そして人をやめた
「コマちゃん……」
「構うな、ミリナ」
コマは寄り添おうとしたミリナを拒絶する。ミリナは差し出しかけた手で空気をぎゅ、と握る。そして一歩下がった。
そのミリナの袖を彼女の息子が掴み、ミリナは寄り添うイリヤに、大丈夫よ、とささやいて、その肩を抱いた。
コホン、とザコルが咳払いをする。
「話を戻す。どうして、そのシロウという者は王宮に?」
「あいつも、特殊な体質を授かってな。魔法士としても……渡り人としても、ある意味規格外なヤツの一人だった」
「渡り人として、か。それは、ミカ以上に?」
「ある意味、だ。規格外というより、異色と表現した方が正しいかもな。あいつはまず、強大な闇の力を持つ魔法士だった」
「闇?」
「呼びました?」
シュタ。
「てめえは呼んでねえ」
空気も読まず、私達との間に跳んで入ってきたサゴシにコマが眉を寄せる。
「だって闇の話しませんでした?」
「おいおいサゴシは下がってろって」
「止めんなよエビっち。なんか、俺らが知らねー話で姫様と盛り上がってんのムカつかね?」
「正直ムカつくけどしょうがねえだろ。おら、こっち来いって」
「サゴシ殿。この辺りは先ほどの魔力譲渡の残滓が残っているやもしれませんから。離れていましょう」
「えー」
ずるずる。乱入忍者は友達の騎士二人によって回収されていった。
「魔の森の結界を張った人物、と言ったな。そもそも『アレ』が結界と呼ばれるものであることも初耳だが」
ザコルは何事もなかったかのように話を続ける。
「アレって魔法の効果によるものだったんですか? まさか、あんな広範囲で……」
魔の森とは、ジーク領の東に位置し、その広さはジーク領面積の四分の一にも及ぶ有名な森林地帯である。
なぜ有名なのかといえば、地元住民でさえ入れば出てこられなくなる、といういわく付きの難所だからだ。その森のど真ん中にあるフジの里はまさに隠れ里で、余所者はおいそれと侵入もできない秘境中の秘境だった。
私は、富士の樹海とかバミューダトライアングル的な感じで、変な磁場でも形成されているのだろうと考えていた。しかし結界、というか認識阻害の魔法的なものが広範囲にかけられているせいで人を遠ざけているのだとしたら、それは確かに闇魔法だし、強大でもある。
「シロウは、人として持てる全てを使い、あの里を森ごと隠した。そして人をやめた」
「やめた?」
人ってやめられるものだったのか…。いや、ザコルや私は割と『人間やめてますね』って言われる方だった。強大な闇魔法で形成されたはずの結界もうちの人には効いてなかったっぽいし。
「魔力を使い切って死んだ、ということではなく?」
「死んではねえ。あいつは人間以外に『獣』という生き方の選択肢を持ってんだよ」
「人間以外の選択肢? 獣という生き方?」
初めて聞く単語や表現ばかりでチンプンカンプンだ。隣のザコルも、どこか抽象的で要領を得ないコマの説明に首を傾げている。
「強大な力を操り、人と獣の間を行き来するあいつを、神聖なものとして崇めるヤツもいた」
人と獣の間を行き来するとは、変身能力でも持っていたんだろうか。また、崇められていたというのも引っかかる。
「人としても獣としても、あいつの容姿は人目を引くもんだった。年食っても若々しいっつうか、幼いくらいの顔立ちで」
コマは、ちらっと私の方を見た。
「それは、日本人あるあるですね。でもコマさんほどの若作りじゃないでしょ?」
「俺はお前ら童顔種族とは根本的に違う」
そんな童顔種族の容姿はこの国の人に好まれがちのようなので、その四郎さんもさぞ周りにチヤホヤしてもらったのだろう。
「人好きのする顔を持ったその男がひとたび念じると、その姿はたちまち水晶のような一本角を生やした白馬になった」
「水晶の一本角……えっ、ユニコーン!?」
「覚えてたか」
頭に角が一本生えた、馬に近い見た目と大きさの魔獣。
タイタの尋問で、その世話をしていたと証言したのはラースラ教信者の女だった。私を襲い、ある魔獣のつがいにしようと目論んでいた一団の一人だ。
「シロウは、人としての寿命は使い果たしたが、魔力を取り込んで生きる獣、つまり魔獣としての生はまだ終わらせてねえのさ。ただし国に益をもたらした聖人、あるいは聖獣として王宮に住まう権利を得た。魔力を供給されながら、穏やかに死に向かうだけの日々を過ごしていた。だが、そのシロウは一年と少し前、王宮から忽然と姿を消した」
ザコルと私が代表して聞いている構図だが、その場の誰もがコマの話に耳を傾けていた。
つづく




