降りかかる火の粉を払うくらいは
「ただいまー姫様ー」
ぬるり、いつから潜んでいたのか、サゴシは普通に壁のどこかから現れた。
「あっ、サゴちゃん! ダメでしょ、勝手に持ち場離れて! ていうかどうやって戻ってきたの」
「穴熊のおじさん達がパワーオブパワーで一人分の幅の道作ってくれました」
「パワーオブパワー……」
人一人分が通れるだけの、両側は切り立った雪の壁みたいな、そんな谷の割れ目のような道を、目的地から子爵邸まで、無理矢理新雪を掘ってどかして通した、ということだろうか。この短時間で?
「土木系チートキャラつっよ……」
「チートっていうか腕力ゴリ押しですかね? シータイの影の人と穴熊何人かと一緒に行ったんですけど、穴熊さん達どうして背中にスコップ背負って滑走板履いてるんだろなーって思ってました。ちなみに俺は、薬草取りの人が背負ってるカゴみたいなのに入れられて運ばれました」
「カゴに」
なるほど。それならスキーなんか滑れなくても大丈夫だ。というか穴熊つよい。つよすぎる。大の男が一人入ったカゴ背負ってスキーとか絵面もつよすぎる。よく自重で雪に埋もれなかったな。
「あ、帰りはちゃんと自分の足で歩いてきましたよ? 道作りはおまかせでしたけど。なんていうか、流石、ザッシュ様に唯一ついていけたとか言われてるだけありますよね。俺、ザッシュ様だいすき」
「うん、普通にカッコいいもんね、ザッシュ様」
「顔もですけど、身体とかどっかの彫刻作品みたいで好きです。上にもデッカいからバランスめちゃいいんですよね。オーレン様もですけど」
「へえ、顔にしか興味ないと思ってたけど、身体にも興味あったんだ」
「やだなー。俺ほど人体愛してるヤツいませんよ?」
にまあ。
この子、顔というか人体そのものに興味があったのか。まあ、尋問とか拷問で触れる機会も多いんだろう。
「うんうん、職務意識が高いね」
「今の発言褒めてくれる姫様もヤバくてだいすきです。で、何かあったんですか? 既に一騒ぎあったみたいな雰囲気なんですけど。大きい魔獣も門の辺り見張ってますし」
「ああ、窓から飛び出して、朱雀様召喚して乗り回したりしたのがいたからね、私だけど」
ぶーっ。
サゴシは盛大に吹き出した。
「ほら、あそこの窓から氷の道作ってシューッと出てったんだよ。ミリューは私が邸の外に飛び出さないように見張りを命じられてる。兼、朱雀様の遊び相手かな。私が途中退場だったから」
サゴシは笑いすぎて床に転がった。
数分後。
あー笑った、と言ってサゴシはむくりと立ち上がる。
「そんで、俺らが内緒話しに行った理由もバレてるんですよね? なんで隣にいる人達は放置プレイなんですか」
確かに、隣の小部屋は気配がうるさい。ここにいますという意思表示のつもりもあるだろうが、どんだけ動揺してるんだ。
「いや、別に? 私が部屋で大人しくしてる方がみんな褒めてくれるからさ」
にこ。
サゴシはまた、にまあ、と笑い、口の形だけで「い、じ、わ、る」と私をなじった。
「あー、なんか興奮してきました。で、なんで俺は叱ってもらえるんですか? 何かのご褒美?」
「うーん、それはね。実は、ハコネ兄さんから直々に世話を頼まれたのは君だけだからだよ」
「え、俺だけ? ていうか、ハコネ第二騎士団長が俺の進退決めたんですか?」
「うん、知らなかったの? ハコネ兄さんはセオドア様直筆の『サカシータ領に屯留するテイラーの騎士及び隠密は全員第二騎士団長の指示下に入るように』っていう命令書を持ってた。その彼が私に、君を管理するように要請した」
「あー、なる。俺んこと扱いきれねーから姫様に押し付けたんですね。クッソウケる」
けっ、とやさぐれた表情を見せるサゴシだ。反抗的な態度を取っていたのはサゴシの方だろうと突っ込んだ方がいいのだろうか。
まあ、ハコネもサゴシが俺の話など聞くはずないと決めつけていたし、お互い様か。
「君ってさ、私の召喚時に立ち会った重要参考人じゃない? それが、なぜだかこっちに差し出されちゃったでしょ。よく分かんないけど、君を証言ごと隠してた上司から引き離したかったのかな」
サゴシの上司だというジンベなる人物は、アメリアの部屋を監視するよう隠密・サゴシに命令した張本人で、サゴシから当時のことを詳細に報告されていたにも関わらず、その証言を第二騎士団に共有していなかった。隠していたと言い替えてもいい。
そこにどんな意図があったかは知らないが、テイラーも一枚岩ではない、ということだ。
サゴシに、急ぎサカシータに行けというセオドアから直命状を持ってきたのは、テイラー伯爵令息オリヴァーだったという。サゴシをこちらに寄越す工作をしたのが本当にセオドアなのか、はたまたその直命状を持ってきたオリヴァー自身なのかは判らない。
「君は今、テイラーに帰っても微妙な立場になる可能性が高い。だからここに残した方がいい、と判断した面もあると思うよ」
「…………そーですか」
私という宙ぶらりんでちょうどいい人物に預けたのは、ハコネなりの優しさでもあったと思う。あと私が彼からさらに証言を引き出すことも期待されている気がする。当時のことは、サゴシは全てしゃべってくれたと思うが。
「だから、私は君に関してのみ、護ってもらう権利も、守ってあげる権利もしっかりあるわけ。だから、勝手に持ち場離れないでよね。見てないとこで何かあったら困るでしょ? お互いに」
「お互いに」
「うん、お互いにね」
にま。サゴシの頬が不敵に持ち上がる。
「そっかあ俺って、姫様の特別だったんだあ」
「うん、サゴちゃんは特別だよ」
にま。私もサゴシの真似をしてヤらしく笑ってみせた。
「そういうわけで、君以外の子にとって私はただの保護・監視対象であって、上司とかじゃないわけ。サカシータの影達にはそれぞれ領内での立場があるから、他の業務のついでに私のお願い事を聞くくらいのスタンスでいていい。さらに言えば、エビーとタイタ、もちろんザコルも、私に従う義理なんかないんだよ。これは最初から言ってることだけどね、でも彼らが私の指示を仰いでくれるようになったから、なるべく指示ができるように今日まで振舞ってきた」
でしゃばらないように、護衛任務を邪魔しないように。最初はそう心がけていたが、いつの間にか彼らが私の指示や意向を伺う図式ができあがっていた。
エビーとタイタの喧嘩の仲裁に入った時か、水害直後の混乱期か。きっかけはそのあたりだ。
「この関係はお互いの『厚意』あって成り立っていたことだったんだよね。私も思い上がってたと思う。ファンの集いだって別に私の持ち物でもなければスポンサーでもないから、なおさら口出しする権利はない。だから、この件に関して、私は文句を言えるような立場にないんだよ、最初から」
ツルギ山に関することは当事者なので、積極的に介入していくというか、勝手に決められればその都度『抗議』はしていくが。
「もちろん、意見を求められれば答えるけれど、今回はそれも求められてないからね、でしゃばらないよ」
「ふーん。姫様の指示を仰がなかっただけのくせに、なんで姫様に叱ってもらえる気でいるんですかねあの人達ー」
「話は変わるんだけどさ」
「あ、はい」
「私という存在はこの世界にとってあくまで『異分子』なの。狙われて助けを求めたり、襲ってくる敵に反撃することは人道的に致し方ないとしても、例えば味方を焚き付けて戦いを起こすようになったら、だいぶ意味合いが変わると考えていて。それをしてしまったら、私も私を許せないし、オースト国やその近隣諸国に広く討伐対象と認定されても致し方ないかな、と思ってる。だからじゃないけど、これから自分の正義や都合のために人の命を奪うなら、自分の手の届く範囲で下していきたい。これは私の、せめてもの我が儘だよ」
「姫様が、自分が狙われる理由を増やすのって……」
にこ。
降りかかる火の粉を払うくらいは、我が儘じゃないよね。
つづく




