入りの手紙は一体何だったんでしょうか。暗号解読班が頭抱えてたんですが」
(ほう。あれがそんなものを? いつごろかな)
かくかくしかじか。オリヴァーから毎日届く何のオチもたわいもない、小学生の日記のような手紙には、必ず数字が入れられていた。
気づいたのは随分前、その時点でカウントは『二十八』を示していた。それが日毎に一つずつ減り、ついにゼロになった日。シータイに王都からの難民が押し寄せてきて、私達はシータイを出立した。
確かにこっちはてんやわんやではあったのだが、どんなXデーが待ち受けているものかと皆で恐々としていた割に、国家規模の事件が起きた風でもなく……というかもう既に起きた後であり、結局あの日が何の日だったのか不明なままとなっていた。
「ドーシャさんが手紙でそれとなく質問しても、はぐらかされてしまうそうなんです」
(アメリアの誕生日……というわけでもなさそうだな。私が訊いて素直に答えてくれるかどうか)
当主たる父親が訊いても教えてくれない可能性ありとは。
(よし、サーラから訊いてもらおう。お母様には逆らえないからね)
テイラー家でも母親の力は絶大だ。知ってる。
そんなオリヴァーの件とは別に、私には確認すべきことがあった。
(他に質問なんかあれば聞こう。せっかくの機会だからね)
そんな意図を読んだかのように、セオドアから切り出してくれた。
「では、遠慮なく……」
小さく深呼吸。そして口を開く。
「メイヤー教について伺いたいのですが」
(めぃやぁ、きょぅ?)
穴熊のオースト語は聴き取りにくい。セオドアも何度か聞き返しているようだ。
(メイヤー、教。ああ、我が国の国教のことかな。ああ、いいよ)
こういう時、本人と対峙していればわずかな表情の変化なども参考にできたのだが。ないものねだりしても仕方ない。
と、自分の保護者たる人にさえカマかけをしようとしている自分の厚顔さに呆れつつ。
「メイヤー教の神徒と呼ばれる人達は、各地にどのくらい派遣されていますか」
それでも質問する。こちらにサゴシがいることには触れずに。
(どうして訊きたいのか、理由を訊いてもいいかな)
セオドアも警戒した。ならば真っ直ぐに訊くまでだ。
「最近、闇の力……いえ、彼らのいうところの『悪魔の力』とやらを、私自身が習得したからです」
「ちょ、姐さん」
私の肩を掴んだエビーも、この件に関してはまだ報告書に載せていなかったらしい。もしセオドアが嫌悪感を示せば、私が帰る家をなくすからだ。
サゴシという闇の能力者を部下に抱え、能力者専用の孤児院まで作っているセオドアだが、表舞台に立たせようとしている『娘』が同じ能力を授かったとしたら、どのような反応を見せるか。そこは未知数だった。
通信役の穴熊隊長が戸惑った顔をしている。イーリアやジーロも顔面に緊張を走らせていた。
この場で平然としているのはザコルとタイタだけだ。この二人は宗教への関心が薄いせいか、元々この力に対する偏見にも疎い。
「大丈夫ですよ。あちらに伝えてください、穴熊隊長」
ボソボソ……。
(姫様、慎重に進めるつもりだったのでは?)
「これはただの報告です。今まで、私の能力や性質については包み隠さずお報せしていますから」
この国では、強い力を持つ魔法士が見つかった場合、本人か保護者が国に届け出なければならない法がある。
私に関しても『氷結』の魔法士として、テイラー伯が保護者となり国に届け出ている。なぜ『氷結』かといえば、届け出た時点では水を凍らせることしかできなかったからだ。今となっては『水温』の魔法士として届け直す必要があるだろう。
その届け出システムは、闇などの特殊な力を持った魔法士にも適用される。それを怠ると、ザコルいわく『特殊魔法士隠匿罪』という罪に問われるらしい。ちなみに、その報告後に件の特殊魔法士がどう扱われるかはザコルにも判らないとのことだった。
推察の域を出ないが、おそらくテイラー家では、サゴシの存在を国に申請なりはしていない。サゴシ自身が手続きなどした覚えがないと言っているだけなので、根拠としては弱い。ただ、それが真実ならば、闇の力の能力者を囲い、その能力を買っていること自体が『違法』だと認識していることになる。
この国の王妃がメイヤー公国出身者で、しかも『浄化』を扱える魔法士、つまりは神徒だということは判っている。
アメリアのことで王妃の干渉を長年受け続けているテイラー家が、闇の力を得てしまった『娘』をどう扱うか。
セオドアが、私の届け出を『氷結』から『水温』ではなく『特殊』魔法士に書き換えるかどうか。
(……………………)
あちらも言葉を選んでいるのか、返答があるまでしばらく時間がかかった。
つづく




