いいからとっとと黙って出ろくださいませ
その後。
オーレンの執務室を後にした私達は、まだ沸かしていなかった風呂を回って全ての湯船を熱い湯で満たし、ついでに自分達の入浴を済ませた。
お昼からずっと餃子にパンケーキと、重いものばかり大量に食べていたので夕飯はキャンセル。食べ盛りの護衛達にだけ、軽食を届けてくれるように頼んだ。
自分は食べないつもりでいたが、ライ麦パンの美味しそうなサンドイッチだったので、ザコルの分を一口だけ分けてもらった。白い小麦の料理やパンももちろん好きだが、私は子爵邸で焼かれているこのライ麦のパンが大のお気に入りだ。
ミイ!
「ん…………」
ミイミイミイ!
耳元で聴き慣れた鳴き声がする。薄目を開けると、もふもふとした白い毛がうっすら視界に入った。
「…………ミイ? あれ、どしたの……」
「ミカ、起きましたか」
「ん……ザコル?」
ザコルは一緒に寝ていなかった。ベッドサイドの椅子に腰掛けて私をのぞき込んでいる。
「体調は」
「たい、ちょう…? あれ?」
窓の方を見れば、白くぼんやりと光っていた。
どうやら寝坊したらしい。いつもの起床時間なら窓の外はまだ暗いはず。窓にこびりついた雪ではっきりとは見えないが、音から察するに、外はまだ吹雪が続いているようだった。
背を支えられ、ゆっくりと身体を起こす。
「白湯を」
「ありがとうございます」
差し出されたカップは、魔法をかけなくともじんわりと温かかった。肩にブランケットを掛けられる。至れり尽くせりだ。
「すみません、かなり寝過ごしたみたいで」
「そんなことはいいんです。深く寝入っていたので僕も敢えて起こしませんでした。体調はどうですか。昨日もどこか食欲がなさそうに見えましたし、それに」
ミイ、ミイミイ?
ミカ、元気ない?
「ううん、元気だよ。まだちょっと眠たいけど…。すぐ起きるね」
「眠いなら寝ていればいい」
「でも」
「疲れが出たのでは。ここ最近は特に色々と」
「……あっ」
「どうしました?」
「……………………あの」
「何ですか」
「あの、えっと、メ、メリーを、呼んでくだ」
スッ。
「お呼びでございますか」
「しゃべ…っ」
久しぶりにメリーの声を聴いた。最後に聴いたのはもう十日以上前か。私がダイヤモンドダストでやらかして以来、彼女はずっと『語彙を失った』状態のままだった。
すん、ザコルが何かを嗅ぎつけたように鼻を鳴らす。
「……? ミカ、もしや、どこか怪我をしていませんか」
かあ、と私は顔が熱くなった。
「その様子、図星では」
「違っ、あの」
「ザコル様。部屋からお出になってください」
「メリー、ですが今、ミカから」
「早く出てください。続き部屋の騎士お二人と、その他有象無象もです」
ぐいぐい。メリーがザコルを私から離そうと押し始めた。びくともしていないが。
「え、なんで?」
続き部屋の扉から様子をうかがっていたらしいエビーが顔を出す。
「エビー、廊下に出るぞ」
その向こうでタイタの声がする。
壁からぬるり、有象無象扱いされたサゴシとペータも出てきた。
「え、なんで?」
「サゴシ様、あの、おそらく、えっと」
「何だよペータ」
「いいからとっとと黙って出ろくださいませ!!」
どたばた、男達はメリーの剣幕に圧され慌ただしく廊下に出ていった。
「朝からごめん。ありがとうね、メリー」
「いいえ。どうかお気になさらず。メイド本来の仕事でございます」
メリーは汚れた衣服などをまとめ、かごに入れた。
「そうだった。メリーはメイドちゃんだったね。最近は従僕だったり影だったり色々だけど、ここまでついてきてくれて、ずっと側にいてくれて、本当にありがとう」
「お、お側に置いていただけて感謝するのは私の方でございます!」
よかった、普通に会話してくれる。このままずっと喋らなかったらどうしようかと思っていたのだ。
「ううん、女の子が近くにいてくれるってだけで安心感が違うからさ。秘密を預けられる女の子の従者は今のところ君だけだしね。汚れ物まかせて申し訳ないけど、その洗濯物の扱いも気をつけて」
涙ではないが『体液』だ。同じ効果をもたらす可能性も充分にある。
「もちろんでございます。あなた様の血の一滴、涙の一滴。誰の目にも手にも触れさせることなく処させていただきます」
「あ、うん。よろしく……」
血とか言わなくていいから、と喉から出かかったが飲み込んだ。
メリーが退出していくと、ミイが私の肩に乗ってくる。
ミイミイ。
ミカ、元気でた?
「うん、病気とかじゃないから大丈夫。むしろまた一歩健康に近づいたかもしれない」
ミイ?
白リスは首をかしげた。かわいい。
「ミイ、こんな吹雪の中ここまで空間を渡ってきたの? 魔獣舎と子爵邸って一度で渡れる距離?」
ミイミイミイ…
何度かに分けて渡った。人間と違って寒いのは平気だから関係ない。
「そう。私が体調悪そうだから様子見に来てくれたんだよね。来てくれてありがとう、ミイ」
ミイミイミイ!
ミリナ呼んでくる!
「あっ、別に大丈」
どろん、言うが早いか、白リスは煙となって消えた。
数分後には、過保護軍団次席に君臨したお姉さんが色んな温めグッズを持って登場した。
つづく




