既に雲行きが怪しくなってきましたね
穴熊とシータイの影は呼びに行かせるまでもなく、サゴシが小部屋の扉を開けた瞬間、既に廊下に立っていた。
「うっわ、タイミング良すぎ。ゾッとするじゃないですかー」
「おまぇ、ほど、なぃ」
「全く全く」
「はあー? 俺が何したって言うんですか」
「影同士仲良くなってんな……」
ミカが穴熊一号または穴熊隊長と呼んでいる第七歩兵隊隊長の男、そしてシータイの集会所近くに住んでいた男の二人が、足音を消したまま部屋に入ってくる。
使用人の待機に使われるような小さな部屋に男が六人。一気に狭くなった。
「ザコル殿。もしや、お二人が外におられたのにお気づきで?」
「まあ、そうですね。あまり真剣に潜む気はなさそうでしたから」
「流石です! 玄人同士は気配だけで会話しているも同然でございますね」
タイタもミカと同様、影という存在に憧れを隠さない。二人とも僕を趣味にしているくらいだ、感性が独特なのだろう。
「しかしもう一人おられるのでは」
タイタがそう言うが早いか、ノックもなく扉が開いた。
「邪魔するぞ」
「あ、美人が来た。やったあ」
「はは、正直気持ち悪いと思っていたが段々と愛いヤツに思えてきたぞサゴシ殿」
「やだなー、サゴシって呼んでくださいよ。サゴちゃんでもいいですよ」
「よし、サゴっちと呼んでやろう」
勝手に入ってきた次兄はサゴシをいーこいーこと撫でる。
「ジーロ兄様は呼んでいないのですが?」
「せっかく気配を主張してやっているのに無視するなザコっち」
「紛らわしいあだ名で呼ぶのはやめてください。気配を晒すとミカにバレるじゃないですか」
「あのお転婆、廊下にいる人間の気配まで察知しているのか。流石だな」
感心している場合か、と言ってやりたい。そのお転婆に後で探られたら誤魔化せるかどうか。
「われら、けはぃ、けす。しかし」
「ええ、気配を消してもなぜだかバレている。それが我らがミカ様よと」
ぐふぉっ。ぐふっ。
笑っている場合か、と言ってやりたい。せめて影は影らしく本気で潜んでほしいものだ。
「真面目に悪さするつもりが、既に雲行きが怪しくなってきましたね……」
「俺、なんか飲み物もらってきますわ」
「茶会じゃないんですよ、エビー」
「いーじゃねーすか、今日は例の件もキャンセルしといたんで。のんびりやりましょーや」
例の件というのは主、セオドア・テイラー伯との交信予定だ。ミカがあの様子では延期にせざるを得ない。
相変わらず元気を装ってはいたが、あのミカが『まだ眠い』『痛みはあるといえばある』などとこぼしている時点で不調は相当なものだろう。
「この狭い部屋で茶会か、はは。お前が帰ってきてから面白いことばかりだ。ずっといろ」
「僕はテイラーの犬です」
野生の一匹狼を気取り、広い空を独り占めすることにこだわっていたくせに、こんな小部屋にぎゅうぎゅうと押し込められている状況がそんなに楽しいか。そう口に出そうとして、僕には言われたくないか、と思い直した。
抱えた秘密のせいで、人と話したり食卓を囲むことなどは絶対に避けていた穴熊も。
何かに『擬態』していないと人と話すことすらままならないはずの影も。
きっと僕には言われたくない。
人との交流から長年逃げ回ってきた僕には、特に。
『安心して自分でいられるのは、あなたがいるからなんです』
繊細だからこそ、器の大きい彼女のセリフが頭をよぎる。
彼女が元気になったなら必ず、こちらのセリフです、と返してやることにしよう。
◇ ◇ ◇
「隣は楽しそうですねえ。お客さんかな」
ガタ、と物音が聴こえた気がした。
私の寝室や続き部屋に入れてもらえなくなった護衛達は、続き部屋とは反対隣の小部屋に待機しているようだった。
どうやら、そこに人が尋ねてきたらしい。一人は判る。ジーロだ。気配もあからさまだし、何を話しているかは判らないものの、潜ませる気のない声は彼のものだ。
それから二人か三人、徹底した気配の消し方からいっておそらく穴熊か影だろう。
「隣? 護衛の皆さん以外にどなたかいらっしゃるんですか?」
「はい。誰か遊びにきたみたいですね」
「すごいわ、私にはちっとも判らないですもの。鍛錬不足を痛感するばかりね」
「ふふっ、私も話の内容までは判らないですよ。ザコルはこっちの話を普通に聴いていると思いますが」
私を心配してきてくれたのか。はたまた内緒話でもしにきたか。
誰にカマをかけようかな。そんなことを考えていると、あくびが出た。
「どうぞお眠りくださいな。寝かしつけて差し上げましょう」
「ふふっ、贅沢ですねえ」
ミリナは私の髪をふわりふわりと撫でる。その心地よさには抗えず、私は眠気に身体をゆだねた。
つづく
秒でバレてますよね




