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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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さあ、悪だくみの時間だ

 ゲシゲシとエビーがサゴシを蹴っている。

 ここは、ミカの寝室の隣、続き部屋とは反対隣に位置する小部屋だ。


「サゴシてめー、絶対見つかんねえようにしろって言っただろこのバカ! 堪え性ねえんだからよお!!」

「だってだって『わがまま』がささやかすぎてちっとも『わがまま』になってないんだもんっ、お手紙を書くから一言でいいからお返事が欲しいだとか、一緒にお茶したいから茶葉を買いに行く許可をもらおうとかっ」


 うわああん、とサゴシがわざとらしく泣く。


「お前、姐さんが召喚されてきた時も命令無視で乱入してんだもんな」

「あれはお嬢の安全第一で仕方なく」

「僕とミカが二人でいる時にもよく乱入してきますよね。確信犯なのでは?」

「猟犬殿と姫様の会話はツッコミ不在すぎるんですよ!! ミリナ様と姫様の会話もですけど!!」


 ブンブンと振る拳が清々しいほどに鬱陶しい。

 子供っぽく振る舞っているのも、わざとというか一種のポーズなのだろう。


「まあ確かに、僕に物を受け取らせるのがどうして『わがまま』になるのかは意味不明ですが」

「でしょ!? ていうかどうして作った物もらってあげないんですか!? ねえタイさんもそう思うでしょ!?」

「ええ、それはそう、でございますね。あなた様を差し置いて刺繍入りの巾着などいただくのがどんなに心苦しかったことか。ぜひ理由をお聞かせ願いたいところです」


 サゴシはタイタを巻き込んで僕に矛先を移した。


「汚れたら嫌だから、という言葉の通りです。せっかくミカが作ってくれた物を血まみれにでもしたら、僕は間違いなく立ち直れなくなります」

「えーそんなの、汚れようが裂けようが血染めにしようが、姫様なら笑って代わりのモン作ってくれますよ」

「それでもです!! 手作りの品とは一点物、代わりなど存在しない。自分で作るようになってから余計にそう実感するんです。どんなに数を作っても、同じ物は二度と作れないのだと」


 特に、試行錯誤して作られた一番目のオリジナルは、二番目以降の量産品とは込められたものが全く違う。

 ミカが僕のためを思って試行錯誤した最初の一品なんて、身につけずに専用の箱や額にでも入れ、信用のおける第三者に管理を任せてしまいたいまである。だが、ミカは僕に身につけてほしかったと肩を落とすだろう。何というか、耐えられる気がしない。


「もー、猟犬殿は繊細なんだからあ」

「ええ、僕は繊細なんです」

「自分で言うかよ」


 僕を繊細だと初めて言ったのはミカだった。人一倍の膂力と暗殺術を持ち合わせ、どんな凄惨な現場にも心動かさず、ただ淡々と任務をこなしてきた僕には全く無縁だった言葉。ミカはその特異な経歴や職の内容を聞いてさえ、僕個人の性格とは完全に切り離して考え、労わってくれた。


「ですが、誰より繊細なのはミカです」

「ええ、それはそう、でございましょうね……」


 繊細だから、どんな強者にも心があると理解できる、理解しようとする。彼女自身、その繊細な心を折らないために、より強い器を求めてきたからこそ言えた言葉だと思う。


 ミカは、記憶を失って顔も声も忘れた、いわば他人同然の母親の心でさえ守ってやろうとする。


 ミリナ姉上が、子が幸せになってくれるなら母親である自分の記憶など失ってくれるくらいでいいと、そう願うはずだと説いているのに、全く不思議そうな顔をして聴いていた。


 自分こそ僕に似たようなことを言ったことがあるのを、忘れているんだろうか。


『私にもし何かあっても、あなたは必ず幸せになって。お願い』

『どんな事になったとしても、私はあなたが幸せになってくれないと困る。私のためを思うなら、ちゃんと他の人の事も見てください』


 彼女は、自分が誰に召喚されたかも判らない不安定な存在だからと、僕の心を預かることを躊躇していた。

 いざとなったら自分を忘れる心づもりでいてくれと、泣きそうな顔で僕に言った。そう人に願える彼女なのに、どうして自分自身にそう願ってやれないのだろう。


 確かに、彼女の母親が彼女と同じように考えるとは限らない。腹を痛めて産んだ子の記憶に自分が一切いないことを嘆くかもしれない。ミカはそう考えて一方的に押しかけるのを躊躇っている。その人が母かどうかも、どんな人物かも判らない段階で。


 どうして置いていったと、なじりに行けばいい。八つ当たりでも筋違いでもなんでもいい、究極、相手が本物でなくとも構わない。相手の事情など二の次に、自分の痛みを紛らわすことだけを考えてくれたらどんなにいいだろう。


 そうして悩むミカを見ていて僕は思いついた。ならば代わりになじってくれる人間を遣ればいいと。口の悪いコマと、ミカの虜にさせられた姉上は実に適任だろう。


 姉上もあれで苛烈な部分を秘めたお方だ。そうでなくては、信念を持って虐待に耐え切ったりしないし、身を賭して息子や魔獣達を守ったりもしない。ミカと同じく『愛情深すぎる』彼女ならば、きっと大事なミカのために蹂躙してきてくれる。僕の目に狂いはない。


「なあーに、悪いこと考えてそーな顔してんすか」

「どうやってミカを出し抜こうかと。影達にもうまくやるように言っておかなければ」

「なら、今がチャンスじゃねーすか」

「そうですね。サゴシ、部屋の監視はメリーに続けさせるとして、穴熊を呼んできてくれませんか。あと、シータイで君の影武者をしていたという影も」

「あー、あの変な人。昨日めちゃくちゃ飲んでましたけど大丈夫かなー」

「ミカが会場にいたんです。誰も二日酔いになどなっていないはずだ」


 ミイ!

 タイタの頭上で白リスが宙返りする。



 さあ、悪だくみの時間だ。




つづく

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