今日は君も一緒に泣いてくれ
キョエエエ!
「朱雀! また会え」
キョエエエ! キョエエエ!
鳥型、というか羽毛恐竜のような魔獣、朱雀は、オーレンの言葉も遮って何度も鳴き声を上げていた。
「ははっ、元気そうだなあ。この子は一体何て言ってるんだいミカさん!」
「すみません、実は、朱雀様の鳴き声は言葉に聴こえないんです。恐らくですが、あまり得意じゃないのかと」
「それって、鳴いてはいるけど、言葉になっていないということかい? そうか、そんなこともあるのか……」
「はい。理解力には個体差があるようで。ええと、喜んでいるのは判るんですが」
「はは、それは僕にも解るよ。いい子だね、朱雀。僕も会えて嬉しいよ。ありがとう、ありがとう」
キョエエ!
テンション高めの朱雀はくちばしをオーレンに差し出す。オーレンも笑ってそれを撫でた。
うっ、と呻くような声に振り返ると口元を引き結んだイーリアが目に入ったが、彼女はすぐに顔を隠すように下を向いた。
「リア、ほら朱雀だよ。帰ってきたんだ」
「知っている。先日会った」
「そうか。その、今だから言うんだけど、実は僕、君がここに来た頃は話すのにいちいち緊張して、朱雀かナッツに一緒にいてもらっていたんだよ」
「知っている。……私も、ザラを連れていたから」
「ザラを? はは、そうだったのか。緊張していたのは僕だけじゃなかったんだ」
キョエエエエ!
朱雀は雰囲気などお構いなしに叫ぶ。
「変わらないなあ、その騒がしい鳴き方。朱雀、君を失わなくて本当によかった」
「リア様」
「……ん」
イーリアはザラミーアに付き添われ、素直にオーレンと朱雀の側に来た。
「あれ、君、泣き虫は卒業したんじゃなかったかい」
「うるさいっ、お前は卒業などひとつもできてないくせにっ」
「ああ、その通りだ。だから、今日は君も一緒に泣いてくれ、イーリア」
オーレンは自分の涙は隠すこともせず、空いた片手でうつむくイーリアの頭を撫でた。
ぐす……っ
「母さま、だいじょうぶですか?」
「ふぐっ、だっ、だいじょぶ、よ、ふふ」
ミリナはぎこちなく笑う。だが、
「…でもでもっ、あんなに素直に涙されるお義母様に…っ、若かりし頃のお姿が重なるようで…っ」
わーっ!!
すぐに乱心した。最近知ったが、ミリナはイーリアの筋金入りのファンである。
ちなみにその若かりし頃のお姿というのは、彼女が少女時代から心の中に描き続けた『姫騎士』様像だろう。世代が違うので直に見たことはないはずだ。
「先生、母さまがどうしようです」
おろおろ。七歳の息子は戸惑っていた。
「ミリナ姉上。御者をかわりましょう。イリヤも不安がっていますし」
キュルウ。
「ザコル、ミリューがすぐ着くから大丈夫的なことを言っています」
「そうですか。ではミリュー、任せました」
キュルルウ!
「タイタは大丈夫ですか」
「…………!!」
「これ、語彙がなくなってるとこじゃねーすか」
「そのようですね。ミカは大丈夫ですか」
「だいじょぶ、…でずっ、うっ、きっ気遣わないでくださいよまた泣いちゃうじゃないですかあああ」
わーっ!!
「ねーねーエビーさん、おれ、よくきいてなかったんだけど、なんでミリナさまとタイタさんとせーじょさま泣いてんの?」
ゴーシはエビーの袖を引いた。
「あれすよ、あれ。推し一族の新情報が供給された的な感じっす」
エビーはオタクの流儀に慣れつつあった。
「皆、せめて地上に降りてから泣いてくれませんか。涙や鼻水が凍りますよ」
ザコルは様子のおかしいオタク達にハラハラしていた。
「顔がいい人達が何かいいこと言ってイチャコラしてた。あーマジに心潤ったわー」
サゴシはオタクじゃなくてただの変態だった。
「姉上、顔を拭きたいのは分かりますが滑り落ちないようにしっかりつかまって」
「兄貴。こっちのことより、あっちのプテラ殿? に乗ってるジーロ様とシシ先生の心配した方がいいすよ」
「あちらは大丈夫です。ジーロ兄様は落ちたくらいでは死にませんし、シシが落ちたらジーロ兄様が身を挺して助けるでしょう。シシはあれでも聖域に関わる……」
ザコルはエビーの指差す方向、明らかに蛇行運転している魔獣の方を見て言葉を切った。
「……ミリュー、念のためプテラの下を飛んでくれませんか。最悪僕が助けるので」
キュルル!
オーレンとその夫人達は朱雀に乗っている。魔獣の騎乗に慣れたオーレンがあの二人を落とすことはないだろう。
問題は張り切って御者役に立候補したジーロと、それに付き合わされたシシである。プテラというのはその名の通り、半分プテラノドン、半分はコウモリのような見た目の大型飛行魔獣だった。召喚主及び名付け親はもちろんオーレンである。そのプテラも、ジーロの滅茶苦茶な手綱さばきには困惑しているようだった。
「あの人、もしかして馬にも乗ったことねーんじゃ」
「そうかもしれません。野生ですし。プテラも自分で飛んでくれればいいのですが」
プテラは困惑しつつも野生人の指示に従っている。相手がオーレンの息子でミリナの『きょうだい』だからだろう。
「…ぐすっ、やっぱり、私達があっちに乗ればよかったですね」
「ミリューが許さなかったのでは仕方ないでしょう」
ミリナがミリューの御者役をするのは決まっていたので、オーレンが朱雀に乗り、プテラの御者役は誰がするかという話になり、当然のごとくザコルが手を上げた。
のだが、ミリューは、ミリナの子と『きょうだい』とその従者は自分が乗せる、というようなことを言って絶対に譲らなかった。
ミリューの言う『きょうだい』とは、ミリナの義兄弟であるザコルのことではなく、私のことだ。
魔獣達はどういうわけか、私のことを竜族であるミリューのきょうだい、つまり魔界における準王族か何かだと決めつけていた。もちろん私はそのように名乗った覚えは一ミリもない。
「コマさん、どうしてあっちに乗ってあげてくれなかったんですか」
「あ?」
私は何くわぬ顔で私の前に座っている人に抗議した。
ミリューの定員数は、彼女に着けられた鞍の幅から八人と決まっている。
ミリナと子供で計三人、テイラー勢は影も含めて計五人なので、コマも入れると九人で定員オーバーのところ、子供が二人を一人分と数えて無理矢理乗っていた。というか「詰めろ」と言ってコマが無理矢理乗ってきたのだが。
「どうして俺様が泥舟に乗ンなきゃなんねえんだ」
「………………」
あなた御者できますよね、と言おうとしたが、その人は嫌がらせのようにふんぞり返り、私に体重をかけた。
つづく




