カリュー訪問① 姫になった気分
今日も今日とて大盛り上がりだった早朝の訓練を早めに切り上げ、私達は久しぶりに各々の馬達にまたがってカリューを目指している。テイラーチームに加え、コマも一緒だ。
私達の前は、守衛のモリヤと若い衛士達が隊列を組んで先導してくれている。
予想外だったのは、私達の後ろにも、荷馬車数台と馬に跨った人々がぞろぞろとついてきている事だ。
「凄い、今までで一番『姫』になった気分です」
「普段からその意識でいてください」
「一応振る舞いには気をつけてるつもりなんですけど、元はド庶民なのでどうしてもなりきれないんですよねえ」
「ミカ殿は充分貴人らしくていらっしゃいます!」
「へっ、奇人の間違いだろ」
「ぶっ、奇人…いてっ! ちょっ、今のミカさんすか!?」
吹き出したエビーには、サッと取り出したドングリを投げつけておいた。
昨夜、赤子の肌着を縫いがてら、中途半端に余った布で自分用に巾着を作ってみたのだ。あれば便利かと思って作ってみたものの特に入れるものが思いつかなかったので、とりあえずドングリをたくさん詰めて出しやすい所に括ってある。
「ミカは流石、筋がいい。馬上で当てるのはなかなかですよ」
「ふへ、ありがとうございます師匠」
「今のが例のマキビシやシュリケンというものだったなら、多少なりともダメージを与えられたんじゃないですか」
「確かに。どっちも当たりさえすれば刺さる確率の高い武器ですからね。いやー、流石は忍者。いい武器を後世に残してますよ」
「ぜひ誂えてミカのその巾着に入れましょう。いつでもエビーを仕留められるように」
「俺対策の武器作るとかやめてくれません!? 何なんすか二人して!!」
「おい、そのナントカっていう武器の詳細を俺にも聞かせろ」
「も、もしかしてミカ殿がご存じというシノビに関するお話でしょうか! ニンジャとおっしゃいましたか!?」
「そうそう、あのね…」
カリューまでの道中、私はザコルにした忍者の話をもう一度語った。
「そういう訳で、元来の『忍』や『忍者』は、今サカシータ家で大切にされているシノビの流儀という概念からはかけ離れているでしょうから、この話を聞いて気分を害する人もいるのではと心配してるんですよねえ」
大方語り終えたところで、懸念を口にしてみる。
「まあ、そうですね。シノビが数百年前の異世界に実在した裏稼業の者を指すというのは、受け入れがたく感じる者もいるかもしれません。僕はある意味そのニンジャという存在に近しいようですから何とも言えませんが」
「近しいってかそのものじゃねえすか。今度からニンジャ先生って呼びますわ」
ニンジャ先生…また新しいあだ名が生まれてしまった。
「りょっ、猟犬殿こそが真のシノビ体現者であると異世界から来られた氷姫様が告げるという、何なんだこの誰も予想し得なかった展開は!? そ、そもそもっ! ミっ、ミミミカ殿がサカシータ家の源流たる民族のご出身だったとは…!? こ、こここれはううう運命と言わずして何と呼べば良いのでしょうか!? お、俺はやはり出家するべきでは…いやっ、今から真のシノビを神として祀る教義を新たに打ち立てるべき…!?」
「もう、タイちゃんたら落ち着いてよ。秘密結社幹部の次は新興宗教の教祖にでもなるつもりなの。ふふっ」
「笑い事じゃねえよ姐さん、マジでこの国転覆させかねねえから止めてくださいよ」
「私じゃ無理だよエビー。そうだザコルが止めてくださいよ。神でしょ?」
「僕はいち工作員ですので神はやりません。祖先を祀りたいのならば勝手にすればいい」
「いいじゃねえか、好きに作ってみろ赤毛。その方が面白えだろ」
「あらコマさん、私には、国が終わらないようにザコルの首根っこ捕まえとけ、みたいな事言ってたのに」
「もう手遅れだろ。だったら新勢力に肩入れしとく方が懸命だ」
「国に見切りつけんの早すぎじゃねえすか?」
「豚に王宮乗っ取られるような国の先が長い訳ねえだろが」
すっかり自分の世界に入っているタイタを皆本気で止めるわけでもなく、苦笑、諦観、期待と、各々の感情を込めながら見守る。
危うい淵に立たされている国の端っこを歩くには、あまりにも物騒で、あまりにも呑気な会話だ。
轍のある単純な道を進んでいく。水害の夜から、人や物資を乗せた荷馬車は何度ここを往復しただろう。
針葉樹林とひらけた草原を交互に抜けながら、手綱を持つザコルの右手に自分の右手を重ねた。彼はそれを包み込むようにして左手を重ね、冷えた指先を温めるようにさすってくれた。
どうか、どうか、どうか……
「ザコル坊ちゃん」
「モリヤ。どうしましたか」
先頭を進んでいたはずのモリヤが馬ごと下がってきてザコルに声をかけた。
「少し先に湧き水がありますんで、休憩にいたしましょう。その間に、少々『湧いて』いるようですので掃除して参ります」
「分かりました。モリヤの仕事が減らないせいで、いつまで経っても手合わせがしてもらえませんね」
「はは、もう少しすればきっと時間もできる事でしょう。この老体も楽しみにしておりますでな」
「よろしくお願いします」
モリヤは穏やかな笑顔を浮かべ、一礼して元の隊列に戻って行った。
ザコルがモリヤを訓練に誘っていたはずなのに、一度も顔を出しに来ないなとは思っていた。彼は町の周辺を『掃除』するのに忙しかったという事なのだろう。この場合の掃除とは、もちろん曲者の討伐だ。
「私が動いたから余計に湧いたんですよね…」
「それだけあなたが魅力的だという事です」
「ふふ、柄にもない事言って。確かにこれじゃあ、被災地には近づけさせられなかったですね。今までも、私が知らない所で掃除の手間をかけさせていたんでしょう。…被災下だというのに。呑気にし過ぎでしたね…」
「ミカに余計な心労をかけずに済んだという事は、この地の者にとって誉れです。堂々と呑気だったと語ってください。皆喜びますから」
「やっぱり、ザコルこそ私を甘やかしすぎじゃないですか?」
湧き水とその水が溜まってできた小池の脇にクリナを停め、先に降りたザコルが私を抱き降ろす。
水筒の水を飲み、湧き水から水を足す。つい魔法士であることを隠して旅していた時の癖で氷を作ろうとし、今日はこれから使いたい放題だったのだと思い直す。氷の欠片を湧き水に落とし、冷えた手をさすっていたら、ザコルが黙って両手で包んで温めてくれた。
「お二人がこのように寄り添って、森や峠を旅してきたのだなと窺い知れます」
タイタがニコニコして私達を見つめていた。気恥ずかしくなって手を離そうとしたが、ザコルはすぐに離してくれなかった。
水場を馬達や後続に譲り、少し離れた場所で立ったまま休憩する。久しぶりに長時間乗馬したので、立って体を伸ばす方が心地いい。
「ミカさんて、ザコル殿と二人で馬に乗ってるとだんだん静かになるっつうか、割と落ち着いてますよねえ」
「私がいつも落ち着いてないみたいに言わないでくれるかなエビー」
どこまでも失礼な従者に目を眇める。
「ザコルと二人だと、声を張る必要がないんだよ。私は耳元で喋られてるからよっぽど聴こえるし、ザコルはたとえ独り言でも聴き取ってくれるから。それに、ハンドサインみたいなのも決めててね、喋らなくても意思疎通できるんだよ。面白いでしょ」
「面白い、ですか。静かにしているのは、僕に面白みが足りないせいかと思っていましたが」
「もう、そんな訳ないでしょ。また一緒にクリナに乗れるって、不謹慎だけど楽しみにもしてたんですから」
「…そうですか。それならばよかった」
ふいっと照れたように視線を逸らされる。もしや今まで気にしていたんだろうか。
カリューの状況を考えると焦りもあるが、道中を楽しみにしていたのは本当だ。
ザコルはデリカシーの足りない時もあるが、基本的に世話焼きで私のことをよく見てくれている。
大きく揺れる時は落ちないよう支えてくれるし、くしゃみでもするとハンカチが出てきたりする。また、私が食べ物を出そうとすると手のひらが差し出されるので一切れ乗せたりと、会話がなくてもお互い通じ合っている感覚があって居心地がいい。
「ずっと気になってたんすけど、何でお二人ともずっと敬語なんすか?」
「え、何でだろ、師匠…先生だからかな。ザコルは私以外の人にも基本敬語ですよね」
ザコルは悪態をつけるくらいの仲か、敵相手でもなければタメ口で話さない印象だ。
「僕は単に、配慮すべき相手には等しく敬語を使っているだけです。その方が間違いがないので」
シンプルだ。そういう考え方もアリだろう。
「私はその丁寧な言葉遣いも好きですけど、たまに出る俺様口調も嫌いじゃないですよ」
「あっ、あれは、調子に乗っているだけなので忘れてください」
「へえー、あれ、調子に乗ってるとこなんすねえ、ウケる」
「ミカ、ドングリを数個分けてくれませんか。昨日使い切ってしまって」
「わー冗談、冗談ですってえ!!」
エビーが近くの木の後ろにシャッと隠れる。
「ザコル殿、宜しければどうぞ! 昨日集めておきました! それで、お、俺にも投げていただけませんか…!」
タイタが懐から出した布袋にはドングリがみっちりと詰められていた。
いつの間に集めてきたんだろう…。
「受け取っておきますタイタ。しかしどうして僕が可愛い君にこんなものを投げつけないといけないんですか」
「か、かかか可愛い!? またそのようなことを…! 俺のどこに可愛いなどという要素があるとお思いで…」
「全部可愛いですよねえ」
「はい」
この大きな体で頑張ってドングリを拾い集めていたかと思うと、可愛い以外の表現が見つからない。
「ミカ殿までまたそのような事を…!!」
「タイさんは可愛いっすけど俺だって可愛いでしょうがあ」
大木の後ろから抗議の声が上がる。
ザコルと二人であわあわとするタイタを愛でていたら、ザクザクと足音がしてコマが藪の中から現れた。
手にした革袋には、紫色の袋を逆さにしたような形の花がいくつも連なってくっついた草が見えている。
「あーそれ……林檎の種よりは効率が良さそうですね」
「ほんとよく知ってんなお前」
呆れた顔で見ないでほしい。
「この時期によく花がありましたね。開花時期って確か秋中旬とかじゃないんですか」
「そうだな。珍しいだろ、群生してんのが見えちまったからな。採るしかねえだろ」
ホクホクといった顔で革袋を閉じ、それを大きめの肩掛けカバンに収納している。
今日の彼は山の民ローブ姿に、私が作ったニット帽をかぶっている。私は染み抜きが済んだ深緑色のコート姿だ。肌寒いので中は少し厚着している。
「ミカさん…あの花って…」
「あれは猛毒なので見つけても極力触らないように」
「うげ」
日本に生えているものと全く同じならば、北の方でよく自生しているらしい。図鑑で調べた事があるだけで実際に見るのは初めてだ。何故調べたかと言えば、推理小説などではお馴染みの毒草だからである。
「素手でも少し触ったくらいじゃまず死なねえがな」
「そうなんですね、でも、傷のない皮膚からでも吸収されるタイプの毒だって読んだ事がありますよ」
「まあな。だがお前風に言うなら『効率が悪い』ってやつだ。葉を二、三枚食むくらいすりゃ一発だが」
葉、茎、根、種、花の全てに致死性の高い神経毒が含まれるという最強の毒草、トリカブト。具体的な致死量までは知らなかったが、皮膚からの吸収くらいではなかなか死なず、食べるなら葉の二、三枚で死ねるのか、覚えておこう。
「流石はミカ殿。ザコル殿がおっしゃるように何にでもお詳しい」
「またまた、何にでも詳しい訳ないでしょ。忍者も暗殺に使ってたらしいよ。矢尻に塗ったりしてね」
ほうほうとタイタが頷く。何だろう、最終的に危ないから採集禁止だと同志に呼びかける未来まで想像できた。
「いや、おかしいでしょう。何度でも言いますがどうして数百年前の暗部構成員が使っていた毒なんかの知識があるんです。…まあ、僕もあの花はよく使いますが」
「ザコルは流石、現代の最強忍者ですね。まあ、トリカブトなんて特に有名な毒草ですから、常識の範囲内ですよ」
「…他にも知ってるんですね?」
「うーん、そんなには知りませんよ。トリカブトに限らず鈴蘭っぽいやつは大体毒みたいですよね。あとキノコ以外では、水仙とか…シキミとか? でもこんな北方に自生なんかしてるかどうか」
「シキミが何に該当するか判りませんが、見つけたら報告してください。触る前に」
「はい。森や林の中で気づけるか分かりませんけど、見かけたらちゃんと言いますね」
シキミは日本ではよく寺や墓地に植わっている。シキミも全体に毒が含まれ、特に実の毒性が強いらしい。流石に試した事はない。
水仙は毎年、ニラと間違えて食べた人が運ばれてニュースになる。あとは昨日も話題にしたバラ科の種とか、私が知っている植物毒なんてそれくらいしかない。
毒キノコもベニテングタケとか、見た目が特徴的なものを覚えているのみだ。
忍者は薬草や毒草のスペシャリストでもあったそうなので、ザコルもそうだが、コマも非常に忍者っぽい。どんな世でも暗部というのは同じ道を極めるものなのかもしれない。
「コマさんも最強忍者ですよねえ」
「犬の先祖と一緒にすんじゃねえ。俺は俺だ」
見た目は最強くの一という感じだ。今日も最高にカッコ可愛い。
耳の端で捉えていた剣戟の音と叫び声が少し落ち着いた気がする。
「ザコル、カリューまで残り三分の一というくらいでしょうか。そろそろお掃除は終わりますかね」
後続にいた町民が林檎をナイフで割って差し入れてくれたので、それを食みつつ訊いてみた。
私がどんなに内心で急いているとしても、皆が最善を尽くしてくれているのは分かり過ぎる程分かるので態度に出したくない。
重傷者の事も、あちらの状況が判らないのも、イーリアに会えていないのも、本当は心配で不安でたまらなかった。
「そうですね。モリヤがいるのですぐに終わるはずです」
「ミカ殿は、ここがどこか正確にお分かりなのですね。今回も、速度と時間などで試算なさっているのでしょうか」
「今日はゆっくり進んでるから、大体しか分かってないよ。元はと言えばテイラー伯爵家にあった地図が正確なおかげかな」
ジーク領の魔の森やウスイ峠でさえ、距離感や輪郭などは正確に書かれていたと思う。難所や辺境の端っこまでしっかり正確なのは素晴らしい。この世界に衛星写真や航空写真があるとは思えないので、きっと全て足で歩いて測量して作っているはず。物凄い執念がなければ無理だ。きっとこの国にも伊能忠敬みたいな人が……。
「…はっ、まさか魔獣に空飛ぶタイプの子がいるとか!?」
それならば国の隅々まで正確に描いた地図があってもおかしくない。
「おー、いるにはいるぞ。地図製作なんぞに使われてるかどうかは知らねえが」
「いるんだ!! すごーい、いわゆるドラゴンとかワイバーンとかペガサスみたいなやつですかね!?」
「お前、流石に魔獣は見たこたねえだろ。想像通りだと思うなよ」
「ふふっ、確かに!」
全くその通りだ。私、いや、元の世界の空想上の生き物がこちらのホンモノにピッタリ当てはまる確率なんてゼロに近しいだろう。
想像通りでなくて全く構わないので、空飛ぶ魔獣はひと目見てみたい。飛んでこないかなあ。
「ミカは時々少年のようですね」
「ああー、しっくりきました。確かに少年っすわ」
「ふふ、人間、童心を忘れては人生の楽しみ半減だよ」
「急に老成したような事も言いますが」
「ぶっは…っ…いっ、いてっ、俺にだけぶつけんなよ姉貴ぃ!」
「違う。ザコルにも投げてるけど全部取られてるだけ」
ドングリは当たっても『いてっ』くらいで済むので、ツッコミ程度の用途に使いやすい。
普段から投擲の練習ができると思えば、これほど優れた教材もないだろう。流石は師匠のオススメだ。
「ミカは、意図的に予備動作を少なくしていますね。そういう工夫ができるのもいい。上達も早そうだ」
「やだー、今日凄い褒めてくれますね。えへへ、もっと練習します」
思わずザコルの腕に飛びつく。エビーが物凄いジト目で見ているが気にしない。
ザコルが受け取ったドングリを律儀に返してくれるので、また巾着にしまっておいた。弾は大事に使わないといけない。
モリヤ率いる衛士の集団が、縄に繋がれた捕虜をぞろぞろと引き連れて林から出てきた。ボロボロの捕虜達はもはや抵抗する様子もなく、最後列の町民に引き渡されている。
「ミカ様、大変お待たせいたしました。すぐ出発してもよろしいですかな」
「もちろんですが、モリヤさん達は休憩しなくていいんですか?」
「ええ、先を急ぎましょう」
今日の早朝訓練は少し早めに切り上げてきたとはいえ、今はもう午前九時から十時近くに相当するだろう。さっさと行かないと出来ることが限られてしまう。モリヤの意向をありがたく思いつつ、私達は再び馬に跨った。
◇ ◇ ◇
カリューの町の門が見えてくる。
サカシータ領内からカリューに入る門は、重厚な跳ね橋を備えた砦のような門だった。
町の外側をぐるりと石造りの高い壁が囲むカリューの町は、サギラ侯爵領側からもアカイシ山脈側からも簡単には侵入できない、強固な城砦そのものといった様相だ。
カリューの城砦に接続する形で、アカイシ山脈の麓に沿って東へと城壁は続いている。これは子爵邸のある領都のあたりまで途切れずに繋がっているらしい。まるで万里の長城のごとしだ。
カリューから北、国境のあるアカイシ山脈を越えれば、そこは長年オースト国と緊張関係にあるサイカ国。
さらに、カリューから見て西にあるサギラ侯爵領も、サカシータ子爵家との関係は微妙の一言だ。
現在は争っているというわけではないが、百年程前にサギラ側から攻撃を受け、小競り合いに発展したという歴史がある。当時オースト国王家も絡んでいたという説もあったようだが、真相は明らかになっていない。二十年近くかけて和解したものの、現在は商人が行き来する以上の特別な親交はない。以上、テイラー伯爵邸図書室の新聞アーカイブ調べ。
そういう訳で、サカシータ領においてカリューは、同じ関所町であるシータイ以上に緊迫度の高い拠点と言えた。最北端の国境を護る砦として、オースト国全体で見てもその重要性は明らかである。
跳ね橋の下を通る例の川は、少し行くと城壁の下部分を通って町の中に流れ込んでいる。その下部分のアーチは今回の土石流で損壊したらしく、修復のために付近の城壁一帯に足場がかけられているのが見えた。
「今回、カリューの町の中を通る川が氾濫し、壁の中で大規模な浸水被害が出た訳ですが、サギラ侯爵領側の水路が詰まり排水できなくなっていましたので、やむなく僕が壁の一部を破壊してしまったんです。この町の軍事的な特性上、民家よりもそちらの再建を優先せざるを得ない状況です」
私は、カリューの状況を淡々と語るザコルを振り返った。
「あそこに見える見るからに分厚そうな城壁を『僕が』破壊……? 一人でですか?」
「ええ、やむを得ず…。もう少しやりようがあったかと反省しています」
人を担いで跳んだり屋根を破壊したりというのを大した事じゃないように語るザコルだが、あの城壁を個人で破壊できることに比べたら、確かに大した事ではないのかもしれない。
「あの、どうやって破壊したんですか」
「大きな鎚で何度か叩いて壊しました」
「大きな鎚で。そうですか」
バトルゲームとかにありがちな、ムッキムキのキャラが肩に担いでいそうな巨大な戦鎚が思い浮かんだ。
ちなみに鎚とはカナヅチの『ツチ=鎚』だ。 ツイとも読むが。
「無茶苦茶だな…」
エビーが呟くのには激しく同意である。
タイタは非常にいい顔をしている。こちらの気持ちも解る。
我らが英雄殿は鎚一つで城壁すらも打ち砕くのだ。アツすぎる。
「今回は応急処置になるでしょうが、できればもう少し強固に作り直した方がいいですね」
「そうですか…充分強固そうには見えますが…。ザコルが持った鎚は、カリューの町にあるんですか?」
「はい。あちらの守衛に借りました」
きっとカリューの守衛もモリヤのように、騎士団長クラスの人物なのだろう。戦鎚とか持ってるキャラなのか。サカシータ領、ハンパないって。
「戦鎚、見てみたいなあ…」
「四兄の獲物も鎚ですよ。戦鎚というようりは土木作業用の鎚ですが」
「土木作業用の鎚が獲物…?」
降ろされた跳ね橋の前で手を振る集団が見える。きっとカリューの住民達だ。
私も大きく手を振り返した。
つづく




