私の気持ちとか関係なくない?
「そんなわけでね、こっちから手を出すのは最小限にしてほしいな。ちゃんと取っておいてほしいんだ。だって、私の獲物でしょ? ね、サゴちゃん」
「うううーん」
ばあん、部屋の扉が開いた。穴熊達だった。
うぉう!!
「ぐっ、どけ、穴熊の!!」
穴熊集団の後ろでもわあわあしている人がいる。
うぉううぉううぉう!!
(やはりご自分で戦うおつもりか、だったらやはり、我らが先に撃って出て)
「ダメですって。あなた達はサカシータの人間です。サカシータを、ひいてはオーレン様を『戦犯』にしたいんですか?」
ぐ、穴熊が黙る。
「それでもメイヤー教に接触するっていうなら私、雪解けを待たずにテイラーに帰りますよ? 解りますよね、雪は、私の味方なんです」
実際はそうでもないのだが。ハッタリは大事だ。私が窓の桟に手を添えればピリリと皆の緊張も高まった。キュルルウ、キョエエエ、と大型魔獣二匹の鳴き声も外に響き渡る。彼らはただ遊んでいるだけだろうが、タイミングはバッチリだ。
うぉう……。
(解った、メイヤー教にちょっかいをかけることはしない)
「はい、お願いしますね」
うぉう
(だが)
「改めてお願いしたいんですが、穴熊さんを始めとした影の皆さんには、私がここを出るまでに、捕らわれているかもしれない魔獣とか、王弟が違法召喚したかもしれない魔獣とか、そういう脅威や憂いを徹底的に取り除いておいてほしいんですよね。万が一、質にされても困りますし、怪獣大戦争になっても近所迷惑です。そうなる前に必ず我らが女王の傘下に入れてしまいましょう。だからこそ、当分は魔獣の保護だけに注力してほしいんです。皆さんの実力は充分に解っていますが、人手という点では正直心許ない人数ですから。単純に、一般人の域を出ない有象無象信者の洗脳や駆除に人工をかけてたらもったいないでしょう? 正直、その程度なら私の敵じゃないですし」
穴熊の皆さんは完全に黙った。何か言いかけたのに早口でたたみかけて誠に申し訳ない。
「どけ穴熊!」
絶句した穴熊達をかき分け、ザコルがその前に躍り出た。
「ミカ、僕はただ、冬の間にできる限りの掃除をしてしまうつもりで!」
「あなたが、私を見放したならそうしてください、ザコル」
「見放す? そんなことあるわけないだろ、何を言ってるんだ!」
「見放すというのは、パートナーとして、ってことですよ。でも、これは私の失態です。ここ最近は感情的になることも多く、あなたの前でうじうじと悩んでしまいました。だから、この女にはもう先頭を任せておけないと、そう判断したんですよね。元々お互いの『厚意』で成り立っていただけの儚い関係だったのに、私が、軽々しく弱いところを見せてしまったから……」
「ち、違っ」
「違いません。ザコルが私を共に戦う仲間と認識できなくなったのは私のせいです。だから気にしないでくださいね。もう、指図したり意見するような図々しい真似はしませんから」
にこ、と笑えば、うぐ、とザコルが言葉を失う。そんなザコルの後ろから今度はタイタが出てきた。
「お、お待ちください! これは、あなた様のご意見を伺わず、勝手に行動した我々の失態でございます! 大変申し訳ありませんでした!! どっ、どうか我々をお見放しになりませんよう、深く、深くお願い申し上げます」
「どうしてタイタが謝るの? タイタのことだから、オリヴァーには筋通してるっていうか、ちゃんと許可もらってるんだよね? 同志達が協力に同意してるなら私が言うことなんて何もないよ。同志達も前々から邪教グループをロックオンして嫌がらせしてたくらいだし。その上、サカシータの本職の影と交流できるなんて。正直、彼らにとっちゃただのご褒美でしょ?」
「そっ、それは、そう、なのですが……」
同志達が普通に喜んでいそうなのが目に浮かぶ。一度喜んじゃったらもう誰にも止められない。
「タイタは、みんなが喜ぶの分かってたから受けたかったけど、私が日和ったこと言って反対しそうだから黙ってたんでしょ。君達は猟犬様の役に立つだけのために日々鍛錬してきたような団体だもんね。せっかくのチャンス、逃したくないよねえ」
うぐ、タイタも黙った。そのタイタを押しのけてエビーが出てくる。
「姐さん、ちったあ話聞いてやってくれ。姐さんのこと心配するあまり暴走したようなもんなんだ。許してほしいとか、そういうんじゃねえけど、姐さんの気持ち聞くべきだったってさっきも反省して」
「私の気持ちとか関係なくない? 私はただ、穴熊さん達が魔獣の保護さえ優先してくれたらそれでいいんだよ。無駄に犠牲出すとかはやめてほしいけど、みんなそんなヘマしないよね?」
「でっ、でも心配だろ? 同志の人らって、いくら屈強でも実戦経験なんかない一般人ばっかだし!?」
「その一般人の協力を仰ぐと、テイラーとサカシータが決めたことなら私個人の意見や感情なんて関係ない。そう言ってるんだけど伝わらないかな」
うぐう、エビーも黙った。
さあ、そろそろやってくるか。私は度重なる開け閉めで雪が落ちた窓ガラスに顔を寄せる。
荷馬車の姿は見えないが、先遣隊と思わしき一団が門付近で騒いでいるのは遠目に確認できた。
つづく




