早く焼きましょう早く
寝かせた餃子の生地に打ち粉をして細長く棒状にし、ナイフでさくさくと均等に切り分ける。それをコロコロと丸め、麺棒でのばす。
「ほーら。このようにペラペラの丸ができました。これに肉だねをひと匙乗せて包んでいきます」
ごく、喉を鳴らしたのはオーレンか。ザコルがなぜここで緊張を? という顔で父親を見ている。
しかし私は日本人としてオーレンの気持ちが解る。この丸い皮と、ボウルいっぱいの肉だね。餃子パーティのワクワク感は、全てがこの光景に詰まっている。
小麦粉を溶いた水を生地の外周にくるっと塗りつけ、指の先でひだを作りながら、生地の中に肉だねを閉じ込めていく。
「はい、一丁あがりぃー」
ころん、手の平に生餃子が一つ生まれる。私はひだの部分をつまみ上げ、ちょこんとバットの隅に置いた。
「わ、わああ、餃子ができた、本当に餃子ができたあ……!」
オーレンはまたしても涙ぐんだ。
「なにこれ、おもしろいカタチー!」
「かわいいですねおじいさま!」
「これが旦那様のおっしゃるギョーザか!」
「これを並べて鉄板で焼くんでしょう、いやあ、楽しみですねえ旦那様」
わいわい、オーレンの反応に子供達も料理人達も興奮している。
「まああ、ふかふかの枕みたい! お義母様達もご覧になってください!」
ミリナが手招きするので、イーリアとザラミーアもバットの中をのぞきに来た。
「ふむ、想像していたよりずっと美しい食べ物だな」
「ええ、ええ。このフリルのような繊細なひだ! 鉄板で焼いてしまうのがもったいないくらい!」
みんなこの独特な形が気になるらしい。私はもう一個、もう一個と作って並べていく。
「器用すねえ。手慣れてるから簡単そーに見えっけど、意外に難しいヤツじゃねえすか? 姐さんパン屋もできそうすね!」
そう褒めてくれたのはパン屋の倅、エビーだ。
「慣れたらそこまで難しいものじゃないよ。子供でもできるからね、君達も挑戦してみるでしょ?」
こくこく、ゴーシとイリヤが目を輝かせる。
「よし。えー、これだけじゃ生地が足りなくなると思われます。料理人の皆さんは、練習も兼ねて生地の追加を作ってください。肉だねは正直適当に作ってもどうにかなりますので」
「大事なのは生地っつうことですね!?」
「よっしゃ、鍛錬あるのみだヤローども!」
オオーッ! 料理人が拳を上げ、そして散る。鍛錬あるのみには違いないが、そこまで難しいものじゃない。うどんを再現したことのある彼らなら、きっとすぐに習得できるだろう。
「壮観だ……!!」
調理台いっぱいに並べられた生餃子に、オーレンが大感動している。
「みんなと餃子製造マシンのおかげです」
「みんなありがとう…!!」
「ふふっ、焼くのが楽しみですねお義父様」
「林檎ジャム作りに比べたらラクショーっすよお。ギョーザ製造マシンには敵わねーけどな」
「僕はマシンではありません。同じ作業を繰り返すのが得意なだけです。早く焼きましょう、早く」
嫁ぐ前は実家で調理もしていたらしいミリナはもちろんだが、当然のごとく手伝いに入ったザコルとエビーもあっという間に餃子の作り方をマスターし、そしてものすごい勢いで作り始めた。特にザコルの前に並んだ餃子は、専門店がケース売りしているものと何ら遜色がないというか、量も質も機械で作ったのかというような出来栄えだった。
「皆様、流石の一言でございます。俺の作ったものは、果たして焼くに値するのかどうか……」
あまり細かい作業が得意な方ではないタイタの作品は大きさも形もまちまちだ。
「大丈夫だよタイタ。こういういびつな餃子こそ手作り餃子パーティの醍醐味なんだから気にしないで。包めてるだけ立派だし、焼いたら一緒だよ一緒」
「そうだぞタイタ殿。俺のギョーザも見ろ。いびつで面白いぞ!」
ジーロの作品も確かにいびつだった。ピンポン玉みたいな形や棒みたいな形、皮を二枚使った円盤型の餃子もある。
「ジーロ様はわざと面白い形ばかり作りましたね?」
「バレたか」
「ふふっ。この玉餃子、形崩れないように焼きたいなあ」
こういうおふざけも手作り餃子パーティらしさのうちだ。
「せーじょさま、このぐちゃぐちゃもやける……?」
「たくさんしっぱいしてごめんなさい……」
ゴーシと涙目のイリヤが差し出したのは、力加減を間違って皮を肉だねごと握りつぶし、爆散した餃子の山であった。
「あはは、大丈夫大丈夫。敢えてこのまま焼いてみよっか。平たくして焼いて、チヂミっぽくしてみるとか。うん。普通に美味しいと思うなあ。いくつか成功したのもあるでしょ、自分のって分かるように避けといてね。さあ、乾燥しちゃう前に」
「ええ早く焼きましょう早く」
「そうだよ早く焼こうよ早く」
気が逸って前のめりな父子にほっこりしつつ。
フライパンやスキレットのような、平たくて、蓋もできるタイプの鉄製調理器具を出せるだけ出す。油というかラードを引いて、丸く放射状に配置していく。直線上に置いてもいいが、放射状の方がより多く置けるだろう。
羽もつけようと思い、水溶き小麦粉を用意していたら、別室で作業していた料理人達がバアンと扉を開いた。
「こっちもできやしたァ!! 見てくだせえ旦那様!!」
彼らは自信作をオーレンに差し出す。最初は失敗もあったがそこはプロの料理人、すぐに上手に包めるようになった。
「すっ、素晴らしいよ! これでいつでも餃子が食べられるってことだね!?」
「モチのロンです、おまかせくだせえ!」
彼らの代表、料理長はドン、と胸を叩いた。
「まあ、本当にすごい量ねえ」
「ははっ、今日は宴だな」
料理人達もバットいっぱいの餃子をどんどん運んでくる。……これ、焼ききれるんだろうか? もはや子爵邸中の人間が味見できるくらいの量だ。
「皮が余りました聖女様ァ!!」
「あ、じゃあチーズでも包みましょうか。それか、薄いピザ生地ってことで、上に具とチーズ散らして焼いても美味しいですけどね」
「聖女様は天才か……!? そんなん、うめえに決まってら!」
「よぉしチーズと、燻製肉でも持ってこい!! 窯にも火を入れろ!」
「もう入れてあります!」
ドタバタ、ワイワイ。吹雪の日の餃子パーティはまだ始まったばかり。
イーリアが蔵にしまってあったワインや蒸留酒をメイドに持って来させた。それを見た大人達のボルテージはさらに跳ね上がった。
つづく




