オタク無双
「何やら良質な独占欲の気配がいたしますなマネジ殿」
「全くだねドーシャ殿」
むふふぐふふふふ。
「お前達……」
「ヒョオ!! おおおおお久しぶりでございますりょりょりょ猟犬様!」
「ごごごご挨拶が遅れまして誠に申し訳ありませんんんあああ穴熊の皆さんが人一人分の小道を整備してくださいましたので我ら先遣隊、さっ参上つかまつった次第でございまするううう」
ザコルの声かけにジャンピング土下座で応えたのはマネジとドーシャだった。
それにしても、多少挙動はおかしいが、久しぶりの推しとの対面を無難にこなすことができている。何度も心神喪失していた頃を思えばなんたる進歩か。
二人は大袈裟な挨拶の後、何事もなかったようにむくりと起き上がった。なんの茶番だったんだろう。
「いやはや。色々とバレているとのことなので遠慮なくお顔を拝見しに来てしまいましたが、よくよく考えなくともこちらはミカ様の寝室でしたな」
「不躾に申し訳ありません、のぞいておいて何ですが出直させていただきます」
すたこら。
絶対確信犯だ。私というよりザコルのプライベートがのぞける可能性に掛けて来たんだろう。
「二人ともちょっと待って! 私、同志の皆さんが来ると思ってこの窓、つまり氷の道の入り口を死守してたんですけど!! ザコルが戻り次第即刻破壊するとか言うから!!」
『何ですと!?』
引き返そうとしたドーシャとマネジはすぐに足を止めた。
「……………………は……? 氷の道の入り口を、死守……?」
ザコルが宇宙でも見たような顔になった。
「まさかミカ殿、それが部屋で一人で休むと言った真の目的で……!?」
「うん、まあそうかな」
「い、いくらなんでも……っ」
タイタが珍しく目を吊り上げる。
「なななんということを! こちらにおわす公式聖女様が、隣室にいた猟犬様を出し抜きあまつさえ罠にハメたという聖なる氷の道を破壊するですと!?」
「もはや人類の限界を超えたかもしれない奇跡の道を破壊!? 何というむごいことを……!!」
「やめろ! あんな目立つものをいつまでも窓につけておけると思うか!? ここがミカの部屋だと外から丸わかりだろうが!!」
縋りつこうとするマネジとドーシャにザコルが吠えた。全く正論である。
「まあ、氷の道はぶっちゃけ何度でも再現できるんですけど、ザコルが頭までハマった罠というか新雪の穴は今日限りしか見れないですからね。壊されなくてもまた雪が降ったら埋もれちゃいますし。見ます?」
『見ます見ます見ます』
「おい、やめ」
「ここは淑女の部屋で」
にこ。ぐっ。
私の微笑みの前に一歩も踏み出せないザコルとタイタをよそに、同志二人はどやどやと遠慮もせず部屋に入ってきた。窓を開け放てば途端に冷気が部屋になだれ込む。朝は無風に近かったが、昼にかけては徐々に風が出てきた。
二人は舐め回すように穴を見まくり、そして溜め息をついた。
「素晴らしい、これは確かに猟犬様等身大の穴。セメントや石膏を流し込んで型を取りたいまである……!!」
雪に比重の高い液体なんぞ流し込んだらあっという間に穴が広がる、と穴熊がボソボソつぶやいている。マジレスだ。
「ああ、先遣隊を決める腕相撲大会、頑張って勝ち残ってよかったなあ……」
また腕相撲だ。同志達は屈強なマッチョばかりなので、さぞ見応えのある大会になったことだろう。
「何を浸っているのやら。エリア統括者殿無双は定期ですぞ」
じと。マネジにドーシャがツッコミを入れる。確かに、同志の中でも抜きん出た実力であるマネジなら、種目が腕相撲でも『無双』だろう。
「最近は君達もメキメキと実力を上げているからね、今回は本気を出さざるを得なかったよ」
「これまでは本気じゃなかったというこの清々しいほどの嫌味よ、と!!」
「ははっ、僕は幹部だよ? 一般会員に負けているようじゃお役御免さ。それに、僕は商会の会頭でもないから部下も連れてないしね。そういう意味でも適任だと思わないか」
「それは会頭だというのに部下なんて妹一人しか連れていない私めに対する嫌味ですかとぉ!!」
「カファ君も連れてきてやればよかったじゃないか、あんなに来たがっていたのだから」
「いやー、カファが抜けるとあらゆる支援や業務が立ち行かなくなるのも定期ですからな、はっはっは」
「ドーシャ、君はもう会頭の座をカファ君に譲ったらどうだい? ついでに会員権も」
「なんてことをおっしゃるのかこの鬼畜統括者殿めっ、そのカファ本人が『若頭についてきてよかった』と言ってくれているのに!!」
なんてマイペースな二人だろうか。
部屋の入り口で推しを含む玄人達がジリジリと前進も後退もできず立ち尽くしているのに、意にも介さずしゃべる、しゃべる、しゃべる。まさにオタク無双だ。
窓の外に気配がして見遣ると、雪踏み、雪かき中のサカシータ騎士オオノと少年達だった。大きな除雪用スコップを担いで手を振っている。付き添いなのか、ミリナの姿もあった。ミリナも私の視線に気づいて、少々恥ずかしそうに手を振ってくれた。
そんな彼ら以外にも、メイドや料理人などの顔馴染みが、オオノと少年達が整備した雪の道をわざとらしく歩いてくる。
いつの間にか、私の寝室の前はにわかに観光スポット化していた。
つづく




