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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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カリュー訪問④ 双子達の言い分

 切り分けられた壁の両断面をトントーンと交互に蹴り、ザハリは地上に降りてきた。


「ザハリ様も忍者ですねえ…。お兄様もあれ、できます?」

「ああ、あれくらいの身のこなしならば。というか、ニンジャとは何だ」

「またお話ししますよ。きっとお兄様なら楽しく聞いてくださると思います」


 ザッシュが私達を庇うようにザハリとの間に入る。


「シュウ兄様。どうして普通に会話しているんです。ああ、もしや、女人と認識してらっしゃらないので?」

「ザハリ、お前…」

 ザッシュが鉄槌を肩にかけ、臨戦体制に入るように足を地面にジャリっと食い込ませる。


「ザコル兄様、ミカ嬢。ご機嫌麗しゅう」

 ザッシュを無視し、ザハリが完璧な笑顔を披露しつつ一礼する。

 私も反射でカーテシーを返した。


「ええと、ごきげんよう、ザハリ様。…ねえ、ザコルもあの笑顔してみてくださいよ。私が倒れるかもしれませんけど」

「しませんし倒れないでください…」

「猟犬殿も笑うとそれなりの色男に見えるって事すよねえ。やってみてくださいよ」

「やらないと言っているでしょう。あんなのは絶対に無理です。本当に見たいんですか?」

「見せてくれるなら見ます。ただ、個人的にザコルの笑みは魔王の笑みこそが至高と考えていますので。ねえタイタ」

「おっしゃる通りですミカ殿、俺もあのような笑顔は少々解釈違いかと…」


「お前達何を呑気にくっちゃべっている。失礼な事を言われているのが分からないあなたじゃないだろう、ミカ殿」


 ザッシュが呆れ顔でこちらを振り返る。

 ザハリは『女人と認識していらっしゃらないので?』という一言で、女が苦手なザッシュと、一応女である私を同時に馬鹿にするという高度な嫌味をかましているのだ。やるな。


「お兄様への失礼は抗議させていただきますが、私の方は一向に構いませんよ。大体、こちらに来てすぐは人の形をした魔獣かもと疑われていたくらいですので、人間と認識されているだけマシかと」

「またおかしな事を…。あなたのどこを見たら魔獣などという発想ができるんだ。あいつを庇わなくていいんだぞ」

「本当の事ですよう」


 召喚当初、召喚魔法陣が魔獣召喚のものに似ているとかいう理由で、テイラーの使用人達によって一週間座敷牢という檻に隔離されていた。そしてそれをうっかり私に漏らしてハコネに怒られるザコル。懐かしい。あ、ザコルの眉間にまた皺が寄った。


 ザハリがニヤリと笑った。


「人の形をした魔獣とは、なかなかの見立てでは? ミカ嬢は実際、魔獣のように人を惑わす魔法でも使うんでしょう。単細胞のザッシュ兄様はともかく、ザコル兄様やあの義母があなたに従っているなんておかしいと思ったんだ。テイラーの連中も存外鋭い。もしやこれ以上犠牲者を出さないうちにと邸を追い出されたんじゃないの?」


 ザッシュが鉄槌を持ち上げようとしたので手で制す。


「そういう事実はないと信じたいですねえ、テイラー伯夫妻や使用人の皆さんには『いつでも帰って来い』と言って送り出していただきましたから。それにザハリ様、残念ながら私、そういう精神感応系は使えないみたいなんですよ。一応一通り試してみた事はあるんですけど」


「…ああ、一時期僕に向かって『踊れー踊れー』などと呟いていた事がありましたね。あれはそういう類の検証だったんですか」


「や、やっぱり! コリーに変な術をかけようと…!?」

 背後でエビーが吹き出している。


「気付かれていましたか師匠。もし本当に踊り出したりでもしたら『忘れろー』に切り替えて黙っていようと思ってたんです。精神感応系スキル保持者なんて間違いなく危険人物確定でしょ? 一生誰とも会えない塔とかに幽閉でもされたら流石に悲しいなと…」


「ミカ、僕はそういった呪いのような類いは効かないかもしれませんよ。受けた事がないので分かりませんが」

「あ、そっか。どうしましょう、他の誰かで試してみましょうか」


 チラ、とエビーを見たらシュッとタイタの後ろに隠れた。次にザハリの方を見たらビクッとした。


「やめろ、勝手な真似をするんじゃない!! 僕だってサカシータ一族だぞ!!」

「あはは、そうでしたねえ」

「くそっ、さっきからヘラヘラと…!」


「おい弟。お前が喧嘩売りてえのはその女じゃねえだろ。さっさとケリつけろ」

 静観していたコマが口を挟んだ。そうだった、この人、コマが連れてきたんだった。


 私がザコルの腕を引くと素直に足を進めてくれたので、ザハリの正面へと連れ出した。ザハリは私やコマを見チッと舌打ちし、ザコルへと視線を移す。


「……ザコル兄様」

「何だ」

 ザコルはそっけない返事で応える。


「あの、ミカ嬢と、婚儀を結ぼうというのは、本当に…?」

「……ああ」

 ザコルは私の顔を伺いながら小さく頷く。


「何で、何でコリ…ザコル兄様がそんな事を」

「…正直、形にこだわるつもりはなかったが、ミカにはそれくらいの契約が必要と考えた」

「け、契約? ザコル兄様は、その女を逃さないためにそうするの? そう、そうか! 仕事の一環で…」

「仕事、という表現は用いたくない。ただでさえ気を遣わせている気もするし…。とにかく、この件に関しては僕の希望だ」


 ギリ…、ザハリが奥歯を噛み締める。


「…言葉が足りないのは相変わらずだね…。でも、僕には解るよ。気を遣っているのは、コリーの方なんだろう」

「だから、そうではないと」


「言っておくけれど、その女はコリーに相応しくないよ。見ていたぞ、人前で腰を抜かすなんてみっともない…! あの程度の胆力しかないくせに、よりによってこのコリーに迫るだなんて。どうせ国の英雄だと聞いたからって浅はかにも縋っているんじゃないのか。渡り人だからって甘えてるんじゃ」


「やめろ、ザハリ。ミカに甘えているのは僕の方だ」


 ザコルがザハリの話を遮るように言い放つ。静かだが威圧を含む声に、ザハリがぐっと言葉を飲み込んだ。


「ミカは本来、あの程度の事で腰を抜かしはしない。拐おうとする者に自ら一撃入れた事もある。渡り人という立場に一つも甘んじる事なく、全くの素人だった所から修練を重ね、同時にこの世界を理解しようと寝る間も惜しんで学び、日々己を高め続けてきた。今では僕などより余程この国に詳しいくらいだ」


「それは流石に言い過ぎですよ、ザコル」

 今日は朝からやけに私を褒めてくれるが、そろそろ私が爆散しそうなので程々にしてほしい。


「いいえ。僕はミカと違って、例えば貴族年鑑の三分の一も読み込んでいませんので。仕事でもなければ調べ物もしませんし」


 私も貴族年鑑なんてほぼ流し読みだが…。どうせ年一で更新されるものだろうし。


「貴族年鑑…? ほら、やっぱりそうだ。次の寄生先でも探しているのか? 浅ましい、いや、いっそ憐れだな! テイラーに見放されたからって、行く当てもなくこんな貧乏辺境領を頼って来たんだろう! 王家の男は好みじゃなかったか? お前が選り好みさえしなければ、渡り人の女を匿ってやろうっていう物好きくらい他にいる事だろうよ。この売女が! さっさとコリーの前から消えろよ!!」


 チャキ…背後でエビーとタイタが剣に手をかける音がする。


「黙れザハリ」

 じわり、ザコルから不穏な気が滲み出る。


「…っ、コリーはどうしてそんな女を庇うんだよ!!」


「…まず、ミカには返しきれない恩がある。ミカがいてくれなければ多くの領民が救われず、命を落とした事だろう。そんな事をしたって、ミカには何の得もないはずなのに、だ」


「それが何だって言うんだ。どうせ恩を着せてチヤホヤされたいだけだろ。渡り人で多少の知識があるからっていい気になるな! 大体僕は、その女がコリーに相応しいかどうかの話をしているんだ。どんな立派なご奉仕をしていようとも関係ない。それに、全くの素人が付け焼き刃の武術など身につけて、サカシータの血を引く僕らに近づけたつもりでいるのか? この世界の者ですらないくせに調子乗りやがって……!! 何が目的だ、この領とコリーに取り行ってどうするつもりだ答えろ女ぁ!!」


 ザハリがビシィ! と私を指差した。


「……これ以上の不敬は見過ごせない。ミカ殿もういいだろう、あいつを拘束するぞ」

 ザッシュが鎚を構え、ザコルも無言で腰ベルトに手を回す。

「ザッシュお兄様、ザハリ様の質問にお答えしてからでもよろしいでしょうか」

「慈悲は無用だ」

「慈悲ではありません。私、今の面罵(めんば)には大変共感いたしました」


『面罵に共感』


 ザッシュとザコル、それにザハリ、兄弟三人の声がハモった。


「…何、どういう…? め、面と向かって罵られた事に共感を…?」

 ザコルが代表で訊いてくる。


「はい。共感です。私も常々思っていたんですよね、どうにもチヤホヤしていただき過ぎではないかと。渡り人だというのはともかく、やっぱり、かのテイラー伯爵家の縁者っていうのが大きいんですよね。虎の威を借る狐にはならないよう気をつけてはいるんですが、どうしても気を遣わせてしまっているなとも思っていて…」


「一体何を言っているんだ…。ミカは偉ぶったことなどない。気を遣って色々してくれているのはミカの方でしょう」


「違いますよ、恩は返せるうちに返すのがモットーなだけですから。既に刺客やら邪教徒やら連れ込んで既に多大なるご迷惑をおかけしていますし、少しでも罪ほろぼしになればと。まあ、それも自己満足みたいなものですが」


 来て早々の水害だったので順番は違ったかもしれないが、どうせお世話になるのだから一緒だ。


「自己満足なものか。あなたはただ、目の前の事が見過ごせないだけだ」

「ふふ、じっとしてたら鬱になる性分ですからねえ」

「だからって働き過ぎなんです。…………僕はもっと、ミカと静かに過ごす時間が欲しいのに」

「ザコル…」


 ほわ。私とザコルの間に何とも言えない空気が流れる。


「おい、僕を無視するな!」

 ザハリがザコルそっくりなセリフをそっくりな声で言った。私はコホンと咳払いをした。


「ええと、すみません、続きですね。そう、正直修練や鍛錬は足りてないと思います。一般兵士のレベルに届くのですらいつになることやら…。ですが千里の道も一歩からです。まずはザコルと殺気の応酬を楽しめるくらいのレベルを目指して頑張ります!」


「ですから、他ならぬミカに殺気を放つなどあり得ないと何度言えば…」

「私もあなたとじゃれ合いたいんですもん。エビーばかりずるいでしょ?」

「ずるいとは何です、エビーなどと比べてどうするんですか」

「ふふ、私は欲張りなんですよ。ザコルがくれるものなら何でも欲しいんです」

「ミカ、それは…」


 ほわわ。何とも言えない空気が…


「僕を、無視するな!!」

 またザハリに叫ばせてしまった。コホン、今度はザコルが咳払いをする。


「ではこうしましょう。今後は、僕と山で静かに鍛錬をして暮らすということで」

「そうなっちゃいますかぁ…」


「僕を、無視、するなあああああ!!」


 ザハリが絶叫し、壁や山に反響した。またどこかで鳥が飛び立つ音がする。


「おい、いいか、もう拘束しても」

 ザッシュが焦れたように言った。顔に『うんざり』と書かれている。兄弟揃って顔が正直だ。

「もう少しお待ちくださいますか。ザハリ様は双子のお兄様とお話しに来たんですよね。私の事なんてどうでもいいでしょう。ね、ザコルも」

「…………」


 ザコルは黙ってしまった。彼はさっきからどうしてか、ずっと私の方ばかりを見ている。

 もう少し引っ張れば、向き合ってくれるかと思ったが…。


「……そう。コリーは、僕とは話したくないんだね…。僕の事こそどうでもいいんでしょう?」

「どうでもいい、訳では…」


 ザコルがゴニョゴニョと言い淀む。


「コリーは、余程その女が大事なんだね、僕なんかよりずっと」


 ザハリはどこか歪んだ笑みを浮かべた。


「はあ、コリーは僕の気持ちなんて知らないんだ。コリーが、僕のファン達にせがまれて代わりに王都に行ってくれたのだと後で知って、この十年、どれだけ僕がコリーの身を案じてきたか。あの魔性のかんばせで、王都の奴らがコリーを放っておくわけがないって。その上、暗部なんかに入ってしまって、さぞ辛い思いをしているだろうって」


 魔性のかんばせ…。突如投じられたワードに全ての意識を持っていかれそうになる。

 が、冷静に考えてみると、この人、ザコルとはほぼ同じ顔じゃないか。魔性を自称できるのはすごい。自己肯定感の塊か?


「コリーはこの十年間、一度だって僕のもとには帰って来なかったね、手紙の一つさえくれなかった。父様母様達には会ってたみたいなのに。でも、コリーは僕のせいで領を出て行ったんだもの、当然だろうって何度も自分に言い聞かせたよ。それなのに、その女の護衛だという理由であっさり僕の前に現れたんだ。正直、愕然とした。僕は君にとってその程度なの? 領に生えている木と同じくらいの存在だった? 会いにきてくれないのは、愛憎の裏返しだって信じていたのに…!!」


 愛憎の裏返し…。どうでもいい存在として会うくらいなら、憎まれて会わない方が本望だとでも?


「…お前を憎む事は、きっとこれからもない」

 ザコルがやっとザハリの方を向く。

「じゃあ…!」

「だが、お前にはたくさんのファンがいるだろうから、僕の事などもう必要ないと思っていた」


 ザコルが再び俯き、少し考えてから口を開く。


「…既に僕は、ザハリとは似ても似つかない、元は双子だったとは思えない程、形も、内面も変わってしまった。お前は皆に愛されるが、僕はそうじゃない。仕事という名目でもなければ、やはりお前に会うべきじゃ」


 ザハリが走り寄ってきて、ザコルの空いた手を両手で掴んだ。


「そうか、そうだったんだねコリー…! 僕に失望されるとでも思ったんだね!? 安心して、僕だけはずっとずっと君を愛しているからね! 血もつながらない他人とは訳が違う、産まれて死ぬまでずぅっと双子の片割れ同士だもの。君がどんなに変わったとしても僕だけのコリーだよ、ね? ね?」


 ザハリがチラッと私の方を見てくる。ザコルはザハリの言葉を拒むように首を横に振った。


「お前は変わらないな…。すまない、ザハリ。全ては僕の弱さからお前に寂しい思いをさせ、その結果あんな行動に走らせてしまったのだな。僕は、彼らに何を償えばいいだろう」


「彼ら…? コリーが誰に償うって? 何を言ってるの、寂しかったのは僕だよ? 君も僕を忘れられなかったんだ、そうでしょう?」


 ザハリがまた私をチラチラ見る。微妙にニヤついているのは何なんだろう。


「全て僕の責任だ。お前がまさか、寂しさから多くの女性を囲って…子供を何人も…」


 思わずギョッとする。まさか、ザハリの私生児多すぎ問題にここで切り込む気か。


「あの、ザコル、その話は改めた方がいいんじゃないでしょうか。ここで話す内容では…」

「誤解だよコリー!!」

「あ、そうですよね誤解ですよねちょっとギャラリー集まってきてるし場所を変えませんかね!?」

「うるさい邪魔をするな女!!」

「ザハリ、ミカにそんな口をきくな」

「ああごめんね? コリー。悪気はないんだよ」


 先程から休憩中だった復旧作業員がポツポツ戻ってきて、何やら双子間で言い合う坊ちゃん達に注目し始めている。

 私はまだまだ話し足りなさそうな双子の背を交互に押し、くっ、動かん、めげない…! そんな私を見てか、ザッシュが駆け寄って私に加勢してくれた。


「おい、ミカ殿の言う通りだ、一旦切り上げろ。ザハリは全く、さっきから男きょうだい相手に閨事のような言葉を並べ立てやがって気色の悪い。ザコルもいちいち相手にするな、ミカ殿だってきっと呆れ果てて」


『知ったような顔で語るな兄様』


 ものの見事に揃った。声質も高さも同じだからか、揃いすぎてハウリングの幻聴まで聴こえてきそうだ。


「ああもううるさいうるさい!! 声を揃えるな! ますます気持ち悪くなる! そら歩け移動しろ!!」

「姫、こっちに来い。お前が動けば犬も動く」

「あ、そっか」

 私は双子を押すのをやめ、コマの方に駆け寄る。


「ミカ」

 ザコルが反射で私を追ったので、ザハリも反射で追ってくる。


「俺が言うのも何だが、お前、浸水地区は見なくていいのか。行くならさっさとしねえと時間がねえぞ」

「その通りです。行きましょう」


 今日中にシータイに戻るのなら最低でもあと一、二時間で出発しないと道が暗くなってしまう。先頭を歩き出したコマを追って、私はその場をさっさと退散した。


 ◇ ◇ ◇


「ミカ殿、すまない」

「何がですかお兄様。アレのことですか」

 ザッシュがタイタの向こうから謝ってくる。

「何すかねえ、方向は違えど拗らせてる所はそっくりすよねえ…いでっ、こら、当てんな馬鹿兄貴!」

 ドングリが当たった腰辺りをさするエビー。威力は一応調整されているようだ。


 飛んできた方向、後ろを振り返ると、右腕に双子の弟をしがみつかせた人が歩きにくそうにしながらついてきている。


「ねえ僕は心配だったんだその女が保身ためにコリーに縋っているんじゃないかって純粋なコリーが騙されているんじゃないかって人道支援だ何だと甘ったれた綺麗事を言うような女にコリーの一切合切を受け止める度量なんてあるわけないってああ誰よりも強くて澄んだ魂を持った僕のコリー人間らしい感情がないだなんて他の家族は言うけれど決してそんな事はない君を真に理解できるのは片割れである僕だけだってずっとずっと想ってて」


 さっきからずっとザハリはザコルに愛を説き続けている。


「全く気色悪い…。ザコルも振り払ってしまえばいいものを」

「十年分、ですからねえ。ある程度吐き出させて差し上げれば落ち着くのでは。コマさん、彼をどうするんですか」

 先を歩く美少女風の人に声をかける。

「さてな。膿が出切ったら考える」

「あら、人事部長コマさんが手に余らせるなんて」

「そうだな。姫、正直お前の方が百倍、いや千倍マシだ」

「えっ」

「お前だって付き合いきれねえだろ? 俺と一緒に来い、姫」


 コマがくるりと振り返って私に手を差し出す。

 え、え、ええええー…


「あっ、コリー!」

「やめろコマ」


 後ろからぐっとザコルに片手で抱き寄せられる。もう片方にはザハリを引きずったままだが。


「ミカも惑わされないでください」

「ちょ、ちょっと戸惑っただけです。あんまり顔が可愛いから…」

「フン、顔か。この顔で良かったと思う事なんざほとんど無えが、お前が釣れるんなら産みの親には感謝しねえとな」

「イーリア様みたいな事言わないでくださいよ!」

「お前になら好きにさせてやってもいいぞ」

「やめろと言っている」

 ザコルが殺気立ち始める。私を拘束する左腕をさすり、どうどうと宥める。

 コマはフン、と鼻で笑って前に向き直り、再び歩き出す。


「ちょっと、離してください。動悸が激しいのでセーフティゾーンに…」

「ミカ、抱き上げましょうか」

「今はいいです。ザハリ様でも抱いたらどうですか」

「何故…」


 ザコルが怪訝な声を出したが構わず腕を抜けてタイタの陰に駆け込む。

 ザッシュが場所を譲ってくれた。


「ミカ殿、大丈夫ですか。手出し無用とおっしゃられたので…」

「ああ、うん。彼らの事は放っておいていいよ。何かドッと疲れちゃった…」

「ミカさんモテモテっすねえ。タイさんの反省文でも見て心落ち着けたらどうすか」

「グッドアイデアだよエビー。さすエビ」

「ま、まだそれをお持ちだったのですか!?」


 動揺するタイタに構わず、私は肩掛けカバンからタイタの反省文の写しを取り出す。ちなみに原本はシータイで保管してもらってある。



「…あの女、焦ってない?」

 ザハリがザコルに縋りついたままククッと笑っている。

「は、ミカがか?」

「そうだよ、コリーが大事にするのは僕なんだって思い知ったんだろ。だからあのコマとかいうオトコオンナにも惑わされるのさ。化けの皮が剥がれるのも時間の問題だね」

「おい、これ以上彼女に失礼な口をきくな。ザコルお前もだぞ。必要以上に公衆の面前で女人にベタベタ触ろうとするな」

 ザッシュが双子に常識を説き始めた。

「…シュウ兄様が、それを言いますか」

 ああ、また殺気立ってる。思わず頭を押さえる。

「あ、あれはザコル、お前が不用意に地面を割ったりするから咄嗟に守ろうと動いてしまっただけで」

「破片から庇うのなら、真正面で壁になるだけで十分だったでしょう。僕は何一つ許していませんからね」


「ザコル」


 タイタの陰から出て視線をやるとザコルがビクッとした。


「ミ、ミカ」

「それ以上ザッシュ様を責めたら私が許しませんから」

「いや、ミカ殿、あなたはおれに気を遣わなくていいんだぞ」

 ザッシュが慌てて宥めようとする。


「いいえ、ミカをそのような恥知らずだと思わないでください。お兄様は女性が苦手だというのに迷いなく身を呈して庇ってくださったんですよ。そんなお方にこれ以上失礼な事を言うようであれば私はもう口をききません」


「そんな、ミカ…!!」

「な、何だあの圧…っ、フ、フン! コリーに生意気な口を!」

 焦るザコルに、強がるようなことを言うザハリ。


 ザッシュに対しては、変な女の手駒になるよう言われた挙句、先の治癒現場にも立ち合わせていて、ただでさえ精神的に負担を強いているのだ。そんな人に追い打ちをかけるなんて断じて許さない。


「姫、珍しくブチギレてんじゃねえか。お前は普段からそれくらいキレてろ。ほら、犬が屋根ぶち破った集会所だぞ」


 コマが指し示した建物に目を向ける。


「ここなんですね…」

 私は敷地の中へと足を踏み入れ、ゆっくりと、下から上へと見上げた。


 カリュー町民の集会所であり『最初の避難所』だった場所は、水害発生の翌朝、急な増水で一気に浸水し、多くの避難民が命の危険に晒された場所だった。朝方に到着したザコルが屋根を破壊した事で、奇跡的に全員助かったと聞いている。


 建物の形は留めているものの、窓や扉は損傷し、中も外も多くの泥や瓦礫に侵されたまま手付かずで放置されているようだった。

 それはそうだろう、まずは門や城壁、そして民家、荒れてしまった生活用水路など、先に処置すべき場所はたくさんある。この屋根の壊れた集会所は、きっとこのまま冬を越す事になるのだろう。


 水害大国日本では毎年、川の氾濫などで様々な施設が浸水の被害に遭っている。それが病院や養護施設、介護施設など多くの人が集う場所であれば、必ず多くの人が命の危険に晒される。当事者でなくとも、日本人ならば何度もニュースで目にしているはずだ。

 そういう痛ましいニュースに触れる度、タイムリーに屋根をぶち破って手を差し伸べてくれるようなヒーローが現れたらいいのにと、妄想したのは私だけでないはず。


「ザコル」

「はい、ミカ…」

 サッと私の横に来てくれた。ザハリは面白くなさそうに建物から離れた場所をうろついている。こっちに近づきたくない理由でもあるんだろうか。


「ありがとう。ここまで救いに来てくれて」

「ミカ」

「本当に、本当に間に合って良かった…」

「ミカ、どうしてまた、そんなに泣くんですか…」

「そんなの、あなたがヒーローだからに決まってるじゃないですかあ…」


 ザコルがハンカチを取り出す。ザッシュにベタベタするなと叱られたからか、私がキレたからか、私を抱き寄せるかどうかを迷っているようだった。


「ミカ殿は、想像や予測の力に優れているのだな。これを見て、当時の惨状を正確に思い描いているのだろう」

 ザッシュが壊れた扉に手をかけて集会所に足を踏み入れる。


「ミカさんはここに来る前から、ってか濁流見た瞬間から予想してたらしいすからねえ。故郷が水害大国なんだそうですし、それこそ手遅れになったパターンもたくさん知ってるんじゃねえすか」

 エビーもザッシュについて建物内に入っていく。


「ミカ殿、足元にお気をつけください」

 タイタが強度を確かめるかのように先に床を踏んで確認し、どうぞと手で指し示した。

「ありがとうタイタ」


 私がハンカチを握りしめて入ると、ザコルも後ろからついてきた。

 ザハリは建物に入る気もないようだ。


「タイタ、凄いねえ。きっとここも聖地になっちゃうよ」

「屋根の中心が……!」

「そう、すっぽり消えてる。素手で何をしたらああなるのかねえ…」


 集会所の中は、屋根の消えた部分から日光が差し込み、とても明るかった。


「ここはしばらく修繕できずに放っておく事になる。集いの奴らからもせめて夏まで取っておいてくれと頼まれているしな。よく分からないが、仲間を連れてこれを見に来たいのだそうだが…」

 ザッシュが理解できないという顔をしつつ、集いの奴らには世話になっているからな、春になったら周りの掃除くらいはしてやろうと皆が話している、と語っていた。


「シータイにいる同志や、オリヴァーもきっと見たいって言うだろうねえ。写真…はないから、絵が描ける人がいればぜひ記録しておいてあげてほしいよ」

「そ、それは素晴らしいお考えですミカ殿! 絵師を! 絵師を呼びましょう!!」

 同志には色んな職業の人がいるらしいので、中には絵の描ける人もいるんだろう。

「もちろん許可がもらえたらだけどね。特に壁の方は勝手に記録したら軍事的な意味で怒られそうだし」

「おっしゃる通りですね! 後でイーリア様かカリューの町長殿に、同志の一人という立場で相談いたします!」


 非常時に不謹慎なとも言われるかもしれないが、ここや壁以外にも何カットか描いてもらえれば災害の記録としても有用なものになるかもしれない。私からもお願いしてみよう。


「ミカ、あの…」

「何でしょうか、ザコル」

「い、いえ…」

 目を逸らすザコルを見て、思わず溜め息をつく。

「おい姫、もう行くぞ」

「はいコマさん。今出ます」

「待ってくださいミカ!」


 集会所の非現実的な光景はもう少し眺めていたい気もしたが、いかんせんもう時間がない。

 私達は被害が最も大きかったという、商店などが立ち並ぶ町のメインストリートへと急いだ。



 メインストリートは、思ったよりも片付けが進んでいるようだった。

 水の都らしく噴水施設が設けられており、その周りはしっかり掃除されて綺麗な水も噴き出ていた。噴水なんてと、後回しにされていないのは意外だ。


「ザッシュお兄様、この噴水って動力はどうなっているんですか?」

 電気を使ったポンプはあるわけがないし、この非常時に人力のポンプで稼働させているとも思えない。

「動力? そんなものは無い。これはアカイシ山脈を水源とした用水路を利用していてな、高低差で自然に噴き出る仕組みになっている」

「高低差…サイフォンの原理! なるほどお!」


 ザッシュの言う通り、高い所から傾斜を付けて水を流し、低い所で上に噴き出すような仕組みを作ってやれば、動力なしでも水を湛え続ける噴水ができるだろう。理科でも習う初歩的な理論だ。昔、祖母が長年飼っていた金魚の水槽の水を換える際などにも、ホースで高低差をつけて活用していた。


「ほー、田舎のくせにやるじゃねえか。こんなん、貴族が金にあかして作った庭くらいでしか見た事ねえぞ」


 コマの言う貴族が金にあかして…というのは、人力ポンプを使ったものだろうか。それとも、庭の外からわざわざ傾斜をつけて川から水を引き込む、とか…?

 いやいやまさか、そんな地形をいじるような大工事、いくらかかると思って……そういえばテイラー伯爵家の庭でも噴水を見たような…。うん、考えるのはよそう。


「サイフォンの原理…。この仕掛けをミカ殿の国ではそんな風に呼ぶのだな。ここが山裾で、水と傾斜に恵まれた町だからこそ実現したものだ。こうした仕掛けがあれば町の者も癒されるだろうとおれが考えて作った。見てくれ、憩うだけでなく、洗濯や水汲みもできるようにと水溜まりを広く取り腰掛けも作ったのだ。町を片付けるならば、まず用水路とここが機能しないと話にならないだろう。穴熊達には真っ先に掃除をと指示したのだ」


「お兄様が手掛けたものだったんですね。早速作品に触れられるなんて嬉しいです。……ああ、洗濯はここで、排水はあっちなんだ、水汲みはこっちで。わー、凄い合理的。このレンガの装飾も可愛らしくて素敵ですねえ」


 腰掛けに座ってみる。皆ここで楽しくおしゃべりでもしながら洗濯するんだろうか。


「金槌、他にも噴水ってやつはあるのか」

「あるぞ。同じ水源の用水路を二つに割って、このメインストリートの両端に水場を配置する形で町を設計しているからな。こちらの西側の噴水と対になるような形で、東側の噴水も造ってある」

「きっとそちらのデザインも凝っているんでしょうねえ。見るのが楽しみです」

「ふふん、自信作だ。楽しみにしていろ」

 ザッシュが腕を組んで胸を張る。タイタを挟んでいるため半分程しか姿は見えないが。


「仲良くなっちまってまあ…」

 エビーがニヤニヤとこちらを見ながらザコルを肘でつついている。

「どうすんすか猟犬殿ぉ。コマさんの次はお兄様に取られそうっすけどー」

「やめろエビー、僕を煽るな。…何が悪かったのか、何もかもが悪かったのか、僕の残念な想像力ではさっぱり判らないんだ」

「マジで言ってんすかねこの馬鹿兄貴は…」

「おいお前エビーとか言ったか、コリーに馴れ馴れしいぞ。僕を差し置いて兄呼ばわりするなんて不敬じゃないか。あのタイタとかいうのの態度を見習え!」

「だそうですけどぉ、どうしますコリー殿」

 はああ…深いため息が聴こえる。

「ザハリ、エビーにも突っかかるな。こいつまで怒らせてミカに付かれたら僕に勝ち目なんてない」

「何言ってんすか。俺なんかついてもつかなくてもミカさんには勝てませんよぉ」

「あ、あの女、それ程の実力者だっていうの…!?」


 何やら誤解しているらしい双子の片割れをチラッと横目で見たら、ザコルの後ろにシュッと隠れた。



 噴水を見ていたら、カリュー町民の女性達が水汲みにやってきた。

 彼女達は双子が揃っているのをチラチラと物珍しそうに見つつ、私に向き直ってお礼を言った。


「お湯を届けてくださり、ありがとうございました。毎日手がかじかんで仕方なかったので、今日はもう天国みたいでしたわ」

「まだ樽に水は残っていますか?」

 女性達が抱える桶に魔法をかけてやりながら問う。

「ええ、大事に大事に使っていましたから。大分ぬるくはなってきておりますが」

「じゃあ魔法かけ直しに行こうかな。ついていってもいいですか」

「もちろん結構ですけれど、まだうちもかなり散らかって…」

「いえ、ここが一番酷かったと聞いていたのに、思いの外片付けられていてびっくりしていた所ですよ。皆さん、町を大切にしてらっしゃるんですね」


 女性の一人がおずおずと進み出る。


「あ、ミ、ミカ様、個人的な事なのですが…。うちの姉が子供と一緒にシータイに運ばれておりまして、その、ご存知かと…」

 私は肩掛けカバンから、子供達から託されたメモを取り出し、彼らの名前を順番に読み上げた。

「…あっ、今ミワとおっしゃいましたか!? きっと姪です!!」

「ミワちゃんですね、私達と一緒に一生懸命字の練習をしていましたよ。そこの猟犬さんの膝に入って」

「えっ、猟犬さんというと、ザコル様のお膝に!? そ…っ、そうなんですか、姪が大変お世話になりました」


 女性は明らかに引いたような顔をしたが、すぐに取り繕った。


「私とは一緒にお風呂に入ったりもしました。とっても素直で可愛らしい子ですよねえ」

「ミワは、何度失敗してもめげずにドングリを投げ込んでいました。努力が得意なタイプですね」


 コメントが完全に担任の先生のそれである。ドングリ…? と女性は訝し気な表情になる。


「ミワちゃんのお母様とは、何度か一緒に早朝訓練をしています。シータイでは同じく子育て中の女性達とも仲良くなったみたいで、今朝も見事な手合わせを披露していましたよ。かなりお強いですよね」

「姉は元々他領のご令嬢付きの戦闘メイドをしておりましたので。それにしても元気になったようで安心いたしました。こちらを発つ時は低体温で二人ともかなり衰弱していたので…。ミカ様、色々とお世話くださったと聞いております。本当に、何とお礼申し上げたらいいか…」


 何だその戦闘メイドとかいう滅茶苦茶カッコいい役職名は…。シータイに戻ったら話を聞いてみようかな。


 訊ねてきた妹さんの名前を聞き、メモに書き込む。

 お父さんや友達を探してと言っていた子達の話をすると、おそらく町長屋敷で療養しているのではとの返答だった。子供ならばきっとあの子だろう。手紙を渡すよう頼まれているので、町長屋敷の使用人に託そうか。お父さんはどの人か判らないが、最悪町長に渡せば届けてくれるだろう。


 女性達の後にくっついてメインストリーから一本奥の道に入ると、見知ったシータイの町民が何人か片付けを手伝っていた。彼らは、午前中に私に突っかかったザハリを警戒するようにチラッと見た。


「おうミカ様にコマさん、見ろよ、この辺りの店は俺らが手伝ってやったからな、今日一日でこんだけ泥かき出してやったぜ!」

 お馴染み野次集団の三人組だ。汗と泥まみれだがいい笑顔だ。

「おー、励んでんなお前ら」

「わあ、泥が山みたい! 流石ですね、お疲れ様でした」

「俺らは今日野営して明日もここ手伝うつもりなんだ。明後日には営業再開させてやんよ!」

「ふふっ、まだ品物が揃いませんよ。あ、ミカ様、樽の一つはここに」


 樽にはまだ半分程水が残っていた。今日はもうそろそろ作業終了だろうが、手足や顔なども清めたいだろう。せっかくなので一度熱湯にして完全に殺菌し直し、氷を足して湯温を調整しておいた。

 野次集団三人組の一人に案内してもらい、他の樽の場所も回った。ほとんど使い切ったという所も多かったが、残っている場所は同じように熱めに調整しておく。

 商店や民家に散って手伝いをしているシータイ町民や、一時シータイに避難していたカリュー町民達が集まってきて声をかけてくれ、それぞれの進捗を賑やかに報告してくれた。

 先程の女性のように、シータイに避難している者の近況を聞きたがる人もいて、分かる限りで話した。元気そうだと分かると、皆一様に笑顔になり、涙ぐむ人も多かった。


「ミカ殿、そろそろ義母が探している頃だろう」

「あ、そうですねお兄様。シータイの人達は今日ここに残ってくれるんでしょう、私も近い内にまたここに来られるかイーリア様に相談してみます」


 お疲れ様、ありがとう、お気をつけて。そんな声と共に見送られながら、私達はメインストリート周辺を後にする。ザッシュが言っていた東側の噴水も見学する事ができた。



 全員でぞろぞろと町長屋敷の方向へと歩く。

 氾濫した川の辺りまでは行けず被害状況は確認できなかったが、今日のところは避難所まで戻って清拭用のお湯を沸かせれば充分役目を果たせたと言えるだろう。もしもまたすぐここに来られるなら、町民達に混じって現場の片付けも手伝いたい。お湯を用意する以外にも、私にできることはないか考えてみるのもいい。


 浸水地区の外れにも瓦礫の一時置き場があり、きっと元は家具や家の一部だったそれらが無造作に積み上げられていた。ある程度集まったら壁の外に移動させ焼却するのだという。皆に少しだけと待ってもらい、私はその瓦礫の山の前で手を合わせた。


 思い出の詰まった物も多くあったはずだ。だが、泥を被り、傷み壊れたこれらが持ち主の元へ帰る事はもうない。売却後にあっさりと壊されて無くなってしまった祖母の家が重なり、今日何度目か分からない涙が頬を濡らした。


「次に来るならやっぱりもっと早くに出ないとダメですね。それか野営の準備をしてくるか…」

「あなたが泊まるなら最低でも町長屋敷だぞ。警備の上でも、野営などさせられない」

 ザッシュがタイタの陰から身を乗り出して言う。セーフティゾーンはお兄様に再び譲っていた。

「そうですか…。確かにそうですよね」


 もしかすると、私が同志村に泊まったのはかなりギリギリの線だったのかもしれない。当時シータイの町長屋敷が怪我人で溢れかえっていたせいでもあったが…。


「これは、知らない内に自警団やモリヤさん達にの仕事を増やしていたみたいですね…」

「ミカはそんな事気にしなくていいんです。言ったでしょう、あなたに気負わせないでいられたら皆も本望だと」

「ザコルが、私だけでも町長屋敷に泊まってはと言ってくれた事があったでしょう。その時によく考えればよかった」

「僕はただ、ミカが眠れない様子だったからそう言っただけで…」


 まあ、ザコルは純粋にそういう気持ちで言っていたんだろう。警備面などに配慮が及びきらなかった私が悪い。


「ミカ、また思い詰めたり我慢したりしていませんか。僕が悪いのなら…」

 ザコルがシュンとしている。何故か耳や尻尾が垂れている幻聴まで見える。少し気の毒になってきた。

「あの、何を誤解してるか知りませんが、私はザッシュ様に対する態度に物申しただけで、思い詰めたりなんかしていませんよ」

「では何故、ずっと…」

「もうよしましょう。私は大丈夫です」

「ミカ」

 フイっと前を向く。


「おい女、僕のコリーを無視するな、お前の態度が悪いからコリーが『護衛として』わざわざ気に掛けてやっているというのに」


「知ったような顔で語らないでくださいますか。ザハリ様」


 振り返ってにっこりと笑うと、ザハリはまたシュッとザコルの後ろに引っ込み、ザコルは完全に顔の色をなくした。



つづくう

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