医者ってみんなツンデレなんすか
子爵邸への帰り道。結局誰が御者をするか、ミリューがきょうだい(私)を乗せるとか乗せないとかで揉めに揉めた結果。
ザコルがミリューの御者をしてテイラー勢とシシを乗せ、ミリナが朱雀の御者をしてイーリアとザラミーアを乗せ、ジーロが御者もとい危険運転するプテラにはむしろ乗ってみたいと面白がる子供達と保護者オーレンが乗ることになった。あの最強男子達ならば落ちはしないだろうし、万が一落ちても最悪のことは起きないだろう。
魔獣達は自分の意思でも飛べるのに、果たして御者は必要なのかという議論はさておき。
帰るまでにイリヤの機嫌が直ってよかったと思う。結局、聡い彼はコマが全て悪いわけではないことなどとうに理解していた。そして、コマの気持ちが落ち着くとともにイリヤもすとんと落ち着いた。彼なりにコマの気持ちに共感したというか、共振や共鳴のような反応だったのかもしれない。子供って、大人が思うような理屈や常識で感情を表現しているだけじゃないんだな、と不思議な感想を持った。
ちなみに、当のコマはまだ魔獣舎を調査するのだと言って残った。魔獣達と一緒で、寒いのは平気らしい。彼一人残して大丈夫なのかと心配になったが、オーレンも「小鞠が納得するまで調べなよ」と許したし、ザコルも大丈夫だというのでそれ以上の干渉はやめた。
夕方の空の旅は極寒の一言だった。震えすぎてこわばった身体で邸内になだれ込む。使用人達が待ち受けていて、暖炉で程よく温まった部屋へとすぐに案内してくれた。
「全くこの国の連中ときたら。この世界に来たばかりのお方にいくつ荷を背負わせるつもりか」
「同感です」
ザコルと、なぜか私達にそのままついてきたシシが怒っている。ソファの向かいに座るシシは、魔獣舎にいた後半、サカシータ勢の仲間に入れられて情報の精査に付き合っていた。
「えっと、心配してくれてありがとうございます。でも、私が勝手につつき回っているようなものなので」
「それもまた真理ですな」
フン。
自分で言っておいて何だが、人に肯定されるとちょっと落ち込む。いつも、お節介が過ぎているという自覚はあるのだ。
「僕は、少し違うと思います。ミカは、余計なことは訊かない人だ。自分が介入する必要のないことは特に」
「ううん、シシ先生の言う通りですよ。四郎さん達の件だって、私が勝手に暴きにいったようなものですから。そう、たまたま……」
私は、手の平の上にあった四郎の鉛筆をぎゅっと握り込む。
「ミカ。あなたはあの日も、あの六人の幸福を祈っていましたね」
「……ふへ、四郎さんのこと、絶対助けてあげたいです」
「泣かないでください。必ず、皆が動いてくれますから」
ザコルは鉛筆を握る私ごと、ぎゅっと抱き締めてくれた。
「……私が人でなしのような雰囲気を作るのはおやめいただきたい」
「励ましたいのなら素直にそう言えばいいのでは?」
ぶはっ、と吹き出したのはエビーである。
「医者ってみんなツンデレなんすか」
「私はつんでれ? などというものではない!」
へーへー。エビーは軽くあしらう。
「なるほど。シロウ殿の現状にお心を痛めつつも、コマ殿の手前、努めて明るく振る舞っておられたのですね」
「姫様が優しくて俺も泣きそう。俺もいーこいーこしていいですか」
「ダメです」
「じゃあ猟犬殿いーこいーこしてもいいですか」
「やめてください」
「はは」
最近タイタとサゴシは仲良しだ。私達の間を裂こうとする存在には烈火の如く怒るタイタだが、サゴシの変態発言にその気がないのは理解できているのだろう。
「ミカ殿。もしよろしければ、魔の森の隠れ里のお話をお聞かせ願えませんか。お話しできる範囲のみで構いませんから」
タイタの言葉に、私は涙を拭いた。
「……お茶と、お酒の名産地だったよ。他にも温泉や、懐かしいものがたくさんあってね。酒飲みばっかりだったけど、みんな優しくて、故郷を離れた私のことを真剣に心配してくれた」
「あの度数がバカ強えショーチューっつう酒の産地、ってことすか」
「そうそう」
「それから、テイラーのお嬢様……いえ、アメリア王女殿下がお持ちになったあのリョクチャの産地でもあるということですな。あれを持たせたというジーク伯は、きっと全てご存じの上であなた様のために用意なさったに違いない。私がいただいてよい品だったのかどうか」
「あのお茶の美味しさを知ってもらえたならむしろ嬉しいですよ。祖母と、毎日朝晩と淹れて飲んだ味です。まさか異世界で飲めるとは思いませんでした。あの里、癒されたけど、びっくりしてばっかりだったなあ」
フジの里にはジーク伯爵兄弟の計らいでお世話になった。地図にも載らないあの里については、軽々しく口に出すべきではないと判断して、思い出は今日まで心に秘めていた。
「余計な詮索かとは存じますが、ザコル殿は今回の件についてどの程度把握なさっていたのでしょうか」
「そうですね……」
ザコルは、王都の地下にある機構そのものが、巨大な魔法陣であることは気づいていた、と語った。魔力というか、人や植物などから精力的なものを少しずつ取り上げる仕組みであることにもだ。
「植物からもですか?」
「はい。王都では、農作物を育てようと思ってもうまく育ちません。いや、正確には育ちはするのですが、できたものを人間が口にすると、体を壊すと言われていました。ゆえに王都での農作物栽培は一律禁止とされ、青果物などは外部からの取り寄せに頼っていたんです」
「育たない、はともかく、体を壊す…?」
「ええ。今思うと、魔力搾取以上に『凝り』の影響があったのではと考えています。家畜の生育も悪いようで、自宅で飼育している人もあまりいませんでした」
「あれ、でもサンド様のお家では林檎を育てていたんですよね? それに、イリヤくんやミリナ様は庭の野草や木の実を食べることもあったって」
「イアン兄様とサンド兄様の屋敷は、実は地下遺構のあるエリアから外れています。それに、少々多少汚染されたところで、それが毒によるものならば僕達サカシータ一族が影響を受けるとは考えにくい。サンド兄様も、実験を兼ねて育てていたんだと思います」
「実際は呪いのようなもの、だったわけだから、実際に汚染されていたとすればザコル以外が食べるのは危険でしたね」
「そうですね。ただサンド兄様はあまり林檎を食べない人なので、最初から僕にやる気だったのかもしれません」
「ふふっ」
とことん弟思いの人である。もしかして、ザコルが王都に来ると聞いたから苗木を取り寄せて植えたんだろうか。
「ミリナ様は、王都で育った食べ物が危険だって知ってたんでしょうか……」
「知っていても、食べる必要があったのかもしれません。コマの言い分も解る。謝るくらいでは済まない、いっそ責めてくれた方が、と思う気持ちも」
「これからたくさん、お姉様孝行しましょう」
「はい」
ガタ、風が窓を叩く。曇天だった空から雪がひらりと舞い落ちる。その夜からは、久しぶりの吹雪となった。
つづく




