詫びパンケーキ
「姐さん、俺、パンケーキ作ってきていいすか」
「え、なんで」
「センセーに詫び入れてきます」
「そんな、急にヤンキーみたいなこと言って」
「エビー! ケーキつくるの? ぼくもつくる!」
「いいなあ、おれもつくりたい」
「よっしゃ、行くぜ坊ちゃん方あ!!」
酔っ払いのチャラ男改め、酔っ払いヤンキーは少年達を率いて道場を飛び出していった。
「全く自由ですね……」
ザコルはそんな彼らの背中を見送りつつ溜め息をついた。
「まあ。いつもはエビー様がザコル様にそうおっしゃるのに」
「あの男だって、大概自分のしたいようにしかしていませんよ。僕には及びませんが」
ふふぅっ、とミリナが吹き出す。
「ミカ殿」
「タイタ」
ボードゲームで少年達の注意を逸らしていてくれたタイタが側に戻ってきた。エビーと入れ替わるように。
「タイタさん、あの子達の相手をしてくださってありがとうございます」
ミリナが律儀にお辞儀する。
「お礼をいただくには及びません。お二人ともあのお年にしてはお強く、こちらが何度も負けそうになる始末でございました。以前、ザコル殿とミカ殿の一局を拝見して以来、ぜひあの高みを目指したいと密かに練習などしていたのですが…。俺が登り詰めるよりも、イリヤ様やゴーシ様に教えていただく日の方が近いかもしれません」
シータイを出る前日、私達は呑気にもチェスっぽいボードゲームに熱中していた。
もちろん、その間に染髪や散髪などでメンバーがイメチェンを図ったりしていたのだが、私とザコルに関しては特に髪をいじる必要がなく、有り体に言えば暇していたのだ。
同じく髪をいじらなかったエビーやザッシュも一緒に遊んでいたのだが、いつの間にかザコルと私で頂上決戦を行う流れになっていた。そしていつの間にか観戦者が増えて盛り上がっていた。
「ザコル様とミカ様の一局? お二人はそんなにお強いのかしら」
「ええ、あれほど皆が熱狂した瞬間も他にないと思えるほどでございました。嗜み程度にしか指せない俺では、その凄さが語りきれぬほどで」
たはは、とタイタは情けなく頭を掻く。
「私もルールくらいしか知らないわ。イリヤに教えたのは私なのに、私ではもう勝てないのよ」
「ゴーシ様はイリヤ様に習ったとおっしゃっておりました。人に教えられるほどルールをしっかり理解なさっていらっしゃるとは。全く有望でございますね」
タイタとミリナは何事もなかったかのように談笑し始めた。
普段は天然っぽいやわらかな雰囲気を醸している二人だが、こういうところはいかにも貴族出身者という感じがする。
「それで。私はいつ、コマちゃんと一緒に『山』へ行けばいいのかしら」
「えっ」
にこ。ミリナは底の知れない、しかし慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
「いいのですよ、どうか甘えてくださいな」
にこにこ。
「……ミリナ様、何か怒っていらっしゃいます? すみません、私が大事なことをお伝えしていなかったからですよね、いずれとは思っていたんですが……」
自分がツルギ王朝の血を引いている可能性が高いということは、既にエビー、タイタ、サゴシに限り打ち明けてあった。
ザコルの言う通りだが、この件は私がこの世界に喚ばれた理由に関わってくる可能性がある。私の召喚に関する調査はテイラー家の主導だ。重要なパズルのピースを握った以上、報告した方がメリットが大きいと私は判断した。
ちなみに、サカシータの人間である穴熊、ペータ、メリーにはまだ話していない。必要がなければ、今後も話すことはないかもしれない。
ただ、ツルギ山に同行してもらうことになりそうなミリナには、機をみて『母親が山の民として生きているかも知れない』ことだけは話そうと考えていた。シシがカオリを話題に出さなければ、今話すつもりはなかったが。
「? まさか。ミカ様に対して思うところなどありませんよ。ただ、親をなくした子をなじるような輩が『山』にいるというのなら、先にお掃除してきて差し上げようと思っただけなの。私、家事は得意なんですよ」
ちゃき、ミリナは腰のベルトに穿いたレイピアをわずかに鳴らした。
「……えっ」
聴き間違い、見間違いだろうか。いや、多分そうだ。気のせいに決まっている。
「私どもが先にあちらへ赴き、これならばお迎えできると判断できましたら、改めてお連れすることも考えましょう。判断がつかないようであれば代わりに調べてきてさしあげます。大丈夫、ミリュー以外の子も連れて行くつもりですし、コマちゃんもきっと私の『お願い』を聞いてくれますからね」
「ちょっ、ちょちょちょちょ待っ、やっ、『山』に喧嘩売りに行く気ですか!?」
「喧嘩ですって? まさかまさか。あちらもきっと喜んで協力してくださるはずですもの。喧嘩になるだなんておかしいわ」
うふふふふふ。
どうしよう、マジだ。
「どうしよう!?」
私は思わずザコルにすがった。
「落ち着いてください、ミカ。ミリナ姉上も」
「まあまあ、私は落ち着いていますよ」
「そう見せかけて、相当飲んでいらっしゃるでしょう。何となく既視感があります」
「えっ、酔ってるんですかミリナ様!?」
イーリアに勧められてもいたし飲んではいるだろうが…………あ、目が据わっている。
道理で、さっきから急に泣いたり過激なことを言ったり。そうか、酔っ払っていたのか。
「ですので、酔いが覚めた頃にまた同じようにお願いしますね。ミカに代わって行ってきてくださいと」
「はあ!? 違っ、私は止めてほし」
「ええ、ええ、承知いたしましたザコル様。安心してくださいねミカ様。私達はあくまでも下見に行くだけですからね、うふふふふふふ」
「わあああんタイタタイタ、どうにかして」
私はセーフティゾーンにすがった。タイタはニコニコと穏やかな顔でうなずいた。
「ええ、承知しておりますともミカ殿。ザコル殿。テイラーの人間も一人くらいは下見に同行申し上げるべきではないでしょうか」
「は!?」
「俺とエビーとサゴシ殿で話し合っておきましょう」
「そうですね、お願いします」
「違う、そうじゃない!! さっきから下見下見って言ってるけど、それ『制圧』でしょ!? だめだめだめ、ちゃんと話そう、ちゃんと話しましょう、ほら、当主様も交えて」
「その父上はシシの尋問の続きをしに行ったはずですが。色々と白状する気になったようですし」
「ひぇっ、先生、先生……っ!! ぐぇっ」
シシを助けに行こうと椅子から立ち上がったら、ガッと腹に手を回されて止められた。
どうしてエビーが『詫びパンケーキ』を差し入れるなどと言ったか。
オーレンの目に止まってしまったのは、ある意味エビーが騒いだせいだったからだ。
つづく




