あなたまで私に懺悔するのね
「俺は謝らねえ」
「そう……」
コマとミリナの会話はその短いやり取りで途切れた。
数秒か、数十秒か。しばらく経って、口を開いたのはその二人ではなかった。
「………コマちゃんは、てき、ですね母さま」
ぴり。空気がひりつく。魔力がどうとかの圧ではなく、これは普通に『殺気』だ。
「違うわ、イリヤ」
「でも、母さまに、まじゅうのみんなのまりょく? が取られてるって、おしえてくれませんでした!」
「でも、違うわ。この子は、よく魔獣舎に来ていた。魔獣の皆のそばにいたのよ」
「じゃあウソついてたんだ、母さまのともだちのフリをして!」
「私のお友達? ふふっ、そうね。ずっと私がお世話している気になっていたけれど、今はお世話になりっぱなしだわ。他の魔獣の子達と一緒よ」
「いっしょ…? コマちゃんは、まじゅうじゃなくて、にんげんです!」
「まあ、確かにそうなのだけれど。私にとっては……」
んんっ、とミリナは続く言葉を誤魔化すように咳払いをした。
「この子はね、とっても公平な子なのよ」
「こうへい……?」
イリヤが首を傾げる。
「おいガキ。言いくるめられんな。俺は敵で間違いねえぞ。何せ、ずっと救える場所にいたのに救わなかった。こいつらに王宮から去ってもらっちゃ困る状況だったんでな」
「ほ、ほらっ、コマちゃんもてきだって言ってます!」
敵が敵だって言ってます。自分でも場違いな感想だと解っているが、イリヤの素直さに思わず和む。
「敵ですって。もう、あなたまで私に懺悔するのね、ふふっ」
「何がおかしい」
「笑ってごめんなさい。でも、あなたはまだ、私に甘えてくれるのね」
「……っ」
まさか日に二度もコマが動揺する姿が拝めるとは。貴重な一日である。
「違う、違う!! 俺は、お前を魔獣達を宮に留めるための『くびき』に使った! それだけだ!!」
「そうみたいね。でも、迎えに来てくれたわ。王宮にすらいない、自宅で監禁されて出られなくなっていた『くびき』なんて捨て置けばいいのに。死なれちゃ困るなんて言って、つきっきりで看病もしてくれたわね」
「それが何だ!! 魔獣達はお前の言うことしか聞かない! だから死なれちゃ困るんだ、ただ、俺は『駒』としての仕事を」
「違うでしょう? あなたの本当の名はコマじゃない。コマリ、と言ったかしら」
「その名で呼ぶなっつってんだろ!!」
「コマリ」
ミリナは構わずに呼んだ。コマは再び息を呑む。
「あなたのお父様に会わせてちょうだい」
「はあ? 話聞いてやがったのか。あいつは…っ」
「分かっているわ。ミカ様に接触させられないのよね。でも、それはあなたの事情よ。ミカ様は最初から、邪教の『神』をお救いになるつもりで動いているもの」
ちら。ミリナは私の方に視線をくれた。私はそうですね、とばかりにうなずく。
「それは……」
ぎっ、コマはなぜか私を睨む。私はここ数日ずっとそう言ってるじゃないですかー、と目をすがめる。
「私の役割はね。目の前にいる子をお世話して、穏やかに暮らせるように整えてあげること。それだけだけれど、どうやらそれは、私にしかできないことなの」
にこ。ミリナの笑顔に圧が込められる。
「他の子と仲良くできないというならお部屋を分けるだけよ。でも、ここにいる子達はあなたがここにいても構わないみたい。イリヤは母様と一緒のお部屋だから問題ないわね」
「もんだいあるよっ、コマちゃんがわるいのに、あやまらないのに、どうして母さまはしからないの!?」
「それが、彼の正義だからよ」
「せいぎ?」
「あの子はそうするしかなかった。でも、簡単に謝ったりなんかしない。それが、コマリの正義で、誠意なの。ほら、一方的な謝罪に誠意は宿らないって、ザコル様もおっしゃるでしょう?」
むう。イリヤは何を言っても響かない母親に対してむくれた。
彼女はそんな彼に苦笑する。イリヤもまた、母や魔獣達のために正義を主張している。それをよく理解しているからだろう。
「コマリは、よく魔獣舎に来ていた。魔獣の皆のそばにいた。多分だけれどね、自分の魔力を、誰かにあげていたのよ」
「え?」
「違…っ」
ミリナの言葉を意外に思ったのはイリヤだけではなかった。ザコルと私も反射的にミイの方を見た。
ミイ?
「あのさ、コマさんって、魔獣舎に入り浸って大きな魔獣達から魔力分けてもらってたんじゃないの」
ミイ? ミイミイ…
分ける? ミイはコマに魔力もらったことある。
「えっ、やっぱりコマさんはあげる側なの?」
ミイミイミイ。
ミイは小さいから。
「小さいから…。ミリューにも話聞きたいけどお取り込み中だよね」
ミリューはミリナを守るように真後ろにいて、まさにコマと対峙していた。
私の脚に、ぺし、と何かが当たる。何かと思えば蛇のしっぽのようなものが私を呼ぶようにゆらめいていた。
「玄武様」
グウグウ……
あの小さいのは、親を守りたかったのか。
「小さいの…って、コマさんのことですかね」
大型魔獣である玄武から見れば人間などほとんどが小さきものかもしれないが、中でも小柄な少女然としたコマは特に『小さいの』だろう。
「そうです。彼は、育て親の四郎さんの延命のために、魔力搾取…いえ、魔力供給のためのシステムを止めないように動いていました。玄武様は、彼に魔力を分けたことがありますか?」
グウグウ……
ないに決まっている。あれは、いつも魔力を溜め込んで我らの部屋に来た。お前のように。
「……っ」
何かが込み上げる。思わず唇を引き結ぶ。
グウグウ……
お前達は、きっとまだ見ぬ同胞を救ってくれる。あの小さいのの親ならば、きっとミリナもかわいがる。
玄武はそう言って、ごろごろと喉を鳴らした。笑っているようだ。
「……王宮のどこかに、会ったことのない魔獣がいるって、玄武様達は知ってたんですね」
グウグウ……
ナッツが教えた。人のために、力を使い果たした同胞が眠っていると。ミリナならばきっと癒してくれるのに、惜しいことだと。
つづく




