生意気に
「シシ先生、いつまで反省してるんですか、いくら絨毯の上でも床は冷えますよ。立ってください」
「いいや私は反省しているのです。人前で涙を見せるなど根性が足りん」
頑として床を動かないシシである。ザラミーアの説明では、イーリアに座るよう勧められたもののソファに座る資格はないとか言って床に正座しているらしい。
仮にもこの人、旧王朝直系の王子的な人なんだよな…。本人はよく平民だと主張しているが。
「先生、サモンくんと再会した時なんか普通に号泣してませんでした?」
「それは当たり前だ、サーマル様の尊きお姿を見て涙するのは自然なことですからな」
「私のために泣くのは自然じゃないと」
む。眉間に皺が寄る。
「あ、あなた様が! 子供らしくないことばかり言うから!」
「私、結構いい大人なんですよ」
「第一王子殿下と同じ歳でしょう、ほら、まだまだ子供だ」
「二十六歳児捕まえて、一体何言ってるんでしょうかねえ」
「わ、私から見ればの話だ!」
プイ。
私は頑なに膝の上で握られたシシの手を取った。それにびっくりしたのか、信じられないものを見る目をされた。
「ほら、立ってください」
「やめなされ、そこの最終兵器が邸を破壊してしまう」
ゴゴゴゴゴ……。確かに圧力は感じるが、まだ止めに入る様子はない。
「いくらなんでも、親戚のおじさんの手を取ったくらいでそんなことしませんよ、多分」
「親戚の、おじさん……」
「カオリ・ホッタ・ツルギという人とシシ先生がどういう関係にあたるかは判りませんが、少なくとも遠縁くらいではありますよね?」
「………………」
「その人が、シシ先生の従姉妹のカオリさんかどうかはまだ判りませんよ。同名の別人である可能性も否定できないですから。ツルギ山にいない可能性もあるし、今も日本……異世界で、元気に暮らしてるかもしれませんよね」
その場合『香織』は自分の意思で私を置いて行ったことになるが。
つい俯いた私の頭に、ポンと手が置かれる。
ワシャ。
「え」
ワシャワシャワシャワシャワシャワシャワシャ。
「わ、わ」
「無情な親に育てられた子供が、こんなに生意気に育つものか」
「ちょっ」
シシがあまりに力強く撫でるので視界が揺れる。
「こんなに、こんなに、生意気に…………っ」
声に嗚咽が混じる。今朝もザコルが丁寧に編んでくれた髪がどんどんクシャクシャになっていく。
私が無体を働かれているのに、誰も彼を止めなかった。
「……生意気に、よくぞ、育ってくれ、て………………」
シシはそこで言葉を切り、その場でうずくまるようにして泣き崩れた。
「そーんでよお、オッサンはなんで泣いちゃったわけ、ぜーんぶ吐いちまえよお」
グイグイ、チャラ男がフォークに刺したパンケーキをシシの口元に押し付ける。
「やめろと言っているだろうこの酔っぱらいがっ、これ以上は話せないと言っている!」
「エビー、シシ先生の顔がバターまみれになっちゃうからやめたげて」
「なんだよせっかく上手く焼けたんだから一口くらい食えよおお」
エビーは『詫びパンケーキ』を半ば無理矢理シシに食べさせようとしていた。
ベーキングパウダーなんてものは無さそうなのにどうやって焼くのかと思ったが、卵白でメレンゲを作って混ぜ込むことでふわふわに仕上げたらしい。一口食べたが普通に美味しかった。流石はエビー、さすエビである。
「私は先ほどのギョーザで胸焼けしているんだ! これ以上は食えん」
「はああ? そんなんじゃ大っきくなれねーぞオッサン! ですよね坊ちゃん方!」
「そーだぞ!たべねーとソンするぜイシャセンセー!」
「はちみつとバターがいっぱいでおいしいです!」
餃子を山盛り食べていた少年達は、山盛りパンケーキもガツガツ食べていた。流石、ザコルの甥っ子達である。
「生クリームもたんまり泡立ててきたからなあ、盛り放題だぞお!」
あははははははは。酔っ払ってるな…。
「なかなか美味ですよ。一口くらい食べたらどうですか、シシ」
「あなた様も大概ですな…」
シシは、少年達に並んでパンケーキをガツガツ食べているザコルを呆れ果てた顔で見た。そのパンケーキに蜂蜜をドバドバとかけてやっている私のこともだ。
「ははは、今日も今日とていい食べっぷりだなあ。俺が焼いたパンケーキも食え、ザコル」
「大分焦げていますね…。でも、まあいただきます」
ザコルは、大分というか、かなりというか、見えている箇所は全て焦げているパンケーキの皿をジーロから受け取り、構わず食べ始めた。
「ふむ。中は普通においしいです」
「ザコル、せめて外側の焦げているところは取ったらどうですか。私が取ってあげましょうか?」
「ミカは過保護ですね。焦げたものを食べたくらいで死にませんよ」
過保護とか過保護大魔王には言われたくない。
というより、この一族には、発ガン性物質とかも蓄積しないんだろうか。いや、この人に限っては私の魔力を体内に貯めているので、蓄積したとして癌ができることはないかもしれないが。
「うーん、今年の冬は賑やかでいいなあ」
「テイラー伯にいただいた小麦を随分と使い込んだようだな」
「来年、シータイから林檎を贈らせましょう。きっとお喜びいただけるわ」
「それ、喜ぶのはザコルじゃないかい」
領主の執務室がパンケーキパーティの会場と化したことは気にも止めず、マイペースに談笑している領主夫妻達である。
「セオドア君がね、お礼ならネギの作り方を教えてくれたらいいって。味が気になるらしいよ」
オーレンは穴熊を使って普通にテイラー伯セオドアとおしゃべりしているようである。穴熊を外に出すのをあんなに渋っていたのに…。
私達も、明日セオドアと交信する予定が入っている。彼と話すのは、テイラー伯爵邸を出発して以来だ。
つづく




