うちの聖女はしょうがねえな
「あの父がどうして人間の女と結婚などできたのかと不思議でしょうがなかったのですが、実母の魔法能力による後押しがあったのですね。非常に納得です」
「全くだ。しかし、あの優しくて強い、賢母の鑑のようなザラミーアにも、悩みや葛藤はあるのだなあ……」
「ジーロ様って母親に幻想抱きすぎじゃねーすか?」
「なっ」
バタバタ。道場の入り口が騒がしくなる。
「お連れしました!」
「背中を押すな、赤毛」
先程、道場を飛び出したタイタがコマを連れて戻ってきた。
「コマちゃん! 来てくれたのね!」
ミリナが待っていたとばかりに声をかける。
コマは道場に集まった闇の眷属達を一瞥し、ハッと笑った。
「随分と集めたモンだな。邪教に対抗させる気か?」
「はい。今、姐さんが邪神にご就任あそばしたとこっす」
「邪神になった覚えはないよっ」
ぷんすかぷん!
「で? 闇にあてられたガキを診ろってか」
タイタには、シシかコマ、どちらか先に捕まった方を連れてくるように頼んでいた。
コマはイリヤとゴーシを順番に診た。
「どうかしら、コマちゃん」
「特に異常はなさそうに見える」
ミリナがホッと胸をなで下ろす。
「闇にあてられたっつっても、悪意や害意に晒されたワケじゃねーんだろ」
「ええ、影の皆さんがただ士気を上げられただけというか。ね、ミカ様」
「そうですね。謎踊り大会が盛り上がっただけですよね」
「謎踊り……。はあ、突っ込むのもめんどくせーな」
「えええ、突っ込んでくださいよ。ほら、まだ踊ってますしー」
ダバダバと踊っている人々を指したが、へーへー、と相手にしてもらえなかった。
「コマ。ついでに訊きたい。僕の能力を、お前は知っていたんじゃないか」
フン。コマはザコルの問いにはニヤリと笑った。
「知ってたに決まってんだろ。お前はいい変態ホイホイになってくれた。ご苦労だったな、猟犬」
「………………………」
「ザコル」
髪に手を伸ばしたらペシッと払われた。
「いーこいーこしなくていいです。お前も特殊魔法士隠匿罪であの木偶の棒と一緒に起訴してやろうか、コマ」
「ヘッ。やってみやがれ、黒幕は大物だぞ」
つまり、大物……十中八九第一王子のことだろうが、彼もまたザコルの能力について把握していたということだ。
「はあ、どいつもこいつも……。どうして僕には秘密にするんだ」
「ふふっ、一緒に捕まりに行きます?」
む、とザコルが私を軽く睨む。
「ザコルは人気者ですし、私も天才みたいですから。どこでも歓迎してくれると思うんですよね。王家ではもちろん、邪教でも、メイヤー教でも、王宮の豚連合の本拠地でも」
ちなみに王宮の豚、は現在王宮を乗っ取り中の王弟殿下につけられたあだ名である。byコマ。
「思い上がらないでください。いくら天才でも、無力化する方法はいくらでもあるんだ」
「例えば?」
「手っ取り早いのは人質ですね」
「うーん、それは困りますねえ。当時の王都にも、ザコルが人質に取られて困る人っていましたか」
「一般人との交流はほとんどなかったですが、強いて言えば」
ザコルはミリナとイリヤを目線で示した。
「へえー、皆さん、ザコルが真面目で、家族思いで優しいことをよほどご存知だったんですね」
むう。ザコルはむくれた。
ザコルの闇の力に気づいていながら本人にさえ秘密にした親達と第一王子とコマは、単純にザコルの立場が脅やかされるネタを増やしたくなかったのだろう。
ザコルにミリナとイリヤの問題を隠していたサンドは、最強の名を欲しいままにしていたザコルに弱みを作ってやりたくなかったのだろう。
闇の力については、若い頃のザコルが知れば、自ら出頭しに行っていたかもしれない。彼はそれくらいの真面目くんである。
また、長兄イアンはザコルにとって害悪な派閥に傾倒していた。義姉と甥のことをネタに脅されれば、いくら長兄には塩対応だったザコルも従ってしまったかもしれない。サンドはあれで、家族に甘いザコルの性格をよく理解していたのだ。
「……もう帰る」
「ザコルのおうちはここですけど……わっ、私を担ぐと怒られますよ!」
「帰ると言ったら帰る!」
「ふふっ、拗ねちゃって」
「ザコル殿。その拗ね姿は素晴らしいですが、ミカ殿を降ろしていただきたく」
「タイタは変なところを褒めないでください!」
コマが『うへえ』という顔をしている。ザコルの能力を知っていたと認めたからには、相談にも乗ってくれるつもりだろう。全く親切な元同僚工作員である。
「ミカ様」
「あ、シータイの影一号さん。落ち着きました?」
「はい。いやはや、つい興奮してしまいました。ミカ様は、いつあの力にお目覚めで?」
「練り方を習ったのは数日前ですけど、あの力の発動に成功したのは昨日です」
「昨日!!」
ぐふーっ。
大ウケである。
「そういえば、武器を持ったのもシータイに入ってからだと申されておりましたね。相変わらず規格外の姫でいらっしゃる」
「恐れ入ります」
私が少々常人離れしたペースで色々なことが習得できるのは、魔力量が規格外に多いというシンプルかつ揺るぎない理由のせいだと、今は良く判っている。
「とはいえですな、そのように強い力をお持ちになりますと、曲者を引き寄せもするが、逆に人を遠ざけもする。あなた様は無鉄砲に見えて聡いお方ゆえ、よくお解りでしょうが……」
私はゆっくりとうなずいた。
「それでも、シータイにいた人達は、誰も私を遠ざけなかった。決して甘く考えているわけではないんです。それが、どんなにありがたいことだったか、よく理解しているつもりですよ」
そもそも、水温を操る魔法だって一歩間違えば危険な代物だ。
「迷いのないお顔だ」
シータイの影は、うちの聖女はしょうがねえな、とばかりに笑った。
つづく




