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だから、彼はいつも

「ミカ様、ミカ様、ご体調は、正直に申し上げてください!」

「大丈夫ですよ。今日はお医者様もいますから。強がったらすぐにバレます」

「あら、確かにそうね」


 ミリナはコマとシシの方を見て、安心したように息をついた。


 べり。

 すかさずザコルが私達を引き剥がしにきたが、ミリナは気にしていないかのように笑っている。


「ミカ様が魔力を分けてくださるようになってから、魔獣達が格段に元気になったんですよ。それこそ、王宮にいた時よりもずっと。戦に行って無事帰ってきた時みたいな顔をずっとしているわ」

「戦に行って、帰ってきた時みたいな? ふふっ、疲れ果ててるとかじゃないんですね。ミリナ様に再会できた喜びが上回っちゃうのかな」

「まあ。ふふ、それなら嬉しいのですが」


 ちょいちょい。白リスが私の肩で私の耳を引っ張る。


 ミイミイ、ミイミイミイ。


「えっ、何だって? 王子と戦に行くと元気になる? 王子って、第一王子殿下のことだよね?」

「殿下ですと?」


 モンペもとい、オースト王家の元世話係が反応する。


 ミイ! ミイミイミイ……


「……王子、魔力も食べていいよって言う。王宮の外に行けばアレもない。元気ないやつ、選んで連れて行った…………そっか、そうだったんだ……だから」


 私は思わず、隣にやってきたザコルと顔を見合わせる。


『だから、彼はいつも、王宮にいなかった』


 私達の声は、まるで双子のようにシンクロし、魔獣舎のホールに反響した。





 王都に広く張り巡らされた、ある仕掛けの存在。それは、魔法陣を含む魔法的な機構と思われた。


 魔獣達やシシの話から想像するにそれは、王都に住む者の魔力を吸い上げ、王宮のある一画、王族という特権階級の居室へ流れる仕組み、いわば巨大な『魔力搾取』システムであった。


 王都に暮らす人間達のほとんどはそれに気づかずに生活していたようだ。吸い取られる量がごくわずかだったのか、魔法士でもない人間に感知できるものではなかったのかは定かではない。


 しかし、王宮で囲われる魔獣達はしっかりと認識していた。そもそも搾り取られる割合が人より大きかったのかもしれない。元々多くの魔力を有するはずの彼らが、本来の力を発揮できなくなるほどの魔力を日々吸い取られていたと彼らは証言する。それは召喚されたばかりの幼い魔獣や、体が小さな魔獣が弱ってしまうほどであったらしい。魔獣同士で魔力を分け合ったり、魔力の高い人間から魔力を拝借するなどして彼らは凌いできた。


 さらには、そうした機構のあちこちが経年劣化によって傷み、多くの『良くない凝り』を生み出していた。それは、魔力を糧に生きる魔獣達にとって、命を縮める毒でもあった。



「だから、それに気づいていた第一王子殿下は、国外の戦代行という用事を作っては王都の外に魔獣を連れ出して回復させていた、ってことですか」

「あの『宝探し』にそんな側面があったとは」



 そんな『被搾取側』の人間、そして魔獣達は、王弟が引き起こしたクーデター騒ぎをきっかけに大部分が王都を離れている。『搾取側』の王族達さえも王弟を除く人間が王宮から出た。

 この時点で、魔力搾取システムとしての王都はその機能をほぼほぼストップしたはずだ。



 ザコルは、かつての同僚、コマの方に視線をやった。


「俺には守秘義務があるぞ」

「分かっている」


 魔獣と同じような生態と優れた魔力感知能力を持つ彼も、魔力搾取の仕組みを知る一人だっただろう。

 搾取されることはすなわち命を削ることにもなる、それでも彼は王都に居続けた。魔獣達と同じように、魔力の高い者から魔力を受け取るなどして凌ぎながら。


「だが、一つだけ情報をやる。そこの姫には良質な魔力を大量にいただいたんでな、サービスだ」


 コマは、おもむろにニット帽を取り、その美しい髪と瞳をさらした。


「搾取した魔力が集まるのは王族の居室だけじゃねえ。あの宮の深部には隠し部屋があってな。本来、そこも王族が有事に使うはずの部屋だが、最近まで違う者が使っていた」

「違う者、だと?」


 コマはうなずく代わりに、大きな瞳を伏せた。


「……ジーク領の通称『魔の森』に強力な結界を張った奴だ。俺の育て親で、シロウという」

「お前の育て親? どうしてそんな者が王宮の深部に」

「シロウ……しろう………………四郎?」


 私は、自分のカバンに手を突っ込む。手にしたのは、使い込んでちびた古い鉛筆だった。小刀で削ったと思われる角の部分に、墨で名前が入れられている。


 ホツタシロウ、と。






 魔の森の中にある『フジの里』という隠れ里は、百年ほど前に隣国サイカ国で召喚されたものの、かの国から逃れてきた渡り人六人組が作った里であった。


 ジーク領の有名観光地で邪教に襲われかけた後、ザコルはジーク伯オンジとその弟マンジとの打ち合わせ通り、人通りの多い街道から外れフジの里を通る未開ルートを選択した。滞在中に日本人の渡り人が作った里だと気づいたのは私である。


 私が取り出した鉛筆を見たコマは顔色を変えた。


「おい、何でシロウのものをお前が持ってんだ」

「えっと、これやっぱりそのシロウさんの物で合ってるんですか?」

「……っ」


 コマが言葉を失う。彼が動揺するのは珍しい。


「これは、ある場所で、遺された文書の解読報酬としていただいたものです。というか、たまたま同じ苗字だったし、何となく恋しくなってつい我が儘を言っちゃったんですよね。鉛筆一本くらいなら、ねだってもバチは当たらないかな、って」

「同じ苗字? それにはホッタと書いてあるんですか?」

「はい。でもこれは本当にたまたまだと思いますよ」


 ホツタ、ホッタ。つまり堀田は、決して珍しい苗字ではない。この四郎さんという人が私の親戚である確率は正直宝くじ並みだと思う。ただ、何となく縁を感じてしまったのだ。


 私は、自分でも使い、減ってしまった鉛筆をコマに差し出した。


「すみません。返します」

「いや、いい。お前が持ってろ。お前の故郷のもんだ」


 突き返された。


「里の人も、あんたの故郷のもんだから、って言って私にくれました。でも」

「そうかよ。だったら大事にしとけ」

「でも…っ」

「俺にはこの命がある。シロウが拾った命だ」


 自分自身が四郎の標である。そう宣言するかのように、コマは拳で自分の心臓を叩いた。


「小鞠、と名付けたのは四郎さんですね」

「あいつ、俺のことを女だと思ってやがったからな」

「男でも女でも、イメージぴったりの名前ですよ。鞠って、綺麗でかわいいものですし」

「ああ。ニホンの玩具の一つなんだろ。同じ玩具なら、コマの方が格好いいしマシだ、って俺は」


 ぎゅ、コマは手にしたニット帽を握り込んだ。




つづく

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