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誰が召喚したか知りませんが、私は魔獣ではありません  作者: もっけのさひわひ


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充分生き地獄味わってるよ?

「イリヤ、待ちなさい!」


 ダッ、ズザーッ。少年が私の方に駆けてきて急ブレーキを決めた。


「ミカさまっ、 いきじごくしてください今すぐ!」

「えっと、コマさんに? 彼、充分生き地獄味わってるよ?」

「ちがういきじごくです!」

「ちがういきじごく……」


 そう言われてもな。八十年やそこらも頑張って生きてきて、実はまだ子供時代が終わっていなかったという絶望に勝る生き地獄など他に思い浮かばないのだが。


「もうおやめなさいイリヤ。あなただって、もしも母様がコマリのお父様のようになったら、きっと誰かに助けてほしいと思うはずよ、あなたは優しい子だもの、きっと」

「ちがうの! そうじゃない! しかってほしかったんです! コマちゃんは、母さまに…っ、うっ」


 うわああああああん!


「まあまあ、どうしてそんなに……」

「あの、これ、多分ですけど、コマさんのために叱ってあげてほしいって話じゃないですか?」

「そんなまさか…………えっ、まさか、そうなのかしら?」


 こくこく、少年は泣きながらうなずいてみせた。そうらしい。


「……ますますどうしたらいいのかしら、私」

「うちの変態達の影響ですかねえ。叱られるのがご褒美とか、よく意味のわかんないこと言ってるので」


 変態プレイに付き合わされるこっちの気にもなってほしい。


「ミカもマージに叱られたいだのアメリアお嬢様に叱られたいだのと言ってましたよね…?」

「イリヤくん。いい生き地獄を思いついたよ」

「あの」

「いきじごく!? なんですか!?」


 泣いていた少年が一瞬で表情を変える。


「お墓を建てるの」

「おはか?」


 イリヤは首を傾げた。


「そう。春になって雪が溶けたら、助けるのが間に合わなかった魔獣の子達のためにお墓を建てるのがいいと思う。懺悔がしたいコマさんには、そのお手伝いをしてもらうの。土を掘ったり、石に名を刻んだり。何百年経っても、そこに来れば今日のことを思い出すよ。魔獣達が笑って許してくれたこと。ミリナ様が責めなかったこと。君が、真剣に怒ってくれたことも」


「それが、いきじごくですか……?」


「そうだよ。彼は、これから私達の何倍もの『生き地獄』を生きる。私達とは比べ物にならない量の思い出を抱えて。私達にできることは、その思い出の一部をなるべく印象深ぁーいものにしてぜぇーったい忘れらんないように」


 ゴスッ。頭にチョップが刺さる。


「黙れ勝手に決めんな変態女」

「何するんですか、今せっかく生き地獄を考えてあげてるのに」

「てめえの相手してっ時が一番生き地獄だボケチビ!」

「またチビって言った!」

「チビはチビだバケモンチビ女!」

「三回もチビって言った! ひどい!」


 わーわーわー。


「おやめなさい二人とも! いい大人が何子供みたいな喧嘩をしているの!」


 ぴた。念願のお叱りなので私とコマは同時に黙った。


「お墓の件ならもうお義父様やお義母様達が手配なさってくれています! この領以外の領から来た子も多かったから、名前は私が思い出せる限りになるけれど……あっ、そうだわコマちゃん! あなたならきっと私が来る前にいた子も思い出せるわよね!? ああ、やっぱりあなたが来てくれてよかったわあ」


 あ、コマの生き地獄参加が決定した。


「八十歳以上だなんてもう生き字引よね。あなた八十年前はもっとかわいらしかったのかしら。うふふ」


 にこにこ。

 私とコマは顔を見合わせ、そしてミリナの方に向き直った。


「ミリナ様。お叱り分が足りないです」

「だな。そんなんじゃガキが納得しねえぞ」


 ぶーぶー。


「なっ、何を言っているのミカ様も、コマちゃんまで! 大体、コマちゃんは叱られるようなことしていないでしょう? 守秘義務があると言ったわね、あなたは今日までそれに従っていただけだわ。そもそも王宮の仕組みはコマちゃんが作ったものなのかしら? 違うでしょう」


「そりゃ俺の生まれる前にできたものだろうからな。だが四郎の処遇を決めた前王や前々王、三代前の王とも面識があるのなんざ、もはやこの国で俺くらいのモンだぞ。恨むなら俺以外にありえねーだろが」


「恨むだなんて」


 ミリナは困ったように片手を頬に当てた。彼女はそもそもそんな感情論で生きていないのだろう。意外に現実主義者というか、夫婦間でもヒスを起こしているのはイアンの方だったし、器のデカさが違うのかもしれない。


「今、三代前の王様って言いました? 治水工事の!」

「お前、本当によく知ってんな…。その治水工事は、四郎も参加してたぜ」

「えっ、本当に? 伝記にはそれらしい人もユニコーンも出てこないのに。当時から機密扱いなんですね、四郎さんは」

「あいつは他国から逃げてきた輩でもあるからな。書物なんかには絶対に残されてないはずだ」

「あっ、確かに」


 四郎を含むかの六人は隣国サイカで召喚され、この中で勇者を決めろを言われてバトルロワイヤルさせられそうになった大正時代の人々である。召喚早々ハードモードすぎる……。


「私、隣国で喚ばれなくてよかった……」

「オーストは、この界隈では最初に勇者や聖女を引き当てた幸運な国だ。今もその聖女の倫理観に支配されているまであるのを含めてな」

「その聖女って、エレノア様でしょうか」


 エレノア・テイラー。渡り人にして伝説の聖女、テイラー家の始祖である。


「ああ、お前もテイラーの聖女だったな。せいぜい利用されねえように気ぃ張って生きろよ」

「気ぃ張って…。まず、誰が喚んだか分からないのを何とかしたいですね」

「お前はお前なんだろ。ここにいる経緯なんざどうでもいい話だ」


 ケッ。コマは皮肉っぽく笑ってみせた。




つづく

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