呪いじゃなくて
アメリアとの交信終了後。
予定が押したのはアメリア側だったので、まだ時間に余裕があるこちらはオーレンの執務室でそのまま休憩をもらうことにした。
サッ。私がカバンを開けた時にはもう、ザコルは手にかぎ針と毛糸を持っていた。
「早あ! 今日も負けたー!!」
遅ればせながらと、私も毛糸玉をかぎ針を取り出す。ふ、とザコルが口角を上げたのは見逃さない。
「何の勝負してんすかねえ、この仕事ジャンキーどもは」
そう言いつつも、エビーも毛糸玉とかぎ針を取り出す。
「はは、お二人の仲がよろしくて今日も心癒されます」
タイタは写し途中のソロバン教本を取り出した。
「そういえば、アメリアとザッシュお兄様、ナチュラルに二人きりでいませんでした?」
「そういえば。確かですか、穴熊の」
うぉう。肯定。
「だとしたら完全に公認扱いじゃないですか?」
あちらは現在テイラー伯爵邸に屯留中なので、二人きりになるにも周りの協力が必要なはずだ。
「へへっ。もう秒読み段階たぁ、やるじゃねえすかザッシュの旦那」
「でも、今の名目上の保護者はセオドア様じゃないよね?」
「確かに。かの方の公認を得るには」
「ルギウスの話、してる?」
『わっ』
ぬ、どこからともなく現れたオーレンにザコルと穴熊以外は飛び上がった。
オーレンはそんな私達には構わず、何事もなかったかのように自分の執務机の椅子に腰を降ろし、おもむろに話し始めた。
「お昼前にシシ君と廊下でバッタリ会ってさ、昼飯がてら、少し話をしてきたんだけどね」
まるで隣の課の同期を定食屋に誘ってきたみたいな口ぶりだ。実際、オーレンとシシは同世代なんだろう。
ちなみにルギウスとは、現オースト国国王陛下のファーストネームである。前々から気になっていたのだが、オーレンは国王と友達か何かなんだろうか。
「シシ君はあの通りよく『視える』だろう? ルギウスとその子達も『そう』だったみたいだからさ、凝りとか澱みのようなものが視える場所は避けて近づかないように、と進言はしていたみたいだ。王宮に限らず王都の古い建物には出やすかったらしいよ。まるでお化けか何かみたいな口ぶりだね、って言ったら『この力自体、お化けを視るような力です』って笑ってた。墓地に行くと、亡くなった人の魔力の残滓が視えることもあるらしいから、あながち間違ってもいないみたいだ」
魔力視認能力は霊能力とニアイコールなのか…。確かに、人に宿る魔力が視える、というのは、人の魂が視える的な解釈もできるかもしれない。実際、オーラ診断みたいな雰囲気もあるし。
「彼は、王族の侍医という立場もあって王宮の中でも限られた場所にしか出入りしていなかったようだけれど、王宮そのものが、魔力を循環させるような造りになっているのは気づいていたらしい。仕組みまでは分からないが、どこかから来た魔力を特別な区画に供給するかのように設計されていた、と。その特別な区画というのは、まあ、想像通りだ」
特別な区画、つまり、特別な一族が住まう区画、王族の居住エリアということか。王都や王宮の魔獣舎などから集められた魔力は、そこへ流れるようにできていた。そういうことだ。
「ミカさんが常にあふれさせていた魔力によって、シータイにいた者達が恩恵を受けている様子を目の当たりにし、王宮の仕組みの意義が改めて認識できたと彼は語っていた。同時に、これは知ってはならないことだった、ともね」
シシは、私の近くにいる者が『元気をもらっている』状態であることを敢えて黙っていたことがある。あの件で不信感を募らせたエビーがシシに対して勝手に喧嘩を売ってしまい、私はエビーを叱る羽目になった。
エビーにはヤキモキさせて申し訳なかったが、私もザコルも結局、どうして黙っていたか深くは突っ込まなかった。私は私の生態を知るのでいっぱいいっぱいだったし、ザコルは必要な情報や医療を提供してさえくれればいいという考えだった。あまり追求するとシシが逃げてしまいそうだと、直感的に思っていたというのもある。
なるほどなー、と頷く。王宮の秘密につながる可能性もあったからつい黙っちゃった、というわけだったのか。
私が自力で気づいて訊いたからこそ教えてもくれたが、魔力にあてられると元気になる現象(ただし闇に偏った属性の人は除く)のことは、深掘りせず墓場まで持っていきたかったのかもしれない。
「それから、シシ君は魔力過多について熱心に話していた」
「魔力過多?」
「うん。君という我慢の天才が、あれほど取り乱すなんて。よほど辛い症状なんだろうって。どうなんだい、ミカさん」
「ええと、そうですね。シシ先生の前では特に醜態を晒してますから弁明はできません。そういうものだと意識していれば少しは耐えられますよ。でもそう言ってて、こないだ魔力を暴走させてしまいましたから。甘く見ちゃいけないことだとは痛感しています」
主な症状は頭痛と吐き気と情緒不安定。そう羅列してみると何だかPMSみたいだな。
「ここからは僕の想像も入るんだけどね。その昔、魔法士がもっとたくさんいた頃はおそらく、魔力が高い王族というのは、イコール強力な魔法士であることが普通だった時代があったんだと思う。その力で国を守ったり良くしたりもしてきたんだろうね」
それと魔力過多に何の関係が、と思ってハッとする。
「だからこそ、王族に力が渡るような仕組みになってたんじゃないかと考えているんだ。必要な時に、大きな魔法が使えるように。また、使った後の回復を早められるように。彼らが魔法士だった頃はそれで良かったんだと思う。……でも、いつしか彼らは魔法という手段を失ってしまった。いつの頃からかは判らないけれど」
「だから、魔力過多…………」
「そうだ。だから、彼らは心の均衡を失った。そう、シシ君は考えているようだ」
魔力視認の力が強すぎたせいで、病んで引きこもりになってしまった現国王。
昔はそうでもなかったみたいなのに、イライラとして怒ってばかりになっていったという王妃、そして第二王子。
「それ、王族の方々が、呪いか何かでも受けているのかって、考えたことがあります」
「確かに、呪いによって同じような症状を引き起こすことはできるみたいだね。魔封じの香は、きっとそういう呪いだ」
「でも、呪いじゃなくて、単なる、魔力過多かもしれない……?」
「魔法士でない彼らには、魔力を積極的に外に出す手段がない。魔力視認も一応魔法能力だし、もっと身体を動かす職なら多少は解消されたと思うけれど、彼らは王族だし、それじゃ追いつかないくらいの魔力が供給されていたのかもね」
「王妃殿下、エレミリア様は神徒だと、ミイがそう言っていました」
神徒は『浄化』が使える魔法士の一種である。
「うん。シシ君もそう言っていた。王宮の目立つ場所は彼女が浄化して回っていたようだ。魔獣舎までは手が回らなかったみたいだけど。彼女には、ナッツが付き添っていたはずなのになあ……」
ナッツとはこのサカシータ領でオーレンが最初に召喚した魔獣なのだと、元サカシータ騎士団長のモリヤが教えてくれた。ザコルによれば、魔獣というよりは花の化身、つまり妖精か精霊のような見た目の子らしい。
「ナッツ……」
オーレンはそんなナッツとの思い出を反芻でもするように天を仰いだ。
つづく




