我ながら性格が良すぎる
穴熊は出て行った。あとは話し合えとばかりに。
私は一体何が寂しいというんだろう。
こんなにも親切で優しい人に囲まれておいて。
自分抜きで話が進んでいたことだろうか。
意見を聞いてもらえなかったことだろうか。
そんな言い分の幼稚さ、傲慢さにはほとほと呆れる。
任せられないと判断されたのは、弱さを晒した自分のせい。
なのに、こんなところで拗ねて、皆を困らせている。なんて子供じみた反抗だろう。
いつの間にか、皆が私の言うことを聞いてくれるのが当たり前だと思い込んでいた。
もともと、彼らの上に立つべくキャリアを積んだわけでもない、まるで世間知らずの素人。
一体、何を解った気になっていたんだろう。せめて迷うべきではなかった。意志を強く持つべきだった。
後悔しても、もう遅い………………
「……ふふっ、こんなので『寂しい』とか、本当、思い上がりもいいとこですよね。甘えすぎだし。やっぱり、私」
「姐さん!!」
「ミカ殿!!」
「えっ」
ぎゅ、ぎゅ。
両側から同時に手を取られ、俯きかけた顔を上げる。
「やめろって、なんでそんな顔すんだ、俺らが悪いのに!!」
「エビー」
エビーは今の今まで黙っていた。静観していた理由はよくわからない。
「そうでございますとも、先ほども申しました通り、あなた様のご意見を伺わず、勝手に行動した我々こそ思い上がっていたのですから…!」
「タイタ」
揺れる緑眼が真っ直ぐに私を見る。
「俺ら、あんたに足りねえとこ育ててもらったよ、これでもメチャクチャ感謝してんだ! 上司かどうかなんか関係ない、あんたに従うって、自分で決めてここまで来たんだよ!」
「察しが悪く、自分では何も決められない俺に、道を説いてくださったのは他ならぬミカ殿でございます! どんなに的外れな言動にも、いつでも言葉を尽くして、理解できるまでお付き合いくださった……っ。あなた様のお優しさに甘え、思い上がり、信用を失ったのは、全てこちらだと言うのに! どうしてあなた様はまた、ご自分を責めておられるのか!」
「そうだ、なんで全部自分のせいにすんだよ、謝んなよ、もっと、バカにすんなって怒れよ……っ」
ぎゅうぎゅう、握られた両手が暖かくて、ちょっとだけ痛い。
「もう、泣かないでよ、エビーもタイタも。言語化もせずに家出したり引きこもったりしてたのは私だよ。それに、わざと話を聴かず、傷つきそうな言葉選んで突き放した。ドーシャさんとマネジさんを引き込んだのも半分は当てつけ。ね、全部八つ当たりなの。君達が私のストレス軽くしたくて、陰で進められることは進めておこうって思ってくれたことくらい、よく解ってるよ」
「でも、嫌だったんだろ、そう言えよ!」
「だから、八つ当たりしたって言ってるでしょ。口で言うより、君達護衛が確実に対策を余儀なくされる手段をとった。こんなの、いつもの追いかけっこの範疇を超えた脅しだからね」
おかげで窓の桟を触るだけで意見を聞いてもらえるようになった。我ながら性格が良すぎると思う。
「ザコルやエビーは新雪に埋もれてうっかり死にかけたんだし、そっちこそもっと怒ったらいいと思う」
「護衛を落とし穴にハメて逃げ切る姫がどこにいんだって逆に感心しちまったんだよッ」
「エビーまでサカシータ兄弟みたいなこと言って」
みんな考えが脳筋すぎやしないだろうか。まあ、全部ザコルの影響なのだが。
「ああ、俺も氷と雪の落とし穴に落ちたかっ……なっ、何でもございま」
ゲシッ。
「タイさんは黙ってろよそんなんだから見透かされんだぞ!」
「申し訳ございません!!」
「ふふっ、別に大丈夫だよ。タイタも酔狂だよねえ。人のこと言えないけどさ。ザコルが落ちた穴、見る?」
「見……っ、〜〜っ」
ゲシッ。頭を抱えたかの集いの幹部『執行人』に再びエビーの蹴りが入る。
「えー、普通に見ればいいじゃん。葛藤するほどのこと?」
「葛藤いたしますとも!! ミカ殿のご心情より、同志達への融通を優先したと指摘されたのは、ひとえに俺の普段の振る舞いによるものでッ、ザコル殿を推すのはいいが護衛対象の安全を優先するのが騎士の仕事であると、そんな当たり前のことを説いていただいた時から、俺は何ら進歩していない証拠でしかなく……!!」
「大丈夫大丈夫、タイタはめちゃくちゃ進歩してるよ。知ってる知ってる。知ってるのにわざと傷つくこと言ったんだよ、性格悪いでしょ。だからそんなに心配しなくて大丈夫。ね?」
「我々の罪をご自分の罪で塗り替えようとなさるのはおやめください!!」
「もー、いい子なんだから。ここは、せっかく心配してやったのにアダで返しやがって性格極悪女! とかでいいんだよ。さあ言ってごらん」
「そんな思ってもいない暴言が吐けるとお思いで……!? カニタ殿でもあるまいに!!」
「? そんなのカニタじゃなくても言うでしょ」
「はああ!? 誰だよ姐さんにそんなこと言うヤツは!!」
「そうだねえ、コマさんのは愛のある暴言だからノーカンとして、元同僚とか、元上司にはよく言われてたかな」
生意気とか、性格最悪すぎて無理とか、お前みたいな地味ブス誰も選ばないとか、思えば色々と言われてきた。でも私も手加減せず言い返したりやり込めたり飛ばしたりと色々やらかしていたわけで。お互い様である。
「いいでしょうかミカ殿。何一つ真実でないことは受け止めようとなさらないでください」
「でも性格最悪の地味ブスなんか誰も選ばないとか真実でしかな」
ゴゴゴゴゴ……。
「ミカ。今すぐ。ニホンへ渡りましょう」
「え」
べし、べし。
部屋の入り口で膝をついていたはずの人が、私の両手から騎士二人の手をはたき落とした。
つづく




