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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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誰が、タヌキだ!!

「それはそれは。また稀有な偶然ですなあ。はは」


 シシは笑顔でそう答えた。


 周りは酔っ払いだらけで、ガヤガヤと賑やかな雰囲気を失っていない。話の内容さえ聴こえなければ、私達が何気ない話で笑い合っているように見えるだろう。なんならさっきミリナが泣き出した時が一番修羅場っぽかった。


 子供達は幸いボードゲームに夢中でいてくれたようで、こちらを振り返ることもない。遊んでくれているタイタに感謝だ。


「ミカ様のおっしゃる通り、全く不思議なことだ。こうして、世界を隔てた場所で同じ名を聞くだなんて。あなた様も驚かれたことでしょう」

「ええ。でもね、何せ全く記憶がないので、以前カオラ様が名前を出していたのにも関わらず全くピンときてなかったくらいなんですよ。薄情な娘なんです、私」


 そんな、と言いかけたミリナをザコルがさりげなく止める。シシは言葉を選んでいるのか、すぐに返事できないでいる。


「あっちの世界の医者には、母親を失ったショックで一時的に記憶に蓋をしたのではと言われました。でも、失踪から十六年経った今も、母がどんな顔で、どんな声で、どんな風に私を育ててくれたのか、かけらも思い出せないんです。私ってば、お母さんが消えちゃって、どんだけショックだったんですかねえ……」


 ミリナが口に手を当ててうつむく。また泣かせてしまっただろうか。


「そうでございましたか。いやはや、やはりご苦労の多い人生を歩まれてきたのですな。あなた様のお優しさや献身の精神は、そういった背景に育まれて」

「先生、王宮でどーでもいい政治家をヨイショするタヌキみたいな顔してますけど大丈夫ですか」

「はは大丈夫で………………誰が、タヌキだ!!」


 くわっ。シシは目尻を吊り上げた。


「先生って、下手ですよねえ」

「何がだ!! これでも三十年以上、かの魔窟で敵も作らず高貴な方々のお側に侍ってきたこの私に何たる言い種」

「ふふっ。やっぱりそうやって怒ってる方がいいですよ。胡散くさい笑顔貼りつけて人をおだててるよりかは」

「誰が胡散くさい笑顔か!!」


 私はシシにもらった薬膳茶の残りをあおる。そしてミリナが持ってきてくれたお茶のマグに持ち替えた。


「あー、今夜は眠れなくなりそーだなあ。先生が下手なせいで」

「おかしな言いがかりをつけるのはやめていただきたい!! 最近はよく眠れているのでしょう」

「ええ、おかげさまで。でも、漠然とした不安に押しつぶされそうな日もありますよ」


 オーレンに、私の母親が『ツルギ』の名を背負っていると聞かされてから、十日ほど経ったか。


「誰に喚ばれたか判らない、ということは、いつまた誰に送り還されるか判らない、ということじゃないですか」

「それは、まあ」


「……こんなにも『一人じゃない』と毎日思える場所から、あそこに、あの現実に、また一人放り出されたなら」


 深夜に一人、コンビニに急ぐアスファルトの道。

 会社以外に自分を待つ場所もなく、ただ、働いて節約して金を作ることだけが唯一、一人じゃないと、家族のために生きていると、そう思える手段だった、そんな仕事漬けの日々。


 放り出されたなら。今度こそ、心折れてしまうのではと、いっそこの『夢』を恨むのではと。

 不安は、和らぐことはあっても、決して消え去ることはない。


「ミカ様……」


 シシの眉が下がる。


「まあ、自分のこと以上に、残してきた最終兵器が何をしでかすかと頭を抱えることになりそうですが」

「それは、まあ」


 ちら。


 私とシシに見られたザコルとミリナは、二人して顔を見合わせた。何言ってるんだろうみたいな顔をするのはやめてほしい。


「私としても、よく分からないまま突然送還されるなんてことは避けたいです。万が一があったとしても、自分にできることを粛々と行って対処したい。ですから、この自分に関することはできる限り知っておきたいんです。私はどうやら『バケモン』級だそうなので、渡り人の中でも特に魔力が多い方なんでしょう。あと、翻訳能力も高めみたいです。後輩風に言うなら『ステ差がえぐい』って感じでしょうか」


 後輩、中田カズキは人が話す言語は問題なく翻訳されて聴こえるが、魔獣の言葉は一つも解らないらしい。


「すてさ…? それが人より抜きん出ているという意味ならば、あなた様の優れた所は天に授けられたものだけにとどまりません。あなた様が凡人であれば、その魔力を扱いきれずに振り回されるばかりだったことでしょう。心身を高め、不調をも恐れず検証に検証を重ね、強大な魔力をこの短期間で完全に飼い慣らしてみせた。その類稀なる集中力に向上心、そして、異常とも呼べるほどの我慢強さ、不屈の心。これらがなければ、魔力過多を起こした時点で旅を続けることすらできなくなっていたはずだ」


 うんうんうん、一緒に旅してきたうちの師匠が首肯している。


「今のは心からの褒め言葉ですね、ありがとうございます」

「あなた様は私を一体何だと思っていらっしゃるのか。……ああ、タヌキでしたかな」


 忌々しそうな顔でそんなことを言うシシに思わず笑う。


「まあ、過去にも強大かつイレギュラーな力を持ってしまった転移者がいないわけではなさそうですが」


 四郎とか四郎とか四郎とかだ。魔獣に変身できるのもそうだし、何十年も前に広大な森に呪い的なものをかけてそれが今も作動しているという、まさに規格外なお人だ。

 そして、伝承に残っていないだけで、一緒に召喚されてきた他の五人がそうでないとも言い切れない。あの後輩中田だってチートはチートだ。彼女が気づいていないだけで、他に能力を秘めている可能性だってある。


 ただ、私が『バケモン』だというのは他ならぬコマの主観だ。おそらく全て見てきたであろう彼の主観ほど、無視できないものはない。


「まあ一応、私のこの複雑怪奇な『体質』もたまたまである可能性もあるでしょう。器に収まらなくなるほどの魔力生産力も、ある種の加護のような『特典』も、そして、妙に魔力に敏感なタチであることも」


「…………あなた様にお訊きしたい。一体どこまで『視えて』いる?」


「本人がその気になって漏らしているものとか、怒りなどで制御を失って漏れ出ているものに関しては感知しています。濃い闇とか、凝りとか、浄化の光に関しては視えてもいるかと。なんか、戦える人にはみんな見えてるもんだと思ってたんですよねえ。こう、じわっと立ち上るあの妙な気? オーラ? は、全部殺気とかそういう類のものだと思っていました。正直、今もその辺りは見分けがつかないことが多いです。自分の主観以外に判断基準がないので」


「なるほど」


「身体をめぐる流れまで認識できるほどの力ではないですよ。少なくともサモンくんと同じ景色は視えてないですから」


 かの第二王子サーマルは、サカシータの戦士達が鍛錬する様子を『この地の者達は美しい色をまとっている者が多い、鍛錬ではその煌めきがあちこちで弾けて、それは素晴らしい光景だった』と評していた。はっきり視えてしまうことで苦労も多いだろうが、あの感想を聞いた時はシンプルに羨ましいな、と思った。


「ただ、あの一族でなくとも魔力に敏感な人は一定数いるようなので、正直エビデンスとしては弱いかな、とも思います」


 私はミリナをちらりと伺った。彼女も、魔獣達の気配をかなりの広範囲で察知することのできる感覚の持ち主だ。


「いや。いくら弱い力でも『持つ者』は希少だ。我が一族の中でも、はっきり視認できるような人間はもはやほとんどいない。皮肉にも、政略で嫁がせた先の家で多数輩出されているが、あちらでも全く力を開花させていない子もいる」


 現王の隠し子、アメリアのことだろう。彼女からそういった力の話は一切聞いたことがない。もしそういう能力があれば、落胤であることを打ち明けた時点で話してくれそうな気がする。


「弱い力を持つだけの者も、何かのきっかけにその力を増大させることがある。思えば、かの宮の環境はそうしたきっかけにもなったかもしれない」


 魔法士でもない人間には、過剰なほどの魔力供給。そのせいで血筋に眠る力がより強く顕現した可能性もあるとシシは考えているようだ。


「昔は、そうした弱い子には旅をさせたと聞きます」

「旅?」

「残念ながら、私に言えるのはここまでだ」


 そう言ってシシは、どこか申し訳なさそうに笑った。




つづく

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