寂しい
わいわいと勝手に盛り上がっていたマネジとドーシャは、しばらくすると
「それではミカ様。我々は今度こそ失礼をば」
と会話を切り上げた。
「はい。後続の皆さんが揃ったらまたどうぞ。その時にまた色々話しましょう」
『御意に』
ザッ、シュバ。
同志二人はまるで本職のような動きで跪くと、素早い動きで部屋から出ていった。
私の側には普通に本職のサゴシひとりが残る。
「あの人ら、完全に姫様の下僕じゃないですか。出し抜くとか最初っから無理ゲーじゃん?」
「私は供給をつかさどる『公式』らしいからねえ。でも推し本人には勝てんよ。推しがいなきゃ供給も何もないし」
私が彼らに求められているのは、推しを愛でるコンテンツを作り出して提案することだ。このザコル等身大の穴はウケる、そう確信したのは、サカシータ騎士で同志のローリとカルダの反応からである。
「ミカは、春になったら自ら撃って出るつもりなんですか?」
じり、じり。
ザコルが足をわずかににじらせながらほんの数ミリ、数センチずつ間合いを詰めている。なんて忍者っぽいんだろう。
「いえ? 私からは攻撃しませんよ。向かってくるものだけを討ちます。ザコルは今進んだ分だけ下がってもらえます?」
にこ。ちっ。
「……ミカ相手には小細工が通用しませんね。本当の本当に素人だったんですか?」
「今も素人ですよ、知ってるでしょ師匠。忍者してないで、無理矢理距離詰めたらどうですか?」
「その一瞬のうちに外へ飛び出されそうな気がします」
「そんな軽々しくザコルの速さを超えられると思ってるんですかねえ。それに外にはいっぱい観光客……じゃなかった、監視がいますから逃げられません、今度こそ」
にじりにじりしていたザコルの横から、穴熊が普通に一歩出る。
うぉう……
(姫様よ、どうか考え直しを。せっかく動ける影を集めたのだ。ザコル様のファンの集いの者達も協力を惜しまぬと言ってくれている。あなた様の予想通り、我々は女帝と騎士団長の意を汲んでいる。その二人が言うのだ。あなた様の敵になりうるものは先回りして全て取り除けと)
「バックについている方々の意向は解りました。ですが、それでも私は慎重にしたいという意見を曲げません。皆さんのことが心配なのはもちろん、魔獣の保護に集中して欲しいのも本当だし、それに。先に手出しした方が悪者になる、とも思うから」
(悪者?)
「そうです。何事も大義名分というのは必要でしょう? 皆さんならそんなことくらい解ってて、なおも私のために撃って出ようとしてくれてるのは私にも解ります。領として被害を受けた分、王弟派や邪教に報復するのはまだいい。でも、現状敵ともいえない末端も末端の有象無象信者や、特にメイヤー教の神徒なんかにはこっちからは絶対手出ししないでください。そこ、守っていただけないなら、この計画そのものを見直したいってオーレン様に言いますよ」
(それは……)
穴熊や影が私を過保護にするように、彼らを過保護に守ってきた人がいる。彼がどうして闇の力に由来する『陰』の能力者を領から出さないように気を張ってきたか。
メイヤー教は一応、オースト国の国教だ。信者の数だって邪教ラースラ教の比じゃない。迂闊なことをすれば、闇の力を持った彼らがこの国中で『悪者』にされてしまう。
それでも本人達はまだいいかもしれない。簡単に狩られるような実力じゃないからだ。
だが、闇の力をひけらかすようなことをすれば、同じく闇を持って生まれた者の取り締まりが今以上に厳しくなる可能性もある。そうなれば、皺寄せはサゴシが育った孤児院にいるような、弱い子供達にも向かうだろう。
「慎重に。徐々に。じわじわと。サカシータの本職を敵に回したら恐ろしいと、邪教にも、他領の騎士団にさえも刷り込んできてください。まずは取り急ぎ、邪教の本部を突き止め、魔獣を掠め取るところからです。よろしくお願いします」
(分かった。いいだろう)
穴熊はそう言って頷いてくれた。
意向は伝えた。あとは、本当に彼らが私の意向通りにしてくれるかどうかだが、残念ながら、彼らの背中を見送った後で私にできることはない。もう、彼らを信じるほかないのだ。
さて、あとは短期決戦を望んでいるっぽいうちの彼氏である。
「あの、ミカ」
「何でしょう」
「僕は、どうしたらいいでしょうか」
がく、ちょっとだけ力が抜けた。
「はあ、私の意見は参考にしなくていいんですよ?」
「意地悪を言わないでください」
「何も意地悪してません。私、あなたやみんなの希望通り、部屋で大人しくしてるじゃないですか」
「籠城してる、の間違いでしょ姫様」
ツッコまれた。
「ミカ、どう思っているかだけ聞かせてください。素直な気持ちだけでいい」
合理的な諦めや、割り切りを置いて。ただ、どう思っているか。
「私は…………」
……………………寂しい。
そう口に出したつもりはなかったが、ザコルは力が抜けたようにその場に座り込んだ。
つづく




