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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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カリュー訪問⑤ 双子達の偏執

 カリューの現町長屋敷を一旦通り過ぎ、旧町長屋敷、すなわち避難所の方へと向かう。


 体感的に、メインストリートから現町長屋敷までは二キロ程度、そこから旧町長屋敷までは五百メートル程。地味に距離があってしかも急いでいるので、自然と早足になる。というかもはや小走りだ。


 今日は、煮沸作業を行なった旧町長屋敷を出発して現町長屋敷へと行った後、自領側の門とサギラ領側の門をつなぐ広めの馬車道を通り、広場で巨大鎚を見物してからサギラ領側の門、そして破壊された壁を見て、浸水地区にある集会所と住宅街とメインストリートを歩き、ここへと戻ってきた。

 氾濫川からこちら、カリュー町内の中でもアカイシ山脈側のエリアをぐるっと一周したような形だ。何度も止まったので正確には判らないが、十キロから十五キロくらいは歩いたと思う。


 避難所では既に、集められる限りのタライや桶に水を張ってくれてあった。私はそれに片っ端から魔法をかけていく。発熱している子供がいるとも聞いたので、氷も作り、コマに頼んで薬を分けてもらった。この町にも医者はいるようだし、同志も調達に走ってくれているようだが、薬や衛生用品はまだまだ不足しがちのようだった。


「ミカ様、本当に、本当にありがとうございます」

「こんな事しかできず、すみません」


 お礼を言ってくれたのは、避難民の世話を仕切っている町長屋敷付きのメイド頭だ。名をヒンナといった。


「いいえ、いいえ。こんなにたくさんのお湯をいただけるなんて。今日は皆、寒い思いをせずにすみます。それに、こうしてお会いできた事が嬉しくて。あの新聞、読みましたよ。ご自身も大変な目に遭われたというのに、私共のために必死になって奔走してくださったとシータイから帰った者がよく語るものですから。どうか、どうか。ミカ様もお体にお気をつけくださいませね」


 白髪まじりのヒンナは私の手を取って優しくさすり、頭を下げてくれた。


「あなたも。この冬を無事に乗り切れるよう、お互い最善を尽くしましょう。またお手伝いに参りますね」


 他の避難民や世話係も皆玄関まで出て見送りをしてくれ、ザコルと並んで挨拶をした。

 ザコルは今やカリューの被災者にとって特別な存在だ。それはそれは熱狂的に、姿が見えなくなるまでずっと手を振ってくれた。

 ザハリは、その様子をずっと面白くなさそうに見ていた。

 


「さて、イーリア様はどこでしょうかね。あちらも私達を探していたら申し訳ないですね」

「いや、義母はおそらくこちらの居場所くらい判っているだろう」

「まあ、そっか…。今日はかなりたくさんの目に晒されていましたもんね」


 ここは被災地でも、領境も国境も近い要所だ。私のような『要人』を野放しにする事はあり得ないだろう。

 私達はとりあえず現町長屋敷を訪ねるべく来た道を戻っている。


「…ミカ殿、あなたは、本当にあの『氷姫』なのか」

「? ええ、そう呼ばれてはいますけれど」


 ザッシュの問いに、思わず首を傾げる。

 何だろう、氷姫っぽくない振る舞いでもしただろうか。氷姫っぽい振る舞いというのもよく分からないが。


「シータイから戻ってきた避難民達に聞くあなたは、明るく気さくで献身的な少女という印象だった。一方で義母はあなたを賢明な女性だと高く評価もしている。だが、あの新聞は随分と悲劇的に書いていて…、その」


「お兄様もアレを読んでしまわれましたか…。アレは随分と誇張されていましたからねえ。同志、ファンの集いの人達に聞かされた時はもう恥ずかしくて卒倒するかと思いましたよ。実際はもっとお気楽に暮らしてましたからご安心を」


 ザッシュにこれまでの経緯を簡単に説明する。時間がないので大分端折ったが、ジークの魔の森にウスイ峠を越えただと!? と、期待通りのリアクションで応えてくれた。

 あまりに雑な説明だったせいか、時々エビーやタイタが「ミカさんはそう言いますけど」「ミカ殿はご謙遜なさいますが」と、わざわざ盛って補足してくれようとし、ザッシュも何を信じたらいいのかと余計混乱しているようだった。


「お兄様の今日の私の評価なんてほぼ『おかしい女』ですよね。新聞は誇張しすぎですし、皆さんは買い被り過ぎですし。ザッシュ様は見たままを信じてくださればそれでいいと思います」


「いやっ、それだけじゃないぞ! あなたは時々妙な事は言うが、決してお気楽なだけの人じゃない。今日はずっと町の者のためにザコルを立ててくれたし、咄嗟の判断でおれに恥をかかさぬようにもしてくれただろう。それに……っ、いや」


 治癒能力のことを思い出したのか、ザッシュは言葉を切った。


「…助かった命や、失われた物の哀しみにさえ涙してくれたこと。この領の者として、おれはきっと忘れない。それから、ミカ殿はずっと『こちら側』の視点で行動している。あなたは何者なんだ。とても元庶民の女人などとは…」


 少女ではない、と理解はしていただけたようで何よりだ。


「その『こちら側』って何ですか。運営側とか統治側みたいな意味でしたら、本当に買い被り過ぎですよ。こうしてずっと守られていれば、守られる側としてどう動くべきかくらい何となく解るようになるものです。私もいい大人ですからね。あ、いえ、もちろん失敗というか、解ったつもりでいて後で知って反省する事も多いですが…」


 察したつもりで失敗して、毎日そんな事を繰り返してばかりだ。


「そんな私ですが、サカシータでもテイラーでも、たくさんの配慮や世話をしていただいているからこそ今日を無事に立てているとは理解しているつもりです。ザコルも言ってくれましたが、私は一人じゃありませんから」


 私もきっと、今日のことは忘れないと思う。

 カリューの人達のために、何かさせてもらえたこと。救われているのは、やはり私の方だ。


「ザッシュ様、今日は一日お付き合いくださり、ありがとうございました。今後の事は改めてお話しさせていただいてよろしいでしょうか。すぐでなくて構いません」


 ザッシュや、その部下の穴熊という人々にも事情というものがある。いきなり一緒にシータイへというのは無茶だろう。それに、やはりこの町にはザッシュ達が必要だ。元々町づくりにも関わっているようだし、噴水以外にも修理や調整の必要な施設はまだまだあるはず。


 ザッシュは女性が苦手で、偏見も少しはありそうだが、あのイーリアに育てられたとあって女性に指図される事自体に抵抗はないようだ。まだ行動を共にして半日程度だが、前情報を鵜呑みにせず私自身を見て理解しようと努力もしてくれている。

 イーリアの言う通り、義理堅くてとてもいい人だ。相変わらずタイタの向こうに隠れてはいるが。


「気遣い痛み入る。おれが穴熊を連れてすぐここから完全に撤退してしまうとおそらく町も混乱する。修理が途中になっている場所もいくつかあるしな。数日で一旦キリをつけるから、それが終わり次第シータイの方へあなたの話を伺いに行こう」


「ありがとうございます。私が何か指示をするというよりは、こちらが勉強させていただく意味合いが強くなるかと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 正直、ザッシュ達を手駒にしてもらって、それで何を成せばいいのかまだ見通しがついていない。彼らと再び話す前に、私の方ももう少し知識を得て考えを詰めた方がいいだろう。


「ミカ、今日シータイに戻ったら…」

「コリー、もう戻ってしまうの? ねえ、数日したらシュウ兄様がミカ嬢につくんでしょう? だったらコリーはカリューに残ればいいじゃないか」

「そんな訳にいくか!! そもそも僕はテイラー伯の指示でここにいるんだ。義母がいくら手駒をつけようと関係ない!」

「そう? でもコリーはリア母様の言うことには逆らえないじゃない。カリューの奴らも何勘違いしてるのか知らないけど、コリーに命助けてもらったとか言って調子づいてるし? だったら、君はここに残った方が復旧も捗るさ。僕がいるよりもね」

 ザハリは顔に不快を滲ませながらそう言った。

「僕が主より義母を優先すると本気で思っているのか? それに今の僕はミカが第一だ。カリューで救助活動したのだってミカが」

「だってあの女、ずっとコリーに態度が悪いじゃないか。きっともう要らないんだろう」

「そんな訳」

「コリーの実力なら、好きにしたって誰も文句なんて言えないよ。むしろ今まで散々この国に利用されてやったんだからいい加減僕の元に戻ってきたら? テイラー伯だっておあつらえ向きに辺境行きの指示を出してくれたようだしさ、どうせあっちもコリーの力にビビって遠ざけたかったんだろ。その女の世話なんて面倒事まで押し付けて……ぷっ、魔獣なんていわれてる割に水を湯か氷にするくらいしか能がないみたいだけど? 今日もわざわざ湯を沸かすためだけに仰々しく護衛を引き連れて移動してきたんだろう。全く素人の高貴な姫らしいお花畑な発想だな。この非常時に頭弱すぎでしょ流石は魔獣」


『いい加減にしろ!!』


 ザコルとザッシュの声が被った。


「お前がここまで拗らせたのは僕が原因だろうと好きにさせていたが…………それ以上ミカと主を侮辱してみろ、本気でお前を潰すぞザハリ…!!」

「ヒ…ッ!!」

 ザハリが尻餅をつく。

 あまりの殺気の濃さに耳鳴りがしそうだ。


「やはり同行を許すべきではなかったな。ミカ殿、重ね重ね申し訳ない。この輩の非礼はおれの責任だ。ザコル、お前もお前だ。ミカ殿を放ってまでそのしょうもない弟を侍らせて一体何を考えている」

「言い訳したくはないのですが…。ミカが、僕に怒るなと、向き合えと、そう言っている気がしたから…」


 ザコルが私の方をチラッと見る。

 私は頷いた。


「まあ、そうですね。せっかくお互いを想っているなら、十年越しの再会が喧嘩で終わってはあんまりとかと思いましたので」

 ザハリの挑発にザコルが何度も乗りそうになるので、その度に制したり話題をすり替えたりはしていた。

「そうか、それで何度もミカ殿がおかしな事を言って…あれは仲裁のつもりだったのか」

 まあ、殺気がご褒美だったり面罵に共感したのは本当の事だが。


「ですが、私はザハリ様ばかりに向き合えなどと伝えた覚えはありませんよ。ザッシュ様だって大事なご兄弟でしょう。しかもこんなに良い方で、久しぶりに会った弟の成長を喜んでくださってもいるのに」


「おれには気を遣わなくていいと…」

 ザッシュが私とザコルの間でオロオロする。


「ミカは、兄様を蔑ろにするなと怒っていたんですね。すみません、思い至らなくて」

「さっきからそう言っているじゃないですか。謝るなら私じゃないでしょ。これからお世話になるんです。きちんとご挨拶をしてください」

「不遜な態度を取り、申し訳ありませんでした。ザッシュ兄様」


 ザコルがサッと頭を下げる。それを見たザッシュは渋い顔になった。


「……複雑だな、お前にまともに謝られたのなんて初めてのような気もするぞ。それがミカ殿に言われてこうもあっさりと…」

「ミカの機嫌が直るならいくらでも」

「言い方」

「申し訳、ありません…」

 私が注意すると、ザコルが再び頭を下げる。

「……ふっ、くく、ははっ、はははは…」

 ザッシュが吹き出し、可笑しそうに腹を抱えた。


 ジャリ…と、わずかに地面を擦る音がする。


「……何で、お前がコリーを支配してるんだよ…ッ」

 ごく小さな声で呟いたザハリが、突如地面を蹴って私の正面に迫る。


 その瞬間、空気の塊が四方から押し寄せる。

 皆の重い革靴が土に食い込んで軋んだ音を立てた。

 私の手前一メートル弱という所で、ザコルの腕とザッシュの鉄槌、そしてエビーとタイタの剣が交差し、ザハリの胴体を受け止める。


 私が真っ直ぐに差し出した短刀の切先は、彼の喉元をわずかに掠めた。


「…………っ」

 身動きのできなくなったザハリが静かに息を飲む。

 ザハリの手から、小さなナイフがカランと落ちた。


「……おい、ミカ殿、先程は何故おれの接近を許した? その分ならば避けられただろう」

 ザッシュが背中で問いかけてくる。

「未熟者ですので、殺気や悪意のない接近には反応できないんですよ」

 男性恐怖症を気取られぬよう、意識的に接近を許している部分もあるが。


「ホンモノへの道はまだまだですねえ」

「あなたにホンモノを極められては護衛も形無しだ」

「もっと言ってやってくださいよお兄様」

 エビーがすかさずザッシュを援護する。


 私は短刀を下ろして鞘にしまう。

 鞄の中に入れてしまうとすぐに取り出せないので、昨夜、肩掛け鞄と体が接する面に鞘ごと収納できるポケットを縫いつけておいたのだ。咄嗟に反応もできたし、工夫してみて良かった。


「ザハリ様。私、あなたと会うのを楽しみにしてたんですよねえ。双子って魅力的じゃないですか?」

「…は? まさか情けでもかけようっていうのか。フン、聖女気取りもいい加減に」

「まさか! 聖女だなんて恐れ多い。勘違いさせて申し訳ないんですが、ただ見たかっただけですよ。あなたの内面はともかく、その顔は私の大好きな顔にそっくりと聞いてましたので」

「何が言いたい。いくら慈悲をチラつかせたって僕は喋らないぞ」

「ふふ、私がいつあなたに慈悲をチラつかせたんでしょうね、これでも怒ってるんですよ? 全くもう『私のザコル』を悲しませる所だったじゃないですか」

「僕の! コリーだ!! この世界のモノですらないお前がコリーの何を解ったつもりでいる!? コリーは、ザコルは! 生まれた瞬間からずっと僕のモノなんだよ!! お前なんかが双子の絆に立ち入れると思うなこのアバズレめ!!」


 ザハリが顔を大きく歪めて叫ぶ。


「ふむ。まあザハリ様はいわゆる同担拒否なんでしょうからねえ。しかも、どうでもいい存在として会うくらいなら、憎まれて会わない方がマシと考える程の苛烈なブラコンですし」

「知ったような顔で語るなと何度言わせれば」

「ああ! それでまさか、私なんかを傷つければお兄様が憎んでくれると思ったんですか? あー、そっかそっかぁ、なるほどねえ、私みたいなアバズレがザコルの大事なモノだとは理解してるんだ? 双子の絆なんかよりも? そっかそっかぁー」

「調子に乗るなクソ女ぁぁ!!」

「大きな声を出すなザハリ」


 暴れて飛び出そうとするザハリの両腕をザコルが後ろから取り押さえ、叫ぼうとする口を軽く押さえる。


「あの、ミカ。ドウタンキョヒとか、ブラコン? とはどういう意味……いえ。ここはまずザハリが内通しているかどうかを疑うべきかと思うのですが」


 ザコルが押さえているうちにと、ザッシュがザハリの手首に縄をかけ始めた。

 エビーとタイタは私とザハリの間で剣を構えたまま動かない。


「では、一応お聞きしましょうか。ザハリ様は私をどうなさいたかったんです?」


 ザコルが手を緩めると、ザハリは弾かれたように話し出す。


「そりゃあ滅多刺しにでもしてやりたかったさ! お前がいくらどうでもいい存在だってそれくらいすればコリーの心に残るだろ!? そうだこれはお前への慈悲でもあるんだ!! でも勘違いするなお前の存在なんかなくたってコリーは一生僕の事を想ってくれるはずなんだだって同じ血を分けた双子は世界にたった一人この僕だけなんだからよだから僕に殺気を向けるなんて何かの冗談なんでしょコリー僕はそれを叱ってあげたくって仕方なくこの女をグチャグチャにムガッ」


 ザコルが再びザハリの口を塞ぐ。


「ご回答ありがとうございますザハリ様。私を狙う外部の方々は、基本的に私を生捕りになさりたいようですからね。私に対してこんなに真っ直ぐ殺気を向けてくれるお方が邪教や王弟その他の刺客とは思えなくて…。ああ、私の知らないアンチ渡り人団体なんかが存在するのなら話は変わってきますけど」


 拐われかけたことはあれど、直接命を狙われたのは初めてなので新鮮だった。

 ザハリの殺気は、ザコルがエビーにやるような戯れに近いものではなく、それこそ本気に近い質のように思えた。


「ミカ殿、いくらあなたの望みでも、ここまでの事をしたこいつを野放しにはできないぞ。義母がこの場にいたら、息子といえどこの場で首を落としていてもおかしくはない」

「テイラーとしても看過できねえっす。ミカさん、何考えてんのか知りませんけど、流石にこいつは側に置けねえよ。いくら猟犬殿の弟君でもさぁ」


 ザッシュもエビーもザハリを睨んだまま、低い声で私を諭す。

 私だって無茶を言おうとしている自覚はある。タイタもきっとニッコニコでキレているに違いな……


「ミカ殿、ザコル殿。もしイーリア様の許可がいただけるようでしたら、この方をお預かりしてもよろしいでしょうか」


 ………………。

『えっ』


 全員が一斉にタイタの方を向いた。タイタは姿勢を正し剣を鞘に収める。ザハリの拘束が充分行き届いたと判断したようだ。


「タ、タイタが? 預かって、どうするの…?」

「同志に思想を塗り替えるのが得意な者達がいまして。もしお預けくださるのなら、しばらく彼らと過ごしていただこうかと考えております」

「思想を、塗り替える…?」


 この執行人は、また物騒な事をサラッと言い出したぞ。


「我々猟犬ファンの集いにとって、同担拒否や新規の芽摘みをするような過激な思想の持ち主は、統率をはかる上で障壁となり得ます。集いの活動を維持するためには、必ず全員が『我らの猟犬殿』を共に見守る存在とならねばなりません。ですので、猟犬ファンを自称しておきながら同担拒否を叫ぶ者には必ず刺客を送り、その思想を塗り替えるお手伝いをしている者達がいるのです。彼らは仲間達から『洗脳班』と呼ばれ親しまれております」


「洗脳班」


 まさか、執行人とエリア統括者などの他に、そんな特殊部隊まで存在していると…?


 確かに同志達は会長以外、皆やけに推しへの解釈や推し方が一致しているなとは思っていた。

 いや、ザハリのように傷害まで起こすようなタイプはともかく、同担拒否そのものは何も悪くない。この秘密結社が勝手に方向性の違うファンを淘汰しているだけだ。恐ろしや…。


「彼らに預けておけば、数日から数週間程で必ず人格を入れ替えてくれる事でしょう。しかもこの猟犬殿に瓜二つのかんばせ…。いつも良き働きをしてくれる彼らには、最ッ高のご褒美になる!」


 ニッコニッコだ。完璧だ。ザハリのアイドルスマイルだって霞む、狂気のパーフェクトスマイルだ。


「ぼっ、僕をどうするつもりだ!? この気持ちを捨てるくらいなら死んだ方がマシ…んむがっ、んむうー!!」


 今にも舌を噛み切りそうなザハリに、ザコルが猿轡を噛ませる。


「タイタ。このザハリはうちの兄弟の中ではそう強い方でないとはいえ、曲がりなりにもサカシータ一族だ。実現するかはともかく、もし預けるとすればその洗脳班? という者達の身が心配なのですが」


「ザコル殿、ご心配には及びません。どういう訳かあなた様のファンは皆、強制でなくとも厳しい鍛錬を自身に課すのが常でして…。過激思想の者は特に意識が高く、もれなく一定以上の実力を備えているのです。洗脳班は常々そういった者達を相手にしておりますので、その実力はファンの集いの中でも屈指。見たところ、ザハリ様程度の実力であれば取り逃す事はそうそうないかと」


 つまり、一部の同志は既にサカシータ一族の末弟の実力を超えており、さらに思想を塗り替えるために実力行使も厭わないという事だ。どちらが過激派か分かったものではない。

 タイタに実力が大した事ないと言われたも同然のザハリは、んんんー!! と抗議の声を上げている。


「同志もマジで無茶苦茶だな…。最ッ高に意味分かんねえんすけど」

「ああ、やりたい放題の組織とは聞いていたが…。そんな拷問官のような者達まで存在するとは」

 エビーとザッシュが呆れ返った顔で頷きあう。


「私達も初耳ですよお兄様。そんな実力者集団を抱えてるなんて」

「ミカ」

「何ですかザコル」

「正直言って、あなたも大概ですからね? 意外に尋問の才能も…いや、それは忘れましょう。ザハリの不意打ちに反応できるとは流石の僕も思っていませんでした」

「何言ってるんですか師匠、ザハリ様はご親切にも殺気と物音でお知らせしてくれたでしょ。もしかして本気じゃなかったのかな? と思うからこそ、惜しいなーって……何ですかその目」

 ザコルまで呆れ返った顔でこちらを見てくる。何でだ。


「くっ、くくく……っ、ははははははは!! やっぱお前は最ッ高だなあ姫ぇ!!」


 バッと振り返ると、大きな木にもたれかかったコマが爆笑していた。

 飛び跳ねた心臓を宥め、息をつく。


「ああびっくりした…。コマさんいたんですね。気配がしないから先に行ったと思ってたじゃないですか」

「そうだ、先に行って屋敷で茶でもと思ったが、犬がド派手に殺気放ちやがったんでな、仕方なく戻ってきてやったのさ」

「心配してくれるの優しぃ…」


 今、屋敷に振る舞うような茶があるとは思えないが。イーリアに話でもあったんだろうか。


「そんな優しい俺様が口説いてやってんだ、そろそろ俺と来る決心はついたか」

「申し訳ないですが、私には可愛い最終兵器がおりますので」

「お前を放り出してクソな弟侍らすような奴だぞ」

「彼に何人侍ろうとも、私の気持ちが薄まるわけじゃありません」


 ニヤー、と美少女っぽい顔で口角を意地悪そうに上げる。また何かを試されている気がするな…。


「くくく、お前も『大概』だよなあ」

「心外ですねえ、私だって人並みに嫉妬くらいはしますよ。コマさんだってライバルですから」

「へっ、気色悪ぃ事言うんじゃねえ。さっきの不意打ちへの反応は褒めてやる。流石の俺も驚いたぞ」

「ありがとうございます。ですけれど、一昨日から不意打ちを想定した稽古をつけてくれたのはコマさんじゃないですか。ザハリ様の言う通り、素人の付け焼き刃ですよ」

「数日の稽古で正確に喉笛狙える素人がこの世に何人もいると思うなよ。そら、女帝がお待ちだ。行くぞ」


 フン、と鼻を鳴らし、コマが踵を返す。

 コマがザコルの殺気を感知して戻ってきたのに、イーリアがこの場に来ていないのは意外な気もする。


「行こう、ミカ殿」

 ザッシュが腹に一発入れ、完全に沈黙したザハリを肩に担いでいる。

「ザッシュ殿、よろしければ鎚をお持ちいたしましょう」

「ああ、頼む」

 ザッシュの鉄鎚をタイタが恭しく受け取り、一礼した。

「ミカさん、怪我はねえすか」

 エビーもやっと剣を鞘にしまった。

「ないよエビー。あ、待って皆。守ってくださり、ありがとうございました」


 その場の皆に対し、頭を下げる。


「全員の武器が一斉に交差したの、最ッ高に決まってましたね! でも、ザハリ様には悪い事しちゃったな…」


 私がザコルと共に現れなければ、彼を凶行に走らせる事はなかった。

 命だけは助けてもらえるようイーリアにお願いするつもりだが、うまくいくかどうか。彼にはファンや子供もいる。何より、ザコルにとってはたった一人の双子の片割れなのに…。


「ミカが気にする必要など欠片もありません。この弟は、昔から僕への執着が異常でしたので」

「でも、ザコルも可愛がっていたんじゃないんですか」

「そうですね、こんな僕にあれ程好意を向けてくれる存在は他にありませんでしたから。…ですが、弟は僕なんかより本当に上手くやっていて、領民からも愛され慕われていた。そういう弟から向けられる好意に対し、拗らせた感情を抱いていたのは僕とて同じだったのだろうと思います。今はそういう自分を客観的に見られていますから」


 愛情、羨望、嫉妬、劣等感、独占欲、依存…。

 元々感情を表現するのが苦手だったザコルにとって、表向きは明るく要領がよく、皆が認める双子の弟の存在は、眩しいと同時に重すぎたのかもしれない。


「領の女性達に、ザハリの代わりに王都へ行ってくれと言われた時、僕はどこかで安心してしまった。この可愛い弟から自由になっていいのだと、そう思ってしまったんです。…僕の人生は本当に逃げてばかりですね」


 そこまで彼の話を聞き、はっと気づく。


 彼の言うところの、信者というか領民の皆さんに大変良くしてもらっていて、ザコルへの執着が異常な……


 それ、もしかしなくても私じゃない!?


「わ、わ、私、ザコルの重荷になっていますか!? もしや逃げたいと思わせていたり…」


 ザコルはキョト、とした顔をした。


「…いえ? ミカからは不思議と逃げ出したいとは思わないのですよね。むしろ、もっと縛り付けて欲しいとさえ思っています」

「えっ」


 まーたこの激重拗らせ大魔王はよう、とエビーの揶揄う声が遠く聴こえる。

 ザコルが私の片手を取り、自分の頬に添わせた。


「寂しかったですよ、ミカ。ザハリに隣を奪われても、僕を取り返しにきてくれないから」

「ひょえ…」


 思わず変な声が出る。


「あなたに何人侍ろうとも、この最終兵器はいつだってミカの手の中だ」


 ちゅ、手の平に口づけられる。

 目の前がチカチカとして金縛りみたいに…

 ドスッ!


「タ、タイタ殿! 大丈夫か、足に落としていないか!?」

 どうやら、タイタがザッシュの鉄鎚を地面に取り落としたらしい。


「まーた流れ弾食らいやがって。全くどいつもこいつも…。タイさんタイさん、絵師だか洗脳班だか知りませんけどイーリア様に相談するんじゃないんすかー? 起きてくださいよ執行人殿おー」

 エビーが揺さぶっている。お陰で私の方は間一髪心神喪失を免れた。


「ナイスタイタ…」

「あの、ミカ。抱き上げても?」

「ダ、ダメです! うっ、そ、そんな顔したってダメです! 今はダメですー!!」

「あ、ミカ」


 私が駆け出すと、最終兵器は反射で追ってきた。



つづく

クソデカ激重感情のぶつかり稽古と申しましょうか…。

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