まんまと押し付けられたような
三代前のオースト国王は、当時民を悩ませていた水害の防止策として大規模な治水工事を行なっている。
かの王の伝記は、当時の王宮官僚が数人で書き上げており、また伝記にしては主観的な表現が少ない。私見だが、歴史資料としての価値は高い方だろう。
ただ、書かれていることの何もかもが真実だとは思っていなかった。あの伝記の記述をそのまま信じるならば、短期間でありえないほど広大なエリアの工事を行なったことになる、と途中で気づいたからだ。地図や旅行記などを参考に、大体の面積を割り出してもみたので間違いない。人力であれを数年だなんて、素人目にも不可能と判る程の規模だった。
当時造られた砂防施設の一部は未だ現役で活躍しているようなので、かの王が功績を残したことは真実であろう。しかし、王の力を大きく見せるために工期をサバ読んだか、または実際に行われた工事よりも大袈裟に書かれている、そういう可能性もあると私は念頭に置きつつ読んだ。
工期や工事の規模以外にも不可解な点はある。
砂防のための堰や、護岸などの仕組みに関しては割と詳細に記されているのに、工事過程に関しては『王は自ら山や川に出向き、その力をふるった』のようなフワッとした述べられ方のみで、資材の運搬方法、使われた道具や装置、職人が何人投入され、どこに滞在したかなどの詳細が一切不明となっている箇所がいくつかあったのだ。
違和感はあったものの、過去の文献だし、あくまでも王が主役の伝記なのでそんなものかと思っていたのだが、オーレンの話を聞いて、もしかしたら、国王は何らかの力を持った魔法士で、その力によって自ら治水工事を行なっていた? という可能性に思い至った。
ちなみに私は、魔獣か、魔法陣を使った魔道具的なものが投入された可能性もあるな、とも考えてもいた。例えばこのサカシータ子爵邸の地下にあるような仕組みなら、魔法士でなくとも魔力の高い人が数人集まれば稼働できる。ここの魔法陣はたまたま闇の力を主力としているが、それ以外の魔力を動力とした魔法陣だって存在したかもしれない。例えば、人力を超えた念動力を起こせる装置とかだ。
国王の魔法能力にしろ、強力な魔獣にしろ、魔道具的なものにしろ、はたまた国王以外の魔法士の力にしろ、それらが当時の国家機密に相当するなら具体的な記述がなくてもおかしくはない。
私が知る限り、テイラー邸にあった文献で治水工事に関する記述があるのはその伝記のみだった。侍女ホノルを通じて問い合わせまでしてもらったので間違いない。なので、今の時点でそれ以上の真実を追うことは実質不可能だ。
しばらく無言状態が続いたが、エビーが「んー…」と話し出したことで沈黙は破られた。
「やっぱ、王族は王宮の呪い? から避難した、っていう見方が妥当なんすかね?」
「どうだろうね。サモンくんはあっさり置いて行かれたらしいけど……」
もし第二王子サーマルの性格の歪みが魔力過多のせいだと王家が把握していたならば、王子が何と喚こうが王宮から無理矢理にでも引き離してやればよかったはず。実際、シータイに拘留…じゃなかった、滞在して毎日元気に労働していたらすぐに憑き物が落ちたようになった第二王子くんである。
「………………」
「ザコル、どうしました?」
むう、と考え込んでいる人に質問してみる。
「……何となく、まんまと押し付けられたような、気がして」
「え、何を、もしかしてサモンくんをですか。誰に?」
「もちろん…………いえ、何でもありません。憶測でものを言うのは良くないですよね」
ザコルは自分で言っておいて、ふるふると首を横に振った。
「歯切れが悪いですね、珍しい」
王子と聖女を交換してこい。そう王弟に言われてやってきて、その王子を弟に王族誘拐という罪ごと押し付けようとしたのはザコルの兄であるイアンのはずだが。
「サモンくんは、王弟殿下の差金というか、ハメられる形で敵地にやられた、ということでしたよね。魔獣の出動許可を出したのは国王陛下、らしいですが……」
「えっ、ルギウスが? 第二王子をここにやるための魔獣出動許可を、わざわざ?」
国王の名が出たのでオーレンが反応した。
「はい。イアン様によれば、陛下のサインが入った許可証は王弟殿下が調達してきたらしいんです。変ですよね。どうして王宮をクーデターで乗っ取った人が、追い出された側の人のサインなんか貰えたのか」
普通に考えたら捏造に決まっているのだが、確かイアンはわざわざ筆跡鑑定にまでかけたと話していた。もちろん、イアンが嘘を言った可能性も高いが、果たしてそこに微細な嘘を交える意味があったろうか、とも思う。
「魔獣の出動は、王かその代理と認められた方の許可が必要です」
「王か、その代理と認められた…………代理?」
代理、とは。引きこもり王に代わって政治をしていた人、ということだろうか。
「長兄は、許可証のサインが本物だったと言っていましたが、誰のサインだったとは言っていなかった気がします」
「誰の」
候補が複数いる、ということだろうか。
「……あまり憶測でものを言いたくないのですが。サモンは、言い出したら聞かない性格だったでしょう。叔父上様につくと言って残った彼を、どうやって王宮から引き離すか。例えば、彼お気に入りの『黒水晶』を魔獣に乗って迎えに行っては、と誰かを使ってそそのかした、とします」
「それで彼が辺境に来たと? あわや殺されかけるとこでしたけど」
「はい。ですが、僕なら殺すまでしないだろうと踏んだのでしょう。長兄の方には間接的に『猟犬と聖女を連れ帰れ』という指示を与えていました。僕の気配を知っているミリューはまっすぐ僕の元へ来た」
「で、体良く押し付けられたと」
「はい」
渋面。
「ザコル。僕がイアンに確認してこようか? 今暇だし」
「では、お願いします」
じゃ、とオーレンはフットワーク軽く、執務室の隠し扉から地下へ降りていった。
つづく




