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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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何という無責任さだ

「鍛錬をやめると早死にするだなんて言い伝え、よく覚えていたねザコル」

「お祖父様がよくおっしゃっていたので」

「そうかい。ジーさん、せっかく君が帰ってきたっていうのにどこに行ったのかなあ」

「父上も行方を知らないのですか?」

「僕も逃げ惑ってたのに知るわけないよ」

「自分で言いますか……」


 サカシータ一族には代々行方をくらます癖があるんだろうか。そういう意味では、三年ほど自分探しの旅に出ていたジーロが一番『らしい』のかもしれない。


「メリー」


 シュタッ。私の呼びかけに無言で少女が跳んでくる。


「ねえ、メリーってまだ語彙失ってるの?」


 私はメリーではなく、近くにいた保護者というかサゴシに声をかけた。


「いや、ぽつぽつ喋ってますよ。神とか、神とか、神とか」

「単語ひとつしか喋ってないじゃん。ペータもおいで」


 シュタッ。


「お呼びでしょうか」

「君達さ、鍛錬の時は潜んでなくていいよ。前は普通に最初から参加してたでしょ」

「いいえ、影たるもの、呼ばれるまでは皆様の視界に入るべきではないと、シータイから来た者達が」


 先輩影からの指導が入ったらしい。


「私が参加しろって命令すれば問題ないよね。君はザコルに稽古つけてもらいなさい」

「え」

「おー命じられちまったなあペータ、耐え切れよな」

「ちょっ、背中押さないでくださいサゴシ様…っ」


 ザコルいわく可能性の塊らしい少年の相手でもすれば、彼のフラストレーションも少しはマシになるだろう。生贄に捧げているようで心苦しいが、ペータ自身のステップアップにもつながるので許してほしい。


「じゃ、ミリナ様も誘って、女子ばっかりで体操しよっか。室内だし、反復横跳びとかもしよう」

「私もまぜろ」

「わっ、イーリア様! いつからそちらに!?」

「ふっ。私も本気を出せばニンジャの真似事くらいできるのだ」


 どや。子供のように胸を張る女帝様に思わず笑ってしまう。当初の、威厳と正義感にあふれたイメージからすると、随分とギャップのある姿だ。


「彼の口を開いてくれたこと、感謝するぞ、ミカ」

「私、今回こそ何もしてないですよ。彼自身が、彼の『同胞』達に公平であろうとした結果です」

「いいや違うな。あなたには何でも答えてやると、そう約束させたのだろう」

「ふふっ、どうせ口実ですって。彼にとって大事なのは、育て親とその命を支えてくれた魔獣達、そして魔獣達を支えたお世話係様なんですから」


 コマはこの猛吹雪の中、今も魔獣舎に残っている。王都のような魔力搾取の仕組みなどが隠されていないか、魔獣達のために調べ続けているのだ。


「イーリア様。私に手駒を授けてくださり、ありがとうございます。彼らの力を借り、必ず、私の『同胞』に彼を再会させてみせます」


 邪教ラースラ教によって、広大なサギラ侯爵領のどこかに四郎が捕らわれているという情報は出所確かなものだ。それに合わせ調査隊も再編成中である。サギラ、ジーク、テイラー、王都周辺で均等に割っていた人員を見直し、サギラにより多くの戦力を充てることにしたのだ。

 しかし、それ以外の領で四郎以外の魔獣が捕らわれている可能性も依然としてある。どうして召喚したのか、またはどこかから捕らえてきたのかは定かでないが、ここで『同胞』の危機を見逃すという選択肢は私にはない。


「別に、誰ぞの思惑に乗ってやる必要はないのだぞ」

「まさか。誰も私自身に期待なんかしていないはずですよ。ですが、一宿一飯の恩はきっちり返しておきたいですね」


 ジーク伯爵家にも、フジの里にも、コマにも。借りは返せる時に返していかねば。


「くはっ、あなたらしい。こちらもあなたに恩があって預けた者達だ。存分に使え」

「ありがとうございます」


 私は豪快に笑う彼女に、ちょこんとカーテシーの略礼で返した。




 ◇ ◇ ◇




「せっかく姐さんが自分のために邪教を殲滅する気になったかと思ったのによお……」


 遠慮がちに鍛錬するペータの横で、エビーが同じメニューをこなしながらそう愚痴る。


「ミカは、最初から殲滅はしないと明言していますよ」

「自分を脅かす邪教信者の命でさえ、他の民の命と同じに考えられるんだ。なかなかできることではないよ。手駒達は全然そう考えていないだろうけれど」


 父も、エビーの隣で僕の指示通りの基礎鍛錬をしていた。


「そりゃあそうだ。邪教に入信した愚か者どもより、影をも公平に扱う姫の方がよほど大事だろうからな。大体あの異界娘とて、単純な慈悲からそう言っているわけではなかろう。何もかも殺していては恨みも買うし、単にもったいないとでも考えているのでは」


 いつからいたのか、次兄もその父の横で鍛錬していた。領主一家の人間が二人もいるせいでペータが萎縮している。僕は彼の身体をほぐすように肩を揉んだが、ペータは余計に硬直した。なぜだ。


「エコってやつすか」

「そうだ、エコだ。あの娘が使う不思議な概念だ。悪人も有効活用してやろうという話だろう?」

「いや、効率よくして無駄な労力かけねえとか、そういう意味っしょ」

『?』


 エビーとジーロはお互いの認識の違いに首をひねる。


「僕は『物を大事にして偉い』と説明されていました。シュウ兄様には『人と環境に配慮した持続可能な施設』と説明していましたが」

「僕はエコロジーは人権だか反原発だかの話だって勘違いしていたよ。よくよく聞いたら生態学を表す言葉だっていうじゃないか。でもレイワの日本じゃ、環境保全の活動のことを指すみたいだ」

「環境保全? 高望みせず、現状に満足しておけという意味か?」

「いや、森や海を破壊せず、あるべき姿で守ろうという意味だと思うよ」

「森を? そうか、聖域に穢れを持ち込むなという意味か。それは素晴らしい考えだな!」


 次兄は拳をポンと打った。


「いえ、そこまで限定的な意味ではないと思いますが。ミカは、間違った認識のままエコという言葉が拡がるのも面白いと、敢えて訂正せず放置しているようです。後世の言語学者が頭を抱えるだろうと」


 ぶっ、次兄は吹き出した。


「ははは! あの異界娘が、何という無責任さだ。最高か!」

「ジーロ様、そういうの研究してる人として頭にこねえんすか?」

「いいや、むしろだ。真剣に研究などしていると、過去の人間がそういうノリで作ったとしか思えん不条理な慣習や呼び名がいくらでも見つかる。馬鹿らしくもなるが、それでこそ血の通った歴史だとも思うのだ。そんな『ノリ』の発祥に立ち会えたのはある意味で幸運といえよう。俺もエコを間違ったまま多用するぞ! 後世の言語学者をおちょくってやる!」

「はは、変わったイタズラだなあ。僕もそういうのは嫌いじゃないよ」

「やっぱ頭いい人の考えるこたぁ、一風変わってますねえ」


 ここにあの第一王子殿下がいたら一緒になって笑っていただろうなと、僕はしばらく会っていない顔を思い浮かべていた。

 学者肌で、奔放で、いい加減な、かの元上司の顔を。




つづく

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