なぜ、私がまたあの泥舟に乗らねばならんのか
「ミカ様……っ」
「ミカ殿!!」
再び朱雀に乗せてもらって尖塔の屋根から地上に降りると、ミリナとタイタが走り寄ってきた。
「ごめんなさい、朱雀様を巻き込んで、勝手なことをして」
「勝手なことだなんて。こちらこそ、ミカ様が止めると思って、内緒で話を進めました。勝手に意に沿わないことをして、本当に申し訳ありませんでした」
ミリナが頭を下げようとする。私は慌てた。
「ミリナ様、どうか頭を上げてください。私のために動いてくださったのは分かっていますから 」
「姉上、今回のことはあなたを巻き込んだ僕の責任です」
ザコルもミリナに頭を下げる。
「いいえ、ザコル様の発案であっても話に乗ったのは私だわ」
「俺もご協力申し上げました。テイラーの者の立ち会いも必要だろうと。どうかお罰しください」
タイタも頭を下げる。
「そんな、罰するほどのことじゃないよ、次は話さえ聞いてくれたらいいの」
「……やっぱり、ミカ様が強硬手段に出られたのは必然よ、口で言っても止めなかったのは私達だもの。まさか、窓から飛び出されるとは思わなかったけれど」
「それはすみません……」
もちろん、それくらいしないと間に合わないと考えたからではあるが、我ながらヤンチャが過ぎた自覚はある。
「ミカ殿、お怪我などございませんか」
「怪我は一つもないよ、ちゃんと本当ですからね」
心配するミリナとタイタに元気元気、とアピールしてみせる。怪我などあってももう治っているだろうが、本当にどこも怪我はしていない。
「ミリナ様、ザコル、タイタ。私だって謝らないといけません。もっと、私がちゃんとしていればよかったんです。日和ったことなんか言わずに、ビシッと決められていたらよかった。そうしたら誰も心配せずに済んだ、だから」
「おやめくださいミカ殿、悩まれていたことを謝罪なさる必要などございません!」
「タイタさんの言う通りだわ。私達が悪かったことだけれど、これからも心配はさせていただきたいの。ミカ様だって、生身の人間でいらっしゃるのですから。悩んでもいいの、立ち止まってもいいの。どうか、頼ってくださいませ。喜んでお力になりますから。ただ今回のことは私達が暴走しただけのこと。ミカ様は何も悪くないのですよ」
「ええ、その通りでございます」
ミリナもタイタも、それ以上の謝罪は受け付けないとばかりに首を振った。
「でも………」
キョエエエエ!
突然、朱雀がけたたましく鳴く。ミリナは驚いた様子もなく穏やかに振り返った。
「スザクったら、いつの間にミカ様と約束していたのかしら。あら! ミカ様の頭を食んではだめよ!」
キョエ、キョエ。
はむはむはむ。
「大丈夫です、何か伝えたいことがあるんだと思います。言語にはなっていないですが、思念のかたまり? みたいなのを送ってくれます。今度はなんだろ……あそぼ、かな」
キョエエエエ!
「まあまあ、ミカ様と仲良くしていただけて嬉しいのね、スザク。ぜひこれからも遊んでやってくださいなミカ様」
「……はい。ふふっ、じゃあ、何して遊びましょうかねえ」
朱雀がたまに雰囲気などおかまいなしに叫ぶのは、目の前の『友達』の緊張を感じとっているからかもしれない。この叫びは、朱雀なりの助け船なのだ。
私は、そんな優しい魔獣のくちばしをそっと撫でた。
「なぜ、私がまたあの泥舟に乗らねばならんのか……」
ぶつぶつ。朝早くに呼び出されたシシがぼやいている。
「仕方ないだろうシシ殿。当主が行くならその先触れも出さねば筋が通らん。いかにも里に通じた俺と貴殿で行くしかない」
今日のところは先触れの先触れということで、ジーロとシシが二人で里に挨拶へ行くことになった。
「里に赴くことに文句などありません。ミカ様、プテラ殿には重々、御者の言うことを聞かぬようにと念押しを」
「はい、それはもう。あの、引き受けてくださってありがとうございます、シシ先生」
私は頭を下げた。
「いや……」
シシは、私の下げた頭の上に手の平を差し出し、そしてハッとしたように引っ込めた。
「撫でてくれていいんですけど」
「たっ、立場というものがございましょう! やたらに睨んでくる最終兵器もおりますしな!」
ゴゴゴゴゴ、確かに背後から圧を感じる。
「……コホン。里に行くのは構わない。もとより、ついていくことも考えておりましたからな。ですから、あなた様は高貴な姫らしく大人しく……ええ、そうです。く・れ・ぐ・れ・も、大人しくここでお待ちください。いいですかな、間違っても窓から飛び出して一人で魔獣を乗り回すなんてことがないように!」
「はいはい」
「はい、は一回だ! 大体あなた様は……っ」
ガミガミガミ。シシは朝から何をやっているんだ大怪我でもしたらどうするつもりだと至極真っ当な説教を私に垂れた。ありがたいことである。
「はあ全く…。それにしても……」
説教し疲れたシシは、ガタガタと動きがブレている巨躯の人の方を見遣った。
「人を訪ねるのが怖いなら、どうして自分から行くだなどとおっしゃるのでしょうな」
僕が行った方がいいと思うと言ってくれたものの、家族や部下ではない人の家を訪ねることになって、今更恐怖しているっぽいオーレンだ。
山の民の長は女性だし、そのお付きの人も女性が多かったので尚更かも知れない。彼は極度の人見知りで、それ以上に極度の女見知りでもあるのだ。重度の女性不信と言い換えてもいい。
「さあな、無理矢理連れて行かれるくらいなら自ら行った方がマシと思ったのかもしれん」
「格好つけたかっただけでは?」
身も蓋もないことばかり言う息子達である。
「長老こわい長老こわい長老こわい長老こわい長老こわい」
ガタガタガタガタガタガタガタガタ。
過去、長老チベトとの間に何かあったのだろうか。
キョエキョエ、と朱雀がそんな友達の頭をつつきに行った。
「子爵様は相変わらずすねえ」
「エビー。今までどこにいたんですか」
「ちゃんと追ってましたよお、サボってたわけじゃねーっす」
ぬっと現れたエビーは胸から下にボソボソとしたものをたくさんくっつけていた。
「……なんか、雪まみれ、だよね? まさか」
「あ、はい。さっき誰かさんが作った落とし穴にハマって死にかけてました」
「あああああやっぱり!? ごめんなさい! 私、氷の道に落とし穴やら行き止まりやら大量の罠を……!」
ぶっ、とジーロが吹き出す。
「はははっ、罠を作りながら逃げていたのか。随分と余裕だなあ!」
「へへっ、マジで罠だらけでしたよお」
エビーもあっけらかんと笑う。
「エビーも死にかけたくせに呑気なこと言って!! ……いや、本当にごめん、私、新雪にそんな殺傷力があるとは思わなくて。足止めくらいにはなるだろうと思って」
「はいはい、分かってますって。ペータ少年がすぐに助けにきてくれたんで大丈夫すよ。俺ら朝から何やってんだろなって、二人で爆笑してました」
「無事でよかった……あの道、後で撤去しに行かなきゃ」
「もう騎士団が整備してんじゃねーすか。あの氷の道、罠さえなけりゃサイコーだったんでまた作ってくださいよお」
「ううん、罠ナシでも両脇の新雪に落ちたら危ないから作らない。私が雪の中を高速移動する必要があれば別だけど」
「前言撤回っす。雪の中を高速移動する状況って何すか。追いつけねえからやめろよガチで」
エビーと私のやりとりに、ジーロはますます腹を抱えて笑った。
魔法で道を作りながらの滑走は楽しかったし、いざという時にも役立ちそうな技だが、新雪の雪原に道など残すのは大変危険だということがよく分かった。
ジーロが氷の滑り台で遊びたかったと残念がっていたので、それは後日作ってあげることにしよう。きっと子供達も喜ぶはずだ。
つづく




