お姫様の時間
さあさ、とザコルはミリナに背を押され、また部屋を追い出されてしまった。ちょっと寂しいが、今はミリナとの時間を楽しもうとすぐに切り替えた。考えてみたら普通に役得だ。
「ミリナ様。あの、この不浄の期間? って、異性と会っちゃいけない的なルールでもあるんでしょうか」
「そんなルールはありませんよ。ですが、あまり無遠慮に踏み込まれたくはないでしょう?」
「まあ、それはそうですね。ちょっと恥ずかしいですし」
「恥ずかしい……そうですか。ミカ様の世界では、この期間を『不浄』と表現なさるのね」
彼女が少し悲しそうな顔をしたのを見逃さなかった。しまった、『不浄』扱いはむしろタブーだったろうか。
「あ、あの、私自身汚いものとは考えてませんし、現代ではそこまで言われることはないんですが、過去に、そう考えられていた時代があるんです。未だにこの件に関して、知識を持たない、理解しない男性もいますし、女性も恥じらうのが普通、という空気の方がまだまだ強くて…。上の世代だと、いやらしいものだと勘違いしていたりする人もいて」
災害時に、支援物資として生理用品が送られてきたのに、その場を仕切っていた年配男性が『不謹慎』だからとクレームをつけて送り返してしまった、という話は聞いたことがある。あまりに無知だと叩かれてはいたが、女性の生理について、知識を与えられなかった世代の人でもあったのだろう。その頃くらいから、日本では世間の生理への配慮不足についてより真剣に議論されるようになったと思う。
「いやらしい、ですか。随分と子供っぽいというか、そんな考え方をする男性もいるのね。平民で、結婚の機会がなかった方なのかしら?」
ミリナが首を傾げる。無知に呆れるというよりは、ズレた認識を持ってしまった経緯の方が気になるようだった。
オーレンからは、この世界では貧しさや産まれた順番などから、当たり前に結婚できない者も多いと聞いている。貴族であれば、血を残すために性に関することは男女ともに一定の知識を授けられることが多いものの、それは決して『普通』ではないのだ。
なるほど、妻帯の経験がない、する予定もない人であれば、女性の体について知る機会はない。日本のおじさんは妻がいても知らなかったと思うが。
「私は母に『お姫様の時間』と教わったのですよ」
「お姫様の時間? こっちではそんな風に呼ぶんですか?」
「いいえ、きっと我が家だけの呼び名かと思います。母は、大人の仲間入りをしたお姫様が、神様から尊くて特別な試練をいただく時間なのよ、と私達姉妹に言い聞かせていました。我が家では、その期間がきたら何か一つだけわがままを言っていいことになっていたの。ささやかなわがままを、一つだけ。だから、つらくても少しだけ楽しみだったわ」
神の試練か。つらさは変わらないかもしれないが、不浄扱いされるよりはずっといい気がする。
「わがまま、いいですね。私もザコルにわがまま聞いてもらおうかな」
彼は、自分が鍛錬を強いたせいで私の周期がおかしくなったと思い込んでいる。それが主な原因であるとは思えないのだが、軽めの贖罪でもすれば気が収まるかもしれない。
「ザコル様に? 何をねだるのです?」
んー、と少し考えて、ふと枕元に置いていたマフラーが目に入る。
「うん、これにしようかな。彼には、私が作った物をもらってほしいと頼んでみます。料理は絶対食べてくれるんですけど、縫い物や編み物は、汚したら嫌だからと受け取ってくれないんです。私にはいっぱいくれるのに……」
もふ。私は、ザコルが編んだマフラーを手繰り寄せ、頬擦りした。あったかい。
ふと見ると、ミリナが胸元を押さえて苦しそうな顔をしていた。
「えっ、ミリナ様? どうされたんですか」
「だ、だって、本当に、ささやかで、あんまり健気で…っ」
わっ。ミリナが両手で顔を覆う。また泣かせてしまった。
「あ、えーと、そうだ。ミリナ様は、親御さんに何をお願いされたんですか?」
「私は毎回同じよ。お母様にね、眠るまで髪を撫でてほしいとお願いするんです。『お姫様の時間』が来るような歳では、親に寝かしつけてもらう機会なんてないでしょう? 私ったらいい歳をして、甘えん坊だったのよ」
きゅううん。
「ミリナ様だって健気すぎるじゃないですか! かわいい子にそんなことお願いされたら泣いちゃうんですけど!?」
「だ、だって、ほしいものなんて他になかったのよ! あの頃は特に、姫騎士様の本と剣があればそれで充分で」
……………………。
私達は顔を見合わせた。
「ザラミーア様だったら、寝かしつけもしてくれるでしょうけど、他に何かないの考えなさいと言われそうですね」
「ミカ様こそ、ザコル様に叱られるわ。ミカ様のわがままを聞く気でいたのに、僕がもらってどうするんですか、って」
プンスカとする『あげたがり』の母子の姿が思い浮かび、私達は苦笑した。
「じゃあ、叱られない程度の『わがまま』をあらかじめ考えておきませんか。いざとなったらそれを出すってことで」
「それは名案ね。お義母様もザコル様もきっとご満足なさるわ」
よし、と私達は拳を握った。
二人で頑張って案を出し合っていたのだが、途中、どこかに潜んでいたサゴシが「それ本当に『わがまま』だと思ってるんですか!?」とツッコミながら乱入してきて、男子禁制を掲げるミリナにこっぴどく叱られる羽目になった。
つづく




