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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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あれは勝手に成長しているんだ!

 四日目、早朝。


 メリーが私の洗濯物を引き取りに来る。


「この分でしたら、明日には日常生活に戻っていただけるかと」


 内容物を確認したメリーはそう伝えてくれた。


「もうほとんどいいでしょ、適当にシーツのハギレでも当てとけば今日からでも」

「今日まではお休みくださいませ。そのように、皆様からも言いつかっております」

「もう大丈夫なのに」

「ミカ様」


 メリーが困った顔をする。


「はいはい、分かったって」


 渋々、と私はうなずく。


「お着替えを」

「それは一人でできるから大丈夫だよ」

「承知いたしました」


 彼女は下着類のみ入った洗濯物のカゴを持ち、一礼した。もとより着替えの介助などは人に頼んでいない私なので、メリーも特に食い下がることもなく部屋を出て行った。


「さて」


 部屋のクローゼットを開ける。部屋着用のワンピースなど、数着がハンガーにかけられている。私はその中の一つを手に取った。


 外は静かだ。ようやく吹雪が止んだらしい。

 魔法で温めたおしぼりで顔を拭き、歯ブラシと水を注いだカップを手にする。ゆすいだ水を外に吐く必要があるので、窓を少しだけ開ける。途端、肌をしびれさせるような冷気が部屋に舞い込んだ。


「うーっ、さむっ。でも、空気が綺麗」


 入浴やトイレには行かせてもらっていたものの、丸三日も部屋に閉じこもっていた私は新鮮な空気に飢えていた。

 すう、はあ、と澄んだ冷気を肺に取り込む。ここは二階だが、地面というか雪面が近い。今回の吹雪によって一階は完全に雪に埋もれてしまった。執務室や客室など、大事な部屋が二階以上にあるのはきっとこのためだ。


 空は濃い群青色に染まっている。じきに夜も明けるだろう。


「魔力も少し使っておこうかな」


 しゃべる相手がいないので独り言を口にし、私は雪面に向かって溜まった魔力を放出する。

 この部屋からは遠いが、窓からは訓練場や門の方まで見渡せた。夜の間当番だった騎士だろうか、既に何人かの人影が見える。


 私は口に水を含んでくちゅくちゅとした後、窓の桟に手をかけ、身を乗り出した。




 ◇ ◇ ◇




「くそっ、やられた!!」


 僕は閉じられた窓を大きく開け放つ。

 真新しい雪面には氷でできた細い坂道ができていて、窓から庭の木々の間に向かってまっすぐに伸びていた。窓際には、歯磨きに使ったブラシとカップだけが置き去りにされている。


「うげえ、マジかよ」


 エビーも外の様子を見て顔を顰めた。


「つーかどうやって窓閉めたんだよ、器用なことしやがるぜ」


 出し抜けると思った僕が馬鹿だったか、いや、後悔などしている場合ではない。

 僕は窓の桟に足をかけ、魔法によって作られたであろう氷のスロープの上に身を躍らせる。途端、氷は易々と割れて僕はその下の新雪に深々とはまった。


 僕が踏み抜いた箇所だけ薄氷になっていたらしい。


「ぶっ、まさかそれ、落とし穴すか!?」

「罠の置き土産とはあのお転婆どこまで……。笑っている場合かエビー、訓練場だ、回れ!!」

「りょーかいっす!」


 エビーが部屋を飛び出していく。

 今日は、サゴシもこの部屋を張っていない。ペータはミカに毎朝持ってこいと指示されていたヨーグルトと林檎ジャムを用意しに行ったところだ。タイタの気配がないのも悟られたか。


 手薄なところを的確に狙いやがって。あの女、本当に元素人か?

 着替えの音も何ら不審なところはなかった。武器も持っていっただろうに、金属音の一つも聴いていない……耳だけには自信がある、この僕がだ。


 感心を通り越して、呆れるほどの成長速度。僕が鍛えた? まさか。


「あれは勝手に成長しているんだ!」


 僕は愚痴を吐き散らしながら、力任せに雪をふりほどいた。

 しかし、もがけばもがくほど足元は沈んでいく。四日も降り続いていた雪は、僕の身長などゆうに超えて積もっていた。掴みどころもなく、踏ん張りも全く効かない。下手をすればこの流砂のような新雪に埋もれ、窒息するかもしれない。


 こんなところで殺されてたまるかと焦る僕の頭上に、大袈裟なほどに主張する気配が現れる。


「ザコル、手を出せ」


 差し出された手を握ると、一気に上へと引き上げられた。敷き詰められた絨毯の上に、雪まみれのままどさりと投げ出される。


「ははっ、ざまあないな!」

「助かりました、ジーロ兄様」


 ざまあない。大笑いする次兄の言う通りだ。


「お前もうっかりしているなあ、あれをただの素人と思ってはいかんぞ」

「判っています。…………判っていたはずなのですが。僕はまだどこか、あれを素人から世話した『シショー』気取りでいたんでしょうね」

「シショーとはなんだ」

「教官のようなものらしいです」


 僕は雪を軽く払い、さっさと部屋を出て廊下に駆け出す。次兄は当然のようについてきた。

 浮き足だった様子で、フンフンと鼻歌まで歌いながら。


「ああ、面白い。全く面白いなあ、どこの世界に護衛を振り切って雪原に飛び出す姫がいる? しかも氷の滑り台で窓から地上へ一直線! あの滑り台、罠さえなければ俺も滑ってみたかった!」


 いい歳をして、まるで子供のようにはしゃいでいる。なんて身に覚えのある姿だ。


 もしかしなくともこの次兄、長兄が頼りにならない上に世話のかかる弟が多かったせいで、碌な子供時代を送れていなかったのではないだろうか。

 僕も当時自覚はなかったが、執着心の強い弟に振り回されていた上に情緒が未熟だったせいか、子供らしい子供ではなかったらしい。

 だからかどうかは判らないが、ミカの大人げないほどがむしゃらな向上心や冒険心、あるいは、なりふり構わない童心に、心揺さぶられる気持ちは非常によく解る。解ってしまう。


 ……が、どうしてこうも腹立たしいのだろう。僕は、にわかにミカの魅力に気づいた分際で、と罵りたくなる口をぐっとつぐんだ。


「おいザコル。お前、テイラーに帰ってもいいが、あれは置いていけよ」

「はあ? 嫌ですが!?」


 せっかく黙っていたのに、つい大声を出してしまった。


「というかそんなことできるはずもないでしょう、僕は彼女の専属護衛なんですよ?」

「お前の立場は知らんが、あれが望めばテイラー伯とて無理に引き揚げさせることもしないだろう」

「また、ミリナ姉上と同じようなことを……」


 僕は走りながら眉間を揉む。


「はは、姉上まで? 姉上も実に面白い人だ」

「だったらミカでなく姉上をいじってろ」

「その姉上もあれにご執心なのだから仕方ないだろう」

「ミカを『あれ』呼ばわりするな!」

「お前が呼んでいたのだろうが」


 こんなところで無意味な喧嘩などしている場合ではない。

 僕達は最短距離で外に出て、新雪に足を取られないよう、建物や木々などを伝って訓練場を目指した。




つづく

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