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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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相変わらずだな、伯よ

 夕方、オーレンの執務室。


 ついにこの時がやってきた。などと言うと大袈裟か。テイラー邸とは何度も手紙のやり取りはしてきたし、彼の娘とは頻繁に交信している。


 それでも、テイラー邸を出て丁度二ヶ月半だ。短いようで長い、長いようで短い、とにかく色んなことがぎゅうぎゅうに詰まった二ヶ月半だった。


(それで、そちらにはサカシータ子爵第一夫人が同席しているのだね)


「ええ、その通りです」

「同席させて本当によろしかったのですか、主様」


 ザコルが念押しする。


(いいに決まっているさ。まさか、武勇のみならず、我が国の社交界にも伝説を作った『傾国の姫騎士』と再び言葉を交わす栄誉にあずかれようとは。私はなんて幸運な男だ!)


「ふふっ、セオドア様ったら」


 穴熊の声を通して聴く、流れるような美辞麗句。

 向こう側にいるのは間違いなく、我らが主、セオドア・テイラー伯爵その人であった。


 セオドアからの美辞をそのまま伝えると、イーリアは大らかに笑った。


「相変わらずだな、伯よ。うちの木偶の坊とは既に話をしたと聞いた。この場に出しゃばったのは、ミカに謝罪する必要があったからだ。謝罪ならば本人だけでなく保護者にもせねばならんのでな。彼女は未婚の令嬢ゆえ」

「えっと」


 令嬢扱いには異を唱えたいところだが、セオドアは私を『娘』と呼んでくれているのでここで否定するのは憚られる。


「謝罪する気があるのならその姿勢を改めたらどうですか義母上」

「ザコルの言う通りだ。異界娘……ではなくホッタ殿の横でふんぞり返っていないで床にセイザでもしていろ母上」


 ツルギ山に行って挨拶だけしてさっさと帰ってきたジーロまで同席している。というかジーロはイーリアの護衛役という名のお守り役だ。シータイにいた頃はザッシュがよく同じ立ち位置にいたが、まさか彼もお守り役のつもりだったんだろうか。


「ああ、ミカよ、穴熊を使い、長らく盗み聴きのような真似をして悪かった。だがこれはあなたを思う愛ゆえの行動なのだ! 解ってくれるだろうミカ!」


 ぎゅうう。息子達のことは完全にスルーし、私を抱きしめる女帝である。


「えっと、はい。イーリア様からはの深い愛はいつも感じております」

「なんと愛い娘よ、まさに聖女、慈悲の権化だ!」


 ぎゅうぎゅうぎゅうすりすりすり。胸元から香るいい匂いといい感触に気が遠くなりかけるのは定期である。


「それで謝罪したつもりか……?」

「はあ、我が母ながら清々しいほどの厚顔ぶりだな……」


 次男は眉間を揉み始めた。


「ミカを離しやがれくださいこのクソ義母上! 僕のミカですよ!!」

「喚くなザコル。お前のミカは私のミカだ」


 ギャイギャイギャイ、通常運転だ。


 ははは、と通信役の穴熊隊長が爽やかに笑ってみせる。この場合、笑ったのは穴熊本人ではなく向こう側にいるセオドアだ。


(僕のミカか、随分と進展したようだねザコル)


「ぼくぅの、ミカ。シンテン、した。ザコル」


 同時通訳として同席した穴熊三号の言葉にザコルがカッと赤面する。


「ち、違い……ませんっ、がっ、申し訳ありません護衛風情が無相応なことを……!」


 ザコルはその場でジャンピング土下座した。おお、土下座するザコルとか超超超レアだな。


(無相応などではないさ。お互いに惹かれ合っているのならそれ以上なんてない。現状、君以上に各方面からの干渉に対応できる『盾』もいない。全て、私の見立て通りというわけさ)


「ぶそぅぉぅ、なぃ。おたがぃ、惹かれる、ぃじょぅなぃ。ザコルいじょぅ、盾、なぃ。ミタテ、どぅり」

「主様……」


 ザコルが顔を上げる。


「まあ、その最強の盾の隙間をすり抜けて飛び出す姫だからな。生半可な者には預けられまいて。だが、そうだな、『深緑の猟犬』の代わりに『ツルギの番犬』たる俺などどうだ、人目のない山中に屋敷を建てて二人静かに暮らすのも悪くな」


「黙れください兄様!! ミカは絶対に渡しませんから!!」


「そうだぞジーロ、お前はザラを狙っていたのだろうが。全く、ミカの盾を代わるなら順番的に私が先だ。適度に仕事も用意してやろう。あなたはその方が性に合って」


「ミカを離せと言っているだろうがクソ義母上!! ああもううちの一族はどいつもこいつも!!」


 ギャイギャイギャイ。通常運転だが、なぜジーロまでこのじゃれ合いに加わる気になったんだ……。この人、歳上にしか興味ないだろうに。


「ザコルを揶揄うのは楽しいなあ」

「全くだ。うちの八男は存外面白い奴だったらしい」


 はっはっは。イーリアとジーロが笑う。仕草といい何といいそっくりだ。揶揄われたザコルががくりと脱力する。


「えーと、セオドア様? お久しぶりっす」

「軽っ」


 横からヨッスとばかりに入ってきたチャラ男に、思わず声を上げてしまった。


(エビーかな?)

「ぇびぃ、か」


 セオドアはエビーの気安い態度……が向こうにまで伝わっているか分からないが、特に気にした様子もなく応えた。


「はい。みんな大好きエビーっす。報告の通りなんすけど、こんな感じで毎日楽しく暮らしてます。今日はミカさんが家出して、俺とザコルの兄貴が落とし穴にハメられて死にかけました」


 ぶふぅ、穴熊が吹き出す。穴熊本人が吹いているのか、セオドアが吹いているのか。


(そちらからは毎日のように報告書が届くけれど、全く退屈しないよ。エビーの報告書も面白いが、ドーシャというモナの工作員で例の会員だという男の手記が特に面白くてね。毎度毎度とんでもない厚みだというのに、あっという間に読めてしまって物足りないくらいなんだ)


「ひえっ、セオドア様が同志の報告書読んでるって!! しかも面白いって!!」


「はは、ドーシャ殿が聞けば喜びますね」


「タイタは何呑気なこと言ってんの!? あの恥ずかしいことしか書いてないであろう報告書を!! セオドア様が!!」


「そりゃ目え通してるでしょーよ、同志の報告書の方が俺や姐さんが書く報告書の万倍は情報量あるんですし」


「ローリ殿、カルダ殿、そしてドーシャ殿の書く報告に加え、モナやジークの情勢に関しても各地の飛脚が情報を上乗せしてお届けしております。きっとお役立ていただいていることでしょう」


 どんだけテイラーに情報リークしてるんだ……。


 モナ男爵やジーク伯爵はどこまで把握しているんだろう。後で問題にならなければいいが。




つづく

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